第26小節目:オールドスクール

『間もなく最終下校時刻です。生徒たちは帰宅の準備をして、すみやかに校舎から出てください。今日の部直ぶちょくは器楽部です』


 メロディをどうするか話し合ったり、練習したりしていると、数学教師の校内アナウンスがかかる。


「へえ、こんなアナウンスかかるんだ」


「あ、そっか。小沼おぬまくん、最終下校までいるの、はじめて?」


 アコギをケースにしまいながら、市川いちかわが訊いてくる。


「うん、『ぶちょく』って何?」


「部活日直の略かなあ。学校に残ってる人を追い出す係だよ。毎日持ち回りでやってるの」


「ほーん」


 そういうのもあるんだ。


「そういうあいづちだと、また由莉ゆりに怒られるよ?」


「ああ、そうじゃん……」


 そんな話をしながら片付けをしていると、スタジオのドアが開く。


「部直でーす、帰ってくださーい……って、天音あまねと小沼じゃん!」


 うわさをすればなんとやら。ベースを背負った吾妻あずまがそこに立っていた。


「あ、由莉、今日部直なんだ! 確かに先生、部直は器楽部って言ってたもんね」


「そうなんだよね、あたしもまだ練習し足りないんだけどさ……。まあいいや、出て出てー」


「「はーい」」


 そう言いながら3人でスタジオを出る。


「ねえねえ、由莉、一緒に帰らない? 器楽部みんなで帰るとかある?」


「おっ! 一緒帰りたい! 器楽のみんなバス派だからいつも一人なんだよねえ。部直終わるまで、校舎出たとこで待っててもらってもいい?」


「もちろん!」




 校舎の外で吾妻を待ち、新小金井しんこがねい駅への道を歩いた。


「あ、じゃあ、小沼は今日が部活デビューなんだ」


「そうなるな」


 部直を知らなかった、という話をしたら、吾妻がそんなことを言ってきた。


「なんかさ、初めて小沼と話した一週間前とは別人って感じだよね。この一週間で小沼の人生も全然変わったんじゃない? いや、これまでの人生のこと全然知らないんだけどさ」


「そうなあ……」


 たしかに、この一週間、色々なことがあったな……。

 市川に作曲がバレて、吾妻と知り合って、沙子と仲直り(?)して……。


「一週間前には話してなかった、学年一の美少女の英里奈ちゃんともなんか仲良くなってたもんねー? ね、小沼くん?」


 意地悪な笑顔を浮かべて市川がこちらを覗き込んでくる。


「いや、あれは……」


 仲良くってか、どこまでいっても仲良いフリ、なんだけどな。


 あと学年一の美少女っていうところには異論がある。誰とは言わんが。


「まあまあ、小沼のリア充化、めでたいじゃん!」


 英里奈さんの意図を知っているからだろうか、珍しく吾妻がおれの味方をしてとりなしてくれる。


「ていうか」


 おれは、吾妻の発言で気になったところに反応する。


「リア充なんかじゃねえだろ、おれ、ウェーイとか言ってないし......」


「あはは、うける。何そのリア充のイメージ」


 吾妻が笑う。


「そもそも、あとからリア充になるとかって、ないだろ。リア充って、なれるやつとなれないやつが明確に分かれてるっていうか、決まったカーストは超えられないっていうか」


 それは、おれがいつも思っていることだった。


「見えるんだよな、『こっち』側からだと。向こうからは話しかけていいけどこっちからは話しかけちゃいけないとか、教室でどれくらい大きな声を出して良いかとか、廊下の真ん中を歩いていいか端っこを歩かないといけないとか……そういうの、全部決まってるような感じがする」


 無意識に不満に思っているのだろうか。


 おれは少し自嘲じちょう気味につらつらとそんなことを語っていた。


「ふーん……? カーストとか、そんなの、あるかな?」


 市川が首を傾げている。まあ、分からんだろうな。


「あるんだよ。だから、こんな風に一緒に帰ってても、おれと一緒にいるところなんか見つかったら、二人の印象悪くなるんじゃないかって内心びびってる」


「いや、気にしすぎじゃない? 小沼くんがいつもなんか怖いのって、それが原因……?」


「んーまあ、カーストがずっと高い2人には分からない感覚かもしれないけど……」


 何気なく発した一言に、


「……あたしは、ずっとリア充に見える?」


 吾妻が一転、くぐもった声でこたえた。


「由莉?」


 市川が心配そうに話しかける。


「ねえ、小沼。あたしは、ずっとリア充に見える?」


 そして、同じことを、もう一度尋ねてくる。


「ああ、見えるけど……?」


 なんか地雷踏んだか……? とビビりながら、おそるおそるそう言うと、


「そう、かあ……」


 と吾妻が大きく息をつきながら自分の頬をムニムニと触る。


「由莉、どうしたの?」


 市川の質問に、吾妻は苦笑いを浮かべながら、


「あたし、小沼の言ってること、分かるよ」


 と言った。


「だって、あたし、中学の頃、ぼっちだったから」


 と。


「え……?」


「……二人には、話すね。私も二人の秘密知ってるから」


 そう言って、吾妻は中学時代の話を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る