第14小節目:さよならのゆくえ

 沙子と仲直りしかけて失敗した放課後。


由莉『小沼、まじ空気読めなさ過ぎ…』


 吾妻あずまから受信したメッセージを読んで首をかしげながら、今日もステルス機能を発動していた。


 うん、発動っていうか、もはや基本ステータスだな。意識せずとも出来るレベル。


 結果、今日も今日とて誰にも声をかけられずに教室に一人になった。


 ……と、思いきや。


「小沼くん、沙子さこさんのこと、どうだった……?」


 amane様が残っていらっしゃった。


 放課後の教室に二人きりだ。


「んー、なんか、よくわかんないけどめっちゃキレてた」


「ああ、そうなんだ……」


 なぜか歯切れの悪い市川に、おれは頭を下げる。


「すまん。そういうわけだから、ベーシストは他に探さなきゃいけないと思う……」


「ううん、私のせいでもあるみたいだし……」


「市川のせい? なんで?」


「ううん、なんでもない!」


 市川はあわてたように胸の前で手を振る。


 市川の様子は少し気になったが、とりあえず今はベーシストだ。


 おれは腕を組んで、思案しあんする。


 誰かに頼めたりはしないものだろうか……。




 すると、その時。


「いた。バカ拓人たくとと、市川さん」


 後ろから温度低めの女子の声がする。


「おお……?」


 振り返ると、そこには沙子が立っていた。


「ちょっと、二人に用があって」


「わ、私も……?」


 市川にも? と、おれが首をかしげていると、沙子が市川に向き直る。


「市川さん、こいつとバンドやるつもりなの」


「……うん、やりたいなって思ってる」


 すると、市川が対峙たいじする。


 ……なんかいきなり因縁いんねんの対決みたいな雰囲気ふんいき出してるけど、この二人は昨日が初対面だよな?


「そっか。……でも、amaneの曲はもうやらないんでしょ」


 amaneという言葉に、市川の肩がビクッと跳ねる。


「……ああ。このばかに勧められて聴いたことあるんだ、amaneの曲」


「そ、そうなんだ……」


 市川が下唇を噛んで、何かを怖がるみたいにうなずく。


 その様子を見た沙子は、わずかに顔をしかめて、はあ、と小さくため息をついた。


単刀直入たんとうちょくにゅうに訊くね」


「うん……?」


 おずおずと沙子の言葉を待つ市川。


「拓人かあなたのオリジナルの曲をやるっていうんなら、うちはバンドをやる。カバーなら、やらない」


 沙子は、そう言い切る。


 その言葉に、今度はおれが動揺する番だった。


「……!? お前、おれの曲は……キモいって……」


 つかえながらも、なんとか口にすると、沙子は下唇を強く噛んだ。


「……それを言ったのは、2年前の、今よりも千倍バカな、クソ女だから」


 それから、こちらに向き直って、頭を下げる。




「ごめん、拓人。あれから、ずっと後悔してた」




 突然の謝罪におれは言葉を失う。


 こんなの、どうやって受け止めたらいい……?


「今日、拓人が仲直りしようって言ってくれたの、嬉しかった。なのに、うち、また同じ間違いをしちゃうところだった」


「沙子……?」


 戸惑うおれの目をまっすぐに見て、




「大事なものを、一時の感情で傷つけたら、一生、後悔するから」




 沙子は一言ずつを、大事そうに言葉にする。


 その言葉に、ぐっと胸を押されるような感覚があった。




「……あの、沙子さん!」


 すると、横から市川が意を決したように沙子を呼ぶ。


「なに」


 沙子が市川の方を向く。


 市川が声を震わせる。


「あのね。オリジナルをやるから、沙子さんが一緒にやってくれたら嬉しいなって、思うんだ」


「市川……!」


 すると、沙子は、しっかりとうなずいた。


「……わかった。それで、どっちが作った曲をやるの」


 一瞬、おれは市川と目を合わせる。


 おれは、言っても大丈夫だ、という意味を込めて小さくうなずく。


 市川はそれにそっとうなずきを返して、息を吸って、伝えた。


「小沼くんの曲だよ」


「……そうなんだ」


 そして、沙子はふう、と呼吸を整えてから、


「そしたら、拓人。……拓人の曲、聴かせてもらってもいい」


 と訊いてくる。


「お、おう」


 そう答えて、おれは自分のBluetoothのヘッドフォンをカバンから取り出した。


 ……だが、なぜか、手元からヘッドフォンが転げ落ちてしまう。


 かがんで拾おうとするも、上手じょうずにできない。


 なんだ、これ……?


「小沼くん、手が……」


 市川に言われて、ヘッドフォンに伸ばした自分の手を見ると。




 その手は、バカみたいに震えていた。




「はは......」


 くそ、ダサいな。


 まだ怖いんだ。おれは。


 おれの曲を沙子に聴かせるのが、とてつもなく怖いんだ。


 また、あんなに冷たい目をされるんじゃないか、って。誰よりもわかり合っていると思っていた人に裏切られるんじゃないか、って。


 おれは、どれだけ臆病おくびょうなんだよ。


 こんなおれに、バンドなんか、出来るんだろうか?


 誰にも聴かせないままで、一人で、閉じこもって、自分だけの世界で音楽をやっていくのが、一番いいんじゃないか?


 誰かに聴かせたって、リスクばかりで、何にもならないじゃないか。


 震える右手を眺めながら自分のダサさに失笑していると。




 その右手を、誰かの両手が包んだ。




「拓人、本当にごめん……」


 それは、おれの目の前にかがんだ沙子の手のひらだった。


「拓人、本当にごめん。うち、あの時、本当にしょうもない感情で、ばかなことしちゃって……」


 沙子は、その顔をゆがめながら、懺悔ざんげするように言葉を続けた。


「拓人の作った音楽を、うちが嫌いなわけないじゃん」


「そんなこと言ったって……」


「あの時は、全然違うことで、うち、ねてて」


「全然違うことって……?」


 そうたずねると、沙子はちらっと市川の方を見てから、


「……音楽を聴いてるばかりだったはずなのに、拓人が曲を作ってて、それで、先を行かれた感じがして」


「そう、なのか……?」


「沙子さん……私……」


 市川が何か口を挟もうとして、途中で首を横に振って、言うのをやめた。


 そしてこちらに向き直ると、


「小沼くん、きっと、大丈夫だよ」


 と、寂しそうな表情で微笑ほほえんだ。


 それからヘッドフォンを拾って、おれに差し出す。


「はい、小沼くん。沙子さんに、聴いてもらおう?」


 沙子がおれの手をそっと離す。


 おれはまだわずかに震える手で、なんとか、ヘッドフォンを受け取る。


 そして、それを、沙子の前に差し出した。


「……ありがとう、拓人」


 そう言って、沙子がヘッドフォンを耳にかける。


 おれは、スマホで自分の曲を表示して、その再生ボタンをそっと押した。




 曲が始まる。




 沙子は目を閉じて聴いている。


 おれと市川にはその音は聴こえない。


 まだ小刻みに震えている手と足。


 大きな音を立てて胸を打つ心臓。


 見かねた市川が優しく、そっと、


「大丈夫だよ。すっごく良い曲だもん」


 と言ってくれた。




 長く長く感じた4分が終わり、沙子がヘッドフォンを外す。


 その唇がスローモーションで開く。


 おれが今まで感じたことないほどの緊張に、沙子の声が降ってきた。





「これ、最高じゃん、拓人」




 見上げると、沙子の両目から、ぼろぼろと、涙がこぼれていた。

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