第6小節目:ケモノノケモノ

 翌朝。


 くあぁ……と、あくびをしながら廊下ろうかを歩いていると、向かいから吾妻あずまが他の金髪女子と歩いてきていた。


 金髪女子は怖い……、なかば本能的に目をらし、うつむき気味ぎみにすれ違う。


 ライオンをなんとかやり過ごせたシマウマよろしく、ふう、と息をついていると、


「あ、ごめん、さこはす、ちょっと先行ってて!」


 背中越しに不穏ふおんなワードが聞こえた。


 いで、タッタッタッとローファーの靴底が廊下を叩く音が近づいてくる。


 振り返ると、


「うおっ!?」


目の前に吾妻の顔があった。


「ちょっと、いきなり振り返るなし!」


「お、おお、ご、ごめん」


 心臓がバクバクする……。


「ちょっと、こっち来て」


 そんな声が聞こえたかと思うと、吾妻は廊下を小走りで進んでいく。


 来いというくせにおれのことを置いてどこかへ行ってしまおうとしているので、どうすればいいのかも分からず立ち尽くしてると、5メートルくらい進んだところで吾妻がこっちを振り返り、なんで来ないの、とばかりにおれをにらむ。


 関係ない人のふりしてついていけばよかったのか、難しいよリア充の人たちのコミュニケーションは……。


 ため息まじりにゆっくりついていくと、リア充さんは人のほとんど来ない視聴覚室の前で立ち止まり、振り返った。


 腰に手を当て、眉間みけんにしわを寄せる。


昨日きのうメールしてって言ったじゃん!」


「いや、おれ吾妻の連絡先知らないし……」


 たじろぎながらも割と正論を返すと、


「そう! それなんだよ!」


 と、大声が返って来た。


「どれだよ?」


「あたしがアドレス教えてなかったの悪いなあと思って、あたしも6組のみんなに恥をしのんでいたわけ! 『小沼君のライン分かる人いるー?』って」


 恥をしのんでって。


「ていうか、いきなりそんなこと訊いたら、おれとの関係とか聞かれて、結果的に歌詞書いてんのがバレるきっかけにならないか?」


「いやいや、そんなヘマしないっての……。『うちのコンビニで買い物してったんだけどお釣り渡しそびれちゃって! 5円なんだけどね』って言って訊いたよ」


 吾妻があきれたように小さなため息をつく。


「ほーん、なるほど……。いや、待てよ? 吾妻、昨日、市川の時も同じこと言ってなかったか?」


「え? あ、うん、まあ、うん」


 そわそわとキョドりはじめる吾妻。


「もしかして、市川のやつも……市川に近づくための嘘?」


「ふぇっ!? え、えーと、いや、そんな、嘘っていうより、口実こうじつっていうか、あれなんだけど……」


「あれってなんだよ……」


 曖昧あいまいな指示語を使い始める吾妻をジト目で見返すと、


五円ごえん玉だけに、ごえんがあるかなって……」


 吾妻は、てへ、みたいな顔をして舌を出した。


「そんなとこまでポエマーか……」


「ポエマーって言うな!」


 肩を強めに叩かれる。ツッコミというよりはちょっと暴力レベル。と思いつつも、女子からのボディタッチに少し嬉しくなっている自分の気持ちを咳払いで誤魔化ごまかした。


「……で、なんだっけ? ライン?」


「そう、ライン! 6組の英里奈えりなとかに訊いてみても分かんないって言われて! そんなことある?」


「いや、そりゃそうだろ、その人おれ喋ったことないし……」


 英里奈さんというのはたしか学級委員長か何かをやっているくせに委員長っぽくないギャルの人だ。ギャル同士は何かとつながってるんですかね。


「いや、でもクラスラインに入ってれば分かるでしょ! そしたら『探してみたけど、小沼くんって人はいなさそう』って言ってて!」


「くらすらいん……?」


 初めて聞く単語にまゆをひそめる。


「なに、『はて……?』みたいな顔してんの? クラスのライングループでしょ! 6組の! それくらい入っときなよ。なに、あんた、孤高ここうの天才でも気取ってんの?」


「……クラスのライングループなんてあんの?」


「え、招待されてないの……?」


「え……?」


 そのあと吾妻がしてくれた説明によると、各クラスにはクラスのライングループなるものがあり、それが非公式の連絡網れんらくもうとして機能しているということらしい。


「言われてみれば、心当たりがある……」


 この間ホームルームに出た時には、今度の球技大会での出場する種目が決まってて、『あれ? おれ一週いっしゅう休んだかな?』と思ったものだったが、あれは既にクラスラインで会議がされていたんだな……。ちなみに、おれは勝手に卓球にされていた。


 なるほど、おれは自覚なきぼっちだったのか……。


「えーと、うん、なんか、ごめん……」


 吾妻が一転し、バツの悪そうな表情をしている。


「ま、まあ、そういうこともあるよ。れからはぐれることは悪いことじゃないよ。はぐれ者ほど、経験値が高いっていうじゃん……ね? 人の痛みが分かるのは弱さじゃなくて優しさ、みたいな……」


 ポエムではげまましてくれる吾妻の優しさに、逆に胸が痛くなる。


「あの、あたしでよければライン交換しよ? 曲送って欲しいしさ」


 うわ、この人、いい人だな……。ポエマーでギャルだけど……。うるむ瞳で吾妻を見ると、気まずそうに微笑ほほえみを返してくる。


 ありがとうありがとうと頭をさげながら、ラインを交換する。(交換の仕方がよく分からないので、スマホを渡して操作してもらった。)


「それじゃあね! えーっと、頑張ろうね!」


 ラインを交換し終えると、吾妻は優しく微笑んでから、タッタッタッとテンポよく自分の教室へと帰っていった。何を頑張ろうと言われたのかはよく分からないけど、とにかくなんか頑張ろうと思った。


 よし、おれも戻ろう。


 ライン友達の一人もいない教室へと。

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