第22話 現状維持


ゆずさん達が帰って行ったあと、私と葉月さんは夕飯を食べながら今後のことについて話していた。


「もし仮に黄泉の妖の狙いが結奈さんだったとしたら、まず疑問に思うのは、何故結奈さんが薬師と繋がっていることがバレたか、ですね」

「確かに。それにもしバレていたとしたら、普通は真っ先に私を捕まえに来ますよね。こんな回りくどいことしていないで」


お味噌汁を飲みながら、私は思考をめぐらせていく。

向かいに座る葉月さんも深く考え込んでいることが分かる。

どこを見るでもなく、じっと何かを探しているように彷徨う瞳。


「……目?」

刹那、脳に雷に撃たれたような衝撃が走った。

(そうだった!なんで今まで気づかなかったんだろう。あったじゃない!正体がバレそうになったこと!!)

ガバッと顔を上げると、葉月さんと目が合った。

──考えていることは一緒だ。


「町で会った野妖」


ぴたりと2人の声が重なる。

天中に行った時に私がぶつかった鬼のことだ。

私が霊狐では無いことに気づいていた。

葉月さんの担いだ薬箱と、首から提げていた薬師の免許証。

薬師に関わりがあると一目でわかったはず。

私の中で確信めいたものへと変わっていく。


しかし、葉月さんはまた思考の海へと沈んでしまった。

食べる手も止まっている。


暫くして、葉月さんが呻くように言った。

「その野妖は、確実に結奈さんが霊狐ではないと気づいたでしょう。神力も妖気も持たない者は人間しかいない。彼は恐らく結奈さんを人間だと判断したはずです。ただ、そうだとしたらおかしいのです」

「おかしい?」

私は首を傾げた。

人間だと判断されて、薬師である葉月さんと繋がりのあることがバレてしまった。

だから薬師だけが襲われていて……


「……あっ!」

私の言葉に葉月さんは頷いた。

「そう。先程結奈さんが仰っていたように、あまりにもやり口が回りくどいのです。同じ羽織を着ていた時点で、私達が師弟関係であることは明白。天中に薬局を開いている薬師は片手で数えられる程しかいません。それなのに、薬師達は無作為に襲われています」

葉月さんは大抵の薬師と顔見知りだと言っていた。

今の言葉から察するに、朔矢さんの持っていた巻物には、天中で商売していた薬師以外にも被害が出ているということだ。

「……それって、必ずしもあの野妖がそうだったとは言えないということですか?」

「ええ」


一瞬、私の頭に双六の【振り出しに戻る】というマスが思い浮かんだ。

「とりあえず今は様子見としか言えませんね。アルミラージの一族が駆り出されてしまって、結奈さんにお留守番をして頂くことも出来ませんし」

その言葉に私は少しほっとした。

この話を聞いてから、いつか言われるのではと思っていたからだ。

留守番していて欲しい、と。

こんなこと言ったら不謹慎かもしれないが、アルミラージの皆さんが忙しくてよかった。

私からしたら、家で一人恐怖に脅えているよりも、葉月さんの傍に居る方が安心する。


そんな私の気持ちを知ってか知らでか、葉月さんは微笑んだ。

「町には警備員がいますし、いざとなれば私の術があります。大丈夫。結奈さんのことは私が守りますから」

ハッキリとそう口にする葉月さん。

初めて会った時に華奢に見えたその背中が、今ではとても大きく感じる。


だが、頼りすぎてはいけない。

それでは前と変わらないのだから。

「ありがとうございます。でも私、ずっと葉月さんにおんぶにだっこ状態は嫌です。だから、私に出来ることがあったら教えてください!」

「結奈さん……貴方はもう十分して下さっているではありませんか。家事だけでなく、薬師見習いとしてお手伝いしていただいています。おんぶにだっこだなんてありえません」

ムッとした顔で反論されてしまったが、私はやはり納得できなかった。

こうして住む場所と食べる物と働く場所を与えてもらって、その上とても親切にしてくれて。


人間なんて、妖にとっては関わりたくない存在ではないのだろうか。

黄泉の妖に転送されてしまった人間には、もれなく厄介事が付いて来る。

そんな人間の私を、葉月さんは助けてくれた。


ふと、私の中にある疑問が生まれた。

(なんで葉月さんは私を助けてくれたんだろう)

今の今まで考えたことすらなかった。

情けないことに、自分のことで手一杯だったのだ。

だけど、これは最も考えるべきことではないだろうか。

人間を匿うなんて命懸けだ。

実際にこうして狙われている。

助けてくれて、更に守るとまで言ってくれた。

その理由はなんだろう。


「結奈さん?」

じっと見つめていたところを気づかれてしまった。

不思議そうにこちらを見る葉月さん。

私は視線をあちこちに飛ばしながら黙考した。


その時間は僅かに1秒足らず。

(これは、聞いていいことかな?それともだめ?どっちだろう。……よし、それとなく探ってみよう!)


「あっ、いえ。ただ、人間である私を助けてくれる葉月さんこそ、優しい妖だなぁって思って」

上手く真意を隠せただろうか。

ポイントは【人間】という単語だ。

そこに違和感を覚えてくれたら、きっと葉月さんの方から話してくれる。

ただし、話せる内容であれば。


葉月さんは一瞬きょとんとしたが、すぐに何かを察したような顔つきになる。

そして、ふっと何かを思い出すように目を細めた。

「……昔、私は人間に助けていただいたことがあるのです。だからこれは、ある意味恩返しのようなもの。優しくなんてありませんよ」


私は「嗚呼」と心の中で呟いた。

(これは聞いちゃダメな話だ)

昨夜の葉月さんの暗い表情が思い浮かぶ。

だから私は目一杯の笑顔を向けることにした。

「それでも事実、私は助けて貰いました。私はどんな理由であっても、助けてくれた葉月さんには感謝しています!」

葉月さんは諦めたように頬を緩ませた。

「そういうところですよ、結奈さん」

と呟きながら。

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