白い羊の八百屋

紫堂文緒(旧・中村文音)

第1話

 広い畑の片すみに八百屋が一軒ありました。

 白い羊の店でした。

 ずっと昔からある店でした。

 おばあさんの小さい頃にもありました。

 そのまたおばあさんの小さい頃にもありました。

 そんなずうっと昔から、白い羊が一匹で野菜を作って売っているのでした。

 ですから動物たちはみんな、それを当たり前に思っているのでした。


 小さい店でしたが、いつでもほしい野菜がそろっていました。

 おまけにそれらの野菜は、キャベツもトマトも大根も、みんなとれたてでみずみずしかったものですから、動物たちはあとからあとからやってきました。


「はい、うさぎの奥さん、レタスと人参ですよ」

「くまさん、おいもときのこ、お待たせしました」

「きつねのお嬢ちゃんはおつかい? えらいねえ。ごほうびに、お豆を一袋、おまけしようね」

 そして白い羊は野菜の入った袋を手渡すと、いつも決まって言うのです。

「お代なんていりませんよ」

 だから動物たちは大助かりで、どうしたってこの店にやって来るのでした。

 小さい八百屋はいつも繁盛していました。


 ところがそれを面白く思わないものがおりました。

 黒い羊でした。

 いつも何もしないで寝てばかりいるので、黒い羊のところには誰も訪ねて来るものがありません。

 本当はひとりでいるのが退屈でつまらなくて、誰かに遊びに来てほしいのですが、そう思っていることに自分でも気がつきません。

「ちぇっ、やんなっちまうよなあ。白い羊ばかり人気者でさ。不公平だよな、おれもおんなじ羊なのに……」


 黒い羊は、自分も八百屋を開いたら、みんなが来てくれるかもしれないと思いつきました。

 それで早速、きゅうりとトマトととうもろこしのたねをまいてみました。

 ところがこれまで野菜なんか作ったことがなかったものですから、上手に育てることが出来ません。

 毎日水をやってやっと実ったきゅうりは、えんぴつのように細く、トマトはいくらまっても青いままで色づきません。

 とうもろこしなんて、むいてみると実がぽつりぽつりとしかついていないのです。

 売り物にならないものばかりでした。

 

「あんなに毎日頑張ったのに、どうしてうまくいかないんだろう。

 白い羊は易々と色んな野菜を作っているのに……」

 黒い羊はがっかりして、毎日水の入った重いバケツを運んだり土を耕したりするのがすっかり嫌になってしましました。

 そして、何かうまい方法はないものかと考えました。


「そうだ、いいことがある!

 白い羊の畑から、野菜を盗んできちまえばいいんだ。

 そうしてそれをおれの店で売っちまえばいいんだ。

 同じ畑の同じ野菜だもの。

 同じようによく売れるはずさ。

 ……そうと決まれば、さ、早く準備にとりかからなくっちゃ」

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