宝石収集

 二階堂とアノマリアが並んでビヨンド号のタラップを下りた。


 腹をさすって、どんより顔の二階堂。朝からハンバーグ。アラフォーの腹にはちょっと重い。かたやアノマリアはケロリ。


 ――若さ……。


 二人はこれからビヨンド号周辺で宝石を捜索する。上空ではドローンがブイーンと音を立てながら旋回を繰り返していた。周囲の監視と、金属探知のためだ。


「カオル、大半の宝石は金属質だ。金属探知機が有効だと推測する」


 とはロンロンのアドバイス。


 そしてドローンから送信されてきた金属探知の結果に、「ありすぎだろ」と絶句した二階堂。彼の視界に浮いたマップ表示が、気持ち悪いくらいに光点で埋まっていた。


 同じ映像を見ていたアノマリアが、「はぁ~」と、空中をさわさわしながら驚嘆していた。彼女は二階堂と色違いのコンタクトレンズを装着している。たぶん、視界に表示されるAR表示を触ろうとしているのだろう。微笑ほほえましい。


「この点が全部宝石ッスか? やっぱり、ここはちょっと隔離状態だったんで、手つかずで残っているっぽいッスねぇ」


『宝石かどうかはまだ不明だが、全て金属反応がある場所だ』


 とロンロンが補足した。


「ほっほー……これはすげー便利ッスねっ! このコンタクトレンズっつーのも不思議だし、あの空飛ぶドローンとかいうのもすげーっ! おととい、自分の檻の近くに変な虫が飛んできて、ウニに撃ち落とされたと思ったッスけど、あれはロンちゃんのドローンだったんスね?」


 アノマリアが上空で旋回するドローンを仰ぎ見て言った。


「ビヨンド号は星遺物オーパーツの宝庫ッス! しかもロンちゃんに聞けば、あのビヨンド号自体も空を飛ぶらしいじゃないッスか‼ もはや宝船たからぶねッスよ! 船の形も含めて、まるで空飛ぶ真珠パールッスね‼」


 ビヨンド号のあっちをきょろきょろ。こっちをきょろきょろ。大興奮のアノマリア。自分が褒められているわけではないのだが、悪い気はしない二階堂。


 ――ロンロンのやつ、こんな感じでほだされたな。


 二階堂は、自分が眠りこけていた間に行われたであろうやり取りを想像しながら、足元の石を拾った。拳大の、半透明で、八面体の石だ。


「それは蛍石フローライトッスね。夜に光るッスよ。あ、隣に落ちてるのは岩塩ッスね。ロンちゃん、岩塩拾っとくッスか?」


『ありがとう、アノマリア。ひとつ拾っておいてくれ』


 実は昨日のハンバーグ、アノマリアが持っていた岩塩を譲ってもらって作ったものでもあった。そんな岩塩も、ちょっと土を掘ればゴロゴロと出てくるらしい。


「ロンロン。蛍石フローライトって、光るっけ?」


 二階堂が、手に持った半透明な石を眺めながら聞いた。


『光るには光るが、自発光するには条件がある。カオル、サンプルを取ってくれ』


 言われて二階堂が蛍石フローライトのサンプルを採集する。その様子を興味深そうに覗き込むアノマリア。


『――カオル、驚け』


「なんだ」


『本当に蛍石フローライトの成分だ。主成分はフッ化カルシウム。蛍石フローライトは熱を加えると自発光し、紫外線を当てると蛍光する。しかしそれ自体に強い蓄光作用はない。また、熱を加えて発光させた場合は割れてしまい、そのうち発光しなくなる。ひと晩中光っている、などということはない。昼間も続けて光っていたら放射性物質を疑うが、昼間には消灯することから、そういうわけでもないようだ。未知の現象だ』


 さらにロンロンが続ける。


『また、私のデータベースと比べて、カオルが持っている蛍石フローライトはかなり硬いようだ。解析不能の不純物インクルージョンが含まれているようで、それに秘密があるのかも知れない』


「ロンちゃんはなんだか物知りッスねぇ。自分らは蛍石フローライトは大地の〈アミナ〉を吸い上げて光るって考えているッス。だからその石、拾って大地から離しておくとそのうち光らなくなるッスよ」


 アノマリアが言った。二階堂が彼女を見る。


「アミナって?」


「生きとし生けるもの全てに宿る螺鈿らでんの光ッスね」


「意味が分からんよ……たましいみたいなもんか?」


「魂っつーのは分からないッスけど、螺鈿術ネイカーもアミナを利用した術なんスよ?」


 そんな雲を掴むような事を話しながら、ビヨンド号の周囲をぐるぐると宝石を探して巡回した二人。映像に出た光点を頼りに歩けば、そこには本当に宝石があった。それらを、アノマリアの指示に従って選別しながら腰の袋に詰め込んでいく。


「うーん、楔石スフェーンがないッスねぇ。あれがないと宝石は言葉どおり宝の持ち腐れなんスけど……あっ、そうだ! カオルおじさま、ミノちゃんをぶっ殺した場所ってどこッスか?」


 何かを思いついた様子のアノマリア。


 二階堂は彼女を大樹の袂に連れて行った。そこにはすでに骨だけになったミノタウロスの骸骨が横たわっていた。ただし、その骨は炭のように黒い。


 アノマリアは肋骨に手をかけて、ためらわずに頭蓋骨に近づいていった。


「多分この辺りに――あったーっ! しかも三つも!」


 そう言って彼女は何かを掴み上げた。強い煌めきファイアを放つ、黄色い石だった。


 結局――。


 ずらーっとビヨンド号の前に並べられた宝石の数々。


 とりあえず必要そうな物としてアノマリアが選んだものだ。拾えきれないほどの石が転がっていたので、とても全ては回収できなかった。


「いててっ――はぁ……一旦休憩にしよう。ロンロン、昼食の準備してくれ」


 二階堂は腰の後ろに手を当てながら言った。宝石は結構重い。


「お腹空いたッスか? ここは琥珀アンバーが結構落ちてるッス。琥珀アンバーを食べればいいッスよ――見て、おじさま」


 そう言ってアノマリアが琥珀色の石を口に放り込んだ。


 ゴリゴリ、ゴリゴリ――。


 彼女は氷を食べるようにそれをワイルドに咀嚼すると、最後にゴックン。口をあーんとしてベロを見せて「ほら、飲んじゃった」と無邪気に笑った。


 ――天然なのか?


「いや、俺は遠慮して――ぅおおぉっ⁉」


 不意に、琥珀アンバーを持ったアノマリアの手が伸びてきて、二階堂はその腕を掴んだ。


 しかし彼女はもう片方の手で二階堂の後頭部をガッと掴むと、二階堂の口に琥珀アンバーを力尽くで押し付けていく。


「――これから先、琥珀アンバーを食べないなんて無理ッスから、早めに経験しておくッスよっ!」


「こ、これは……っ⁉」


 ――すげぇ腕力!


 二階堂もアラフォーとはいえ、男だ。しかしアノマリアの腕を止めることができない。彼女の腕はほっそりしていたものの、そこからはまるで油圧機械を相手にしているような、生物らしからぬ圧力が伝わってきた。


 二階堂が驚愕に顔を歪めてアノマリアを見ると、彼女は意地悪そうに笑った。


「――おんや~? おじさま、ちょっと運動不足なんじゃないッスかぁ?」


 フレキスケルトンを付けてこなかったのが悔やまれる――。


「アノマリア、お前、貧弱だなんて嘘つきやがって……ロンロンも、なんとか言ってくれ!」


『アノマリアが食べて見せたわけだから、カオルも観念して食べてみてはどうか』


 ロンロンの言葉に唖然となった二階堂。


「う、裏切り者ーっ‼」


「はい、あーん! あーんッスよ、おじさまっ!」


 口に琥珀アンバーを突っ込まれた直後、ポイーンという音が聞こえてきた。

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