第9話 悪意無き者

「ねぇねぇ! オジサン、悪魔でしょ?

 私、分かるんだァ〜」


 突然みかんが触れた一言に、全員の空気が張り詰めた。


「この店は悪魔のお客様も来るんだよ〜。だから、嘘を言わなくても大丈夫なの!うふ〜」


 偽天使はグラスのテキーラをクッと流し込み、警戒心のないみかんを冷ややかに見詰めた。


「なるほど。そりゃいい店だ」


 だがみかんも動じない。


「オジサン程の大悪魔でも、人間の音楽って聴くものなの?」


 そんな訳が無いのだ。この悪魔は『天使の羽根』まで手に入れて偽装して来たのだから。絶対何かある。


「天使よりは聴くだろうな。私は音楽と文芸の悪魔だから、人間でも私と契約した者は多い。その度に奴らの音楽を聴いてきたが………」


「私もトランペット吹くんだよ!」


「そうかい。でも見たところその気質だと、君の音を聴いただけで俺はダメージ受けちまうな」


「なんだ………バレましたか。

 ねぇ。オジサン、本当に音楽聴きに来ただけ?」


「ああ。

 リヴァイアサンともなれば、一体どんな音楽を奏でるやら……。

 人間の音楽は素晴らしいものだ。天界の音楽は賛美歌や神や喜びを歌う物ばかりだ。それが悪いとは言わんがな。

 生きてりゃ辛いこともある。人間は臆せず、そんな傷まで歌で癒そうとする。

 理解ができない。そして羨ましいことだ」


「そうですかぁ………」


「聴いたら………すぐ帰るさ。ここにはエクソシストも居るんだろう? 俺には俺の住処がある」


 みかんが一瞬迷いを見せる。

 セルは側にいたトーカに目配せすると、その悪魔へと近付いて行った。


「ささ、飲んでちょ〜」


 みかんが酒を注ぎ、椅子から降りてセルに譲った。


「失礼します。

 お客でいらしたとは、とんだ無礼を」


「別に慣れてる。俺たち悪魔はいつも普通門前払いだからな。ただ、悪魔も入れると知っていれば、こんな真似はしなかったよ。尋問されて売り飛ばされるかと思ったぞ」


「何もしてない人をいたぶったりしませんよ。

 ところで現在、天使の羽根をお持ちですか?

 このすぐ近くで天使が羽根を奪われましてね」


「俺がやったと言いたいのか?

 これは拾い物さ。すぐ近くの側溝に落ちていたのを見つけたんだ」


 ほーんーとーにぃ〜????


「念の為の確認ですよ。

 天使と悪魔のご関係に、私共が口を出しては無粋でしょう。

 そういえば、あちらのショーケースはご覧になられましたか? 気に入っていただける様な商品も多く取り揃えております。

 いかがでしょうか? 『天使の羽根』なら、物々交換でも構いません」


 悪魔は椅子を降り、ショーケースの中を覗き込んだ。


「どーせガラクタばかりだろ〜?

 水晶、人形……これはコキュートスの欠片か? 珍しいものだが、俺には…………。

 あぁん!? こりゃなんだ?」


 悪魔は和紙に包まれた束に目を止めた。

 あれは確か「病気の人のためにウィッグにするから」と、みかんが同級生を唆して貰ってきたものだ。


「そちらは『処女の毛髪』でございますよ」


「売ってるのか!?」


「はい。ここには魔女も居ますので、呪物の材料も稀に列びます」


「魔女……!?」


 トーカが悪魔にヒラリと手を挙げた。


「hi……」


 天使の気質でフラフラのトーカを見て、悪魔はバツが悪そうに頭をかいた。


「なんと……こりゃ申し訳ない。あんた………TheENDで有名なスルガト氏の魔女か……」


 なぁなぁ、俺はどうすればいいんだ?


 セルは落ち着くように一旦、悪魔をカウンターに戻す。


「本当に悪魔も大丈夫な店か? なら『天使の羽根』は包んで置くか……。スルガトに小言を言われたくない」


「はは。お気遣いありがとうございます。

 悪魔も大歓迎ですよ。どうぞお酒もまだお出し出来ますので、ごゆっくり。


 トーカ。ユーマを

 御仁は俺がお相手するから」


 トーカは頷き、俺の手を引いてがエレベーターの前に来た。


(神父から連絡が入ったのは事実ですわ。ここから2ブロック先の交差点で天使が羽根を探してるわ)


 じゃあ『天使の羽根』の落とし主か。本当に落し物なのか怪しいけどな。あの悪魔が奪ったのかもしれない!


(どうすればいい?)


(まずはアカツキに行って、その天使を保護してくださる?

 済んだら店には戻らないで。この悪魔と鉢合わせしたら喧嘩になるかもしれないわ。そうね。天使と合流したらゲートを出すようにするわ。店の外で待機しててくれる?)


(分かった)


 備品棚から提灯とロウソクを取り出す。今は経費で落ちるからラッキーだぜ!


 トーカがエレベーターに触れる。


 モスグリーン色のエレベーターの扉が、一瞬にして赤に変わる。そしてその中から、そっと扉を抑える白い手袋が出てきた。


(スルガト。彼をアカツキへ)


〈かしこまりました〉


(じゃあ、行ってくるぜ)


 俺はエレベーターに乗り込み、トーカの後ろを伺う。


 セルは畏まりつつも、悪魔の話を聴き込んでいるようだ。


 ガコン……。


 一度扉が閉まる。

 俺のそばに居たはずのスルガトの姿は無かった。


 ポーーーン♪


 階指定のボタンは押してないのに、エレベーターの扉が再び開く。

 その先に広がるのは真っ暗な空間。出入口の非常灯がパチパチと点いたり消えたりを繰り返していて、その緑色の明かりで何とかそこが店内だと認識できる。


 アカツキの世界の店内だ。


 ファーーーーーーン……………。

 ファーーーーーー………♪


 これだ。セルが言ってた、あの悪魔 アムドスキアスが出る時に聴こえるトランペットの音。

 でもこの近くじゃない。もっと遠くで鳴ってる気がする。


 俺はしゃがむと、早速ロウソクにライターで火をつける。


「さてと」


 埃っぽい店内を通り、出入口から地上へ出る。

 車道には俺がアカツキに入った瞬間に、その車道を走っていた車が存在していた。通行人は居ないが、路駐された宅配トラックも誰かが乗ってた自転車も、その場その時に存在しているものなのだ。


「2ブロック先だったな」


 提灯で足元を照らし歩く。

 そういえば俺、天使って初めて見るかも。


 ファーーーーーー………♪


 音も行き先と同じ方から聞こえてくる。ビルの隙間から見える不気味な赤い月。最近アカツキには来てなかったもんな。


 物音一つしない暗い街並みは、流石に気味が悪い。聞こえてくるトランペットの音色も、まるで生者を寄せ付けるようだ。

 そう考えると、前回の猫屋敷は生温いくらいだな。現実の心霊スポットはあくまで現実だから………。


 最初の交差点で、女性が立っているのを視た。

 二十代後半くらいの若い女性だ。

 足元には花と供物。

 女性はその花を見下ろす形で立っていて、肩を見ても呼吸ひとつしていない様だ。

 これも霊では無い、残留思念の一つだ。

 遺族か恋人か。故人の事故現場に後悔や悲しみが集まり、念として形成される。故にこの女性は恐らく現存してる人間のはずだ。生霊とは似て異なる存在だ。アカツキにはこんなのもいる。


 交差点の車道を渡る。真っ黒な信号機が提灯の灯りを写す。


 ファーーーーーーン♪


 まただ。

 あの音、近くなってる。

 そういえば日本神話でも、楽器隊を連れた神の話はよく読んだな。まさか。この音はあの悪魔の連れの楽器隊かっ!?

 だとしたらまずい。みかんのトランペットで悪魔がダメージを受けるように、悪魔の楽器隊の音色も天使にダメージを与えるはずだ!


 次のブロックまで走る。ビル陰に何かいるのは明白だった。

 だって、そいつらはとてつもない眩い光を放ちながら、顔から生えた大きな手羽をぐるぐると回していた。


〈ははははは!〉


〈人間よ! ははははは!〉


〈下がっておれ!〉


 全部で四匹。顔だけ天使の真下には、三人の低級悪魔が巨大なトランペットを持ちオロオロとしていた。


〈お帰りください。我々はただの付き人です〉


〈アムドスキアス様は人間界の視察に来訪しただけですので、危害は加えません〉


 二足歩行のワニみたいな低級悪魔は、トランペットを抱きしめて、オロオロとするばかり。


〈ははははは!〉


〈嘘が上手い! 悪魔は侮れんなぁ〜はははははっ〉


 天使は………気持ち悪っっ!!! 顔だけに羽生えてるとか………。みんなこれを普段から崇めてる訳?!


 うわぁ〜。これ仲裁めんどくせぇ〜!!!

 くそ〜。リヴァイアサンにしても悪魔にしても、最近こんな話ばっかりだな!


「あの、天使……様? おれ、羽根の在処を知ってるんすけども……」


〈本当か人の子よ!〉


〈素晴らしい〉


「この先に結界のあるビルの地下に店があるんすけど……多分そこに……」


〈ははははは! そんな所まで飛んだのか! 我の羽根は回っているのでな!〉


 え………? 羽根を無くした原因それ? その風車みたいに回ってる手羽先のせい!?

 じゃあ、こいつら関係ねぇじゃん!


〈おい人間、勘弁してくれ!〉


〈そこに行ったらアムドスキアス様と鉢合わせしちまう!〉


 おっと、そうならないようにってトーカにも云われてたんだった!


「天使さん……! 良ければ俺がダッシュで持ってくるので待ってて貰ってもいいですよ?」


〈気が利く青年よ!ハッハッハ〉


〈頼んだぞ!ははははは〉


〈良し。お前に天使の守護を与えよう!!ははははは〉


 怖い怖い怖いっ! そのテンション怖い!!


 だが、天使は俺の頭上まで来ると険しい表情で見下ろしてきた。


〈んん!?お前…………!!!

 崇高なる我が信者ではないな! 答えよ! 神とは誰か!〉


「え………?」


 なんだ? 神は神だろ?

 あ、俺がキリスト教じゃないから言ってるのか?

 なんかよくわかんねぇな。

 でも、すげぇ激昂してるし、迂闊に答えたらやばい気がする……。

 チラリと悪魔達を見ると、ガチガチと歯を鳴らしながら俺を見守るだけだった。

 一体どっちが天使やら……。


〈何故悪魔を見たっ!? お前たち!! 仲間かっ!?〉


〈信用ならん!〉


 誰かこいつをどうにかしてくれ!


〈異教徒め! この使い魔はまとめて灰にし、地獄へ送ってやる!〉


 えっ!? それはダメだろっ!!


「おい、そいつらは俺の使い魔じゃねぇんだ………!!」


 カッ!!!!!


「うあっ!!!!」


 凄まじい閃光だ。目が開けられない!


〈っ!!!!!〉


 でも何か。目の前の気配が減ったのだけは感じる!


「ぅくっ………?」


 次に目を開けた時、トランペットの楽器隊は姿を消していた。地面にどす黒い煤だけが焼き付けられていた。残ったのはあのラッパのみ。よく見るとみかんが持ってるトランペットとは形も大きさも違う。


 こいつ………。この天使……悪魔の手先を殺っちまったのか!


〈次はないぞ異教の加護を持つ者よ!〉


「違っ! 聞いてくれ!!ここにいた楽器隊は無害だったんだ!

 俺は穏便にあんたの羽根を返そうとここに来たんだぜ!」


〈店は向こうか!〉


〈ははははは!〉


 だが天使達は高く上空に上がると、小さな発光体となって店の方へ向かって行った。


 大丈夫なのかこの状況………。


 完全に天使の勘違いだけど、使い魔の死因は弁明できるかも怪しい。


 どうすりゃいいんだ……。


 天使が通って行った車道の下、あの献花のある交差点にはまだ女性の念は俯き突っ立っていた。


 バンッ!


 大きな物音に驚き振り向くと、本来デパートの出入口になるガラスのドアが赤色のドアに変わっていた。

 ゲートだ。

 そうだ。とにかく戻るしかない。

 あの悪魔と天使が鉢合わせしたら大変だ。


 *************


 ゲートを開けると、店の中に通じていた。


「セル! 天使が!!」


 俺の慌てぶりとは裏腹に、セルもみかんもトーかも………全員和やかに過ごしていた。


「ユーマ、お疲れ様」


 セルが俺にレモン水を手渡してきた。


「ケルビムの羽根だよ。お前、いい天使に会ったな」


 ケ………ケルビム?


「智天使の代表格。まぁ高位の天使さ」


 あれが……? ハッスルした風車の間違いじゃねぇのか?


「羽根はどうなったんだ?」


「天使が来ると聞いてアムドスキアスは羽根を置いて店を出たよ。後でみつルナの録音音楽を届ける予定だ」


「そ、それだけで済んだのか?」


 手下が三匹やられたのに。


「まぁ、悪魔だからな。ショーケースから四品も持ってかれたよ」


 はぁ〜〜〜っ………良かった。

 そっか。お供に連れてくる様なやつだし、悪魔にとって使い魔なんて消耗品なのかもな。


「天使様も羽根を受け取ったら、すぐ帰ったよ。

 ふふ。その様子だと、面食らったな?」


「……あ、ああ。正直もっとなんて言うか…」


「俺たちがよく耳にするミカエルやガブリエルは、故意に人に似せて創られたそうだ。

 人間にとって馴染み深くするためにね」


 確かに。

 もうなんか、手羽先マッスルって感じだったよな……ケルビム。


「セル〜。二人から連絡入ったよ〜ん。

 あと五分で着くって!」


 みかんがスマホをフリフリ店のドアを開ける。

 はぁ………あの明るさは救われる。

 そうだ。アカツキのこんな出来事なんて珍しくもなんともないじゃんか。


「リヴァイアサンか……。俺も少し会うのが楽しみだな」


 セルはそう呟くと、大福でキュウキュウのキッチンへヘルプに入った。


 そういえば、大福の動画アップロードしたんだった!

 ランキングどうなった!?


「ユーマ」


 液晶に張り付こうとした俺をトーカが呼び止める。


「顔色が優れないわ。何かあったの?」


「いや、ケルビムが予想以上に大胆で……びっくりしただけだぜ。

 なんて言うか……やっぱ悪魔と天使って、仲悪いもんなんだな」


 あんな簡単にねじ伏せるなんて……。

 そっか俺、納得してないんだ。ケルビムが楽器隊をやった事。

 でも、TheENDじゃなければ、楽器隊のあいつらは地獄に送り返されるだけだよな。

 そうそう。

 死んだ訳じない。


 そう考えると、エクソシズムで憑き物になった悪魔は、なぜあんなに地獄に帰るのが嫌なんだろう。


「俺は大丈夫だよ。

 それより大福のランキング観ようぜ!」


 俺はトーカと一緒に動画サイトにログインしてランキングを検索した。

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