第7話
「お前ら全員動くな!!」
声の方を向くと、一人のオークの男が魔人の少女を抱えて、刃物を突きつけていた。騒がしかった場が急にしんと鎮まる。オークの近くに座っていた人々は皆身体を脇に寄せて震えている。ルミオはこの状況に声こそ出さないようにしているが慌てており、ハルシウスも平静を保っているが何もせず、黙って様子を伺っている。
オークは車両の反対側、つまり三人に近い側で席に座ることが出来ずに立っていた一人の男に向かって話す。
「おい、そこの男。車長に伝えてこい。メフロンに着いたら誰も入れずに10億ミルだけ準備してまた走らせろ」
男は「ひい」と短く悲鳴を上げると慌てて車両を出て行き、再び場が鎮まった。ガタゴトと列車の走る音だけが響く。
突然プリシラが小声で囁いた。幸いオークからは背もたれでプリシラの顔は見えていない。
(魔法について知りたかったんだよね?)
二人はプリシラの予期せぬ行動に驚いたが、黙ったままほんの僅かに首を縦に動かした。
プリシラはチラリと反対側の席を見た。座席にはケンタウロスの家族が座っており、犯人を見ていてこちらを見る余裕は無さそうだ。それを確認すると静かに胸の内ポケットから杖を一本取り出し、窓から外へ出す。そのままつまんでいた親指と人差し指を離し、杖をぽとりと落とした。プリシラはゆっくりと息を吸う。
「——二人がどの程度知っているか分からないから、取り敢えず私が知ってる範囲で新しいと思う魔法、というより魔道かな、を説明するね」
プリシラに車両中の視線が一気に集まった。聞いてる二人もあまりのことに唖然とするが、それすら気にせず続ける。
「人界と魔界の区別がほとんど無くなって種族が入り乱れたけど、それぞれ異なる種族の特異魔法を使えることは無かった。それは……」
「おまえ、何をやっているんだ?」
男がこちらを見て声を震わせていた。声こそ落ち着いているものの、目は血走り全体の血管が浮き出ている。乗客の悲鳴が一層強まる。
もう我慢出来ない、と男がこちらに向かって歩き出そうと足を上げた瞬間だった。
「キシャァアア!」
蛇が男の首に噛み付いていた。男はそれに気づくと振り払うために抱えていた少女を落とし、掴もうとするが蛇も首に噛み付いたまま器用にするりと手をすり抜けて行き、なかなか掴めない。十秒程だろうか、男は必死にもがいていたが、徐々に力を失うように倒れた。それを確認したように、蛇はスルスルと近くの窓から逃げ出した。
周囲の人々は暫く唖然としていたが、状況を呑み込むと倒れる男を慌てて押さえ込み、前の列車の方へと運んでいった。
そして再び乗客は各々話始め、賑やかさが戻った。ハルシウスとルミオはほっとしたのも束の間、直ぐに尋ねる。
「のう、お主は何を考えておるのじゃ?」
「僕も分かりませんでした。教えて下さい」
プリシラは再び窓を開けた。すると先ほどの蛇が入ってきた。蛇はプリシラの腕をくるくると周りながら袖に入ってゆき、今度はプリシラがその腕を指先を頭にして下に傾けると、袖から杖がストンと落ちてきた。
それをキャッチして答えた。
「……つまりこういう魔道具になることでの協力関係が注目されているの」
二人は驚いて杖を凝視する。
「だから何が注目されてるじゃ! ちゃんと説明しろ」
ハルシウスは頬を膨らませて怒る。
「うーん。さっき言った通りなんだけどな」
プリシラは溜息をつくと、もう一本杖を取り出し説明を始めた。
「今出したのが普通の杖。これは鉱石や木から出来てたりするけど、私達の魔力を伝導させて鋭敏に反応を起こしてる。だから魔力が強い人、特にハルみたいなそっち側だと無くても魔法は使えるよね」
杖を持ちながら起用に人差し指だけ伸ばし、人差し指の先と持った杖の先から小さい炎を同時に出した。
「でこっちの杖もとい魔獣は生きている。だから魔力を伝導させるとその魔獣の魔力として杖からは出て行く」
すると、もう片方の手に持つ蛇だった杖からは紫色の炎が出てきた。
「こんな感じ。私は闇魔法が使えないからそこをこの子に頼ってる。そしてこの杖は私以外の人には使えない。契約を結んでいないからね」
そういって蛇だった杖をルミオに渡すと、軽く魔力を込めて見るが確かに何も出なかった。
「本当ですね。でもなんで僕には使えないんですか?」
「さっきも言ったけどこの子も生き物なんだよ。因みに名前はベリト、可愛がってあげてね。言葉は話せないけど心は通ってるから」
ルミオの持つ杖はシュルシュルと蛇に戻り、プリシラの肩に移動した。
「魔獣だって生きている。無理に魔力を込めても嫌がって魔法を出さないし、一度に大きな魔力を伝導すると負担がかかる。だからこうやって契約をするんだよ」
プリシラが指を差し出すとベリトはかぷっと牙を立てた。
一通り魔法の説明が終わり、三人はひと段落していた。すると、突然大きな音と共にドアが開いた。
「ここか、事件があったのは」
現れたのは鎧を着た男だった。背が高く、引き締まった身体が薄い鎧越しに分かる。乗客がひそひそと話し始めた。
(出たわよ。護衛軍)
(乗ってたのかよ。どうせ一番高い席にでも座ってるんだろ)
(静かにしなさい! 目をつけられるじゃない!!)
これだけの数が陰だろうと喋れば伝わっているだろうが、気にせず三人の元へやってきた。
「お前らか、強盗が人質を取ってる間も話していたというのは」
男の持つ威圧感が伝わったのだろうか、付近の人々は静まり返る。
「そうじゃがそれがどうした?」
ハルシウスは一切萎縮することなく男の顔を見て答えた。
「何故そんなことをした。それで少女が殺されたらどうするつもりだったんだ」
男の冷たい声が車内に響く。
「まあまあ、無事何事もなく捕まったのだし良いではないか」
ハルシウスは臆せず、余裕の笑みを浮かべながら男をなだめる。男の腰に差した剣からは赤色の魔力がゆらゆらと漏れ出し始めた。二人の睨み合いが続く。
しかし、暫くすると男が放っていた魔力が治まった。
「……良いだろう。これからは気をつけるように」
男はカツカツと音を立てて去って行った。
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