第六話
具体的に超能力というものかどういうものかわからないけれど。
同じ事故を経て私達二人に宿った【探し物が『解る』】能力は、しかし互いに違った性質で『探し物』へ辿り着くものだった。
須藤さんの場合だと一日一分間だけ。
【探し物までの距離が『
自らの位置から探し物までの『距離』が遠い近いに関わらず、地図で言うならキッチリ直線距離。目を閉じれば数字が浮かんでくる……らしい。
そして私の場合は一日五分間だけ。
【探し物から発せられた音が『
落とし物なら落とした時の。動く物なら駆動音が。
とにかくそんな、探し物が出す特有の『音』を聞くことができる。
それは近ければ近いほど大きく、遠ければ遠いほど小さく。
一度認識すれば一定間隔で聞こえ続ける。
遠近に左右されず距離が
近ければ真価を発揮する音が
それぞれがそれぞれを補っているような性質を持つからこそ、須藤さんはこういう探し物関係の厄介事が舞い込めば私に協力の声をかける。
私は私で決して安くはないバイト代ともし将来就職難に見舞われたら頼ろうという下心で協力をして、長いようで短い高校生生活を謳歌するため、先にあるアレコレのための当てにしている。
長い付き合いと秘密を共有し合う間柄だからこそ成立する利害の一致。
刺激と利益を両立した関係性。
………………まぁ、昔からこうして須藤さんとわちゃわちゃするのが楽しいってのも…………少し、あるけど……。
「……流石にボート運んで乗って川の真ん中辺りまで行くのは、声を大にして楽しいと言えないですね」
「なんか言った?」
「いいえ何も」
――――…………ボチャンッ……
未だ聞こえる探し物の音に耳を傾けながら、ボートの揺れに体を委ねる。
あまり乗り慣れていないから酔うかなと思ったけど、須藤さんのモーター操作が上手いのか、須藤さんの運転に慣れ親しんでいるからか。
不思議と気持ち悪くなることは無かった。
――――…………ボチャンッ……
音が紛れる。
水の流れとたまに通る車の音。
それらを加味しても静かな方だと言える夜の川に響く騒がしい駆動音。
ボートのエンジンに熱が灯り水面を滑走しても、私にしか聞こえない音は消えることが無い。
「具体的にどこら辺?」
「あそこの、本当丁度着物姿の女性の真下ですね」
――――…………ボチャンッ……
疎らに光る街灯を上に。闇を切り裂くボートは私が指し示した場所へ向かい。
「ここですここ。ここから音がって、あっ、過ぎましたよ須藤さん」
そのまま通り過ぎて乗った岸から橋に沿って対岸に向かう進路で進んで行く。
「ちょ、ちょっと須藤さん」
「ごめんごめん。先にまずやることあるから。乙木野は一応音の出所覚えといて」
――――…………ボチャンッ……
私が慌てているのが面白いようで「ギャッギャッ」と笑いながらそれの準備しといてとボート内を指差す。
指先に転がっているのは須藤さんが乗った際にオール、ブルーシートの下敷き状態になったプールレーンの浮きが一個のみ付いた長いヒモ。
準備ってなにすればいいんだって思いつつ手に取る。
浮きは浮き。ヒモはヒモ。
違うところと言えば浮きの両端に動かないよう固定する小さな部品と、ヒモの両端に結んで止めておくための金具がついているくらい。
――――…………ボチャンッ……
「その部品外して置いといて。あと浮きをどっちかの端に寄せといて」
言われて部品を外す。浮きを動かす。
「もうすぐ着くから浮き寄せてないヒモの先端持っといて」
着くってどこに?
疑問符を浮かべながらも言われた通りにして顔を上げる。
いつの間にかボートは大きな橋を支えるコンクリートの支柱。
それに沿って等間隔で備え付けられた突起の横に来ていた。
――――…………ボチャンッ……
「これは?」
「橋の中点検する時に業者が昇る用のハシゴ。普段は水位が低い時にハシゴ立てたら届くくらいのとこに付いてんだけど、今は増水してるから届くとこにあんのよ」
「昇るんですか?」
「昇らないよ。ヒモ引っかけるのに使うだけ。今キミが持ってるそれね」
よろしくと舵を操りハシゴの真横にボートをつける須藤さん。
何が何だかと首を傾げて言われた通り、半分くらい水に浸かっているハシゴにヒモを通す。
金具で固定。
一応引っ張って確認。
何度か繰り返したけど外れることはなかった。
――――…………ボチャンッ……
「付いた?」
「付けました」
「じゃあ次行くから今度浮き寄せた方準備しといて。あっ、そうだヒモをボートの縁に付いてるオール通すとこに引っかけといて。多分それで暴れずに川に落ちてくだろうから」
「あの須藤さん」
さっきの繰り返しで言われたことをこなしながら堪らず声をかける。
「これ何してるんですか?」
ボートが動き出し、またもや音が発生している場所を通り過ぎていく。
――――…………ボチャンッ……
未だ音は続いているけれど、このままだと制限時間がきて今日は聞こえなくなる。
それは須藤さんもわかっているはずなのに、何を悠長にしているのか。
「あー、これね」
もう一本の支柱。
私達がボートに乗ってきた河川敷に近い側の、さっきと同じように付いているハシゴ横に差し掛かった辺りで須藤さんが口を開く。
「どこに沈んでんのかの目印置こうとしてんのよ。いくら場所がわかってて流れが穏やかでも夜の暗い中川から石引き上げるとか流石に危ないからさ。明日朝早くに改めてやろうと思って」
なるほどそういう意味があったのかこれと頷きつつ。
「だったら全部わざわざ」
通して。
「暗い夜にやらず」
固定して。
「朝になってからやればよかった」
引っ張って。
「んじゃないです」
確認。
「か!」
――――…………ボチャンッ……
外れないことがわかってから須藤さんに向き直る。
「明日平日だよ? 朝だと学校あるから乙木野呼んでも来ないでしょ?」
「うっ」
「それにキミ朝弱いじゃん。ウチ泊まりに来たら毎回先起きるのアタシじゃん」
「こっ、この前は先に起きてトースト焼いてあげたじゃないですか」
「半分寝ぼけてて炭にしてたじゃん」
「うぅ……」
痛いところを突かれてバツの悪い顔をする。
「とりあえず浮きを水に浮かべて持っといて。石があるとこまで来たらストップ言って」
一つだけ付いた浮きを水に浸け、進行方向に合わせてヒモに沿うよう動かす。
「何度も言うようだけど、今回の原因がその石だって確証は無い。無いってことは間違ってる可能性もあって、その場合他の原因を探さなくちゃいけなくなる」
橋に設けられた歩道に沿って張られた水面上のヒモ。
「あの着物が消えてるのか消えてないのか夜にしかわからない性質上、確認作業は早い方がいい」
それに沿う形でボートを並走させる須藤さん。
「今はまだ匿名意見箱に一通だけだけど、遅くなれば似たような意見が更に増える。増えるってことはそれだけ周知されてきたってことで」
――――…………ボチャンッ……
音が近付く。
「『幽霊騒ぎ』って話題でまともな住民は遠のくし、代わりに好奇心から肝試しに来るような奴らが増える。そんな奴らが起こすアレコレで別件の依頼が来る」
「ストップ」
私の声に合わせてボートが止まる。
「そこまでくると大体の内容が『苦情』に変わってる。「騒がしい」「不愉快だ」「治安が悪い」「なんとかしてくれ」「どうにかしてくれ」「お前らは今まで何やってたんだ」。早め早めに対処してりゃ解決してた問題で役所の窓口が一つ埋まる。電話が一台使えなくなる。苦情の内容がそのままアタシの不手際に変わる」
流れて行くんじゃないかと一抹の不安はあったけど、穏やかなのは相変わらずなのと、張ったヒモが停船場代わりに機能して、引っかければ少しの間だけならその場に留まれそうだった。
「だからこうして明日も勉学に励まれる乙木野さんに夜中お越し頂いて、哀れな社会人のお手伝いして頂いているわけでございますですます」
「わかりました。わかりましたからその丁寧なのか煽ってるのかわからない物言いやめてください」
浮きを持って水面を眺めながら、言い方悪いけど普段の様子からは想像できないくらい仕事はちゃんとこなすんだよなこの人と思って、まぁ。
そうでもなければ現地行ったりボート用意したりしないよなと感心した。
「それで」
そんな仕事熱心な社会人様々に次はどうするのか聞こうとして。
――――ガサッ……ボチャンッ……
「ん?」
エンジン音が消えて。
反響も途絶えて。
改めて耳を澄ます。
「どうしたの上見て?」
「いえ、今」
真下、水の中から重い物が落ちるような音だけじゃなく。
真上、橋の中からも木が崩れるような音が聞こえたような。
「……落下防止ネット、川の上でもちゃんと付けてるんですね」
「えっ、あぁ。引っ掛かってるのが落ちて下流で溜まったらせき止めるかも知れないからね」
きっと気のせいか、橋を寝床にしている鳥が動いたりしたのだろう。
「それで、この浮きどうするんですか?」
そう納得して、仕切り直し指示を仰いだ。
本当は確認のためもう一度くらい聞いておきたかったけど。
「今浮いてる丁度真下くらいなんだね?」
「そうですね」
制限時間はもう過ぎていて、私の能力発動は一日経過するまでお預けとなっていた。
「さっき外した金具あったでしょ? アレで動かないよう止めといて」
……まぁ、うん。
わからないものを考えても仕方がない。
言われた通り事前に外していた金具を手に取り浮きを挟む形で付け直す。
「動く?」
一応左右に動かして。
「……大丈夫そうですね」
二人で確認作業をしてから手を離した。
「よし、準備はこれでオッケー。あとは明日のお楽しみってね」
「まぁ、頑張ってください。私は立ち会えないので」
「石引き上げたら写真送るよ」
「ほどほどに楽しみにしてます」
一仕事終えた解放感を乗せたまま。
ボートは水面へ下ろした人工の入り江まで進んで行く。
「私ここまでバスで来たので家まで送ってくださいね」
「それは言われなくてもわかってるよ」
「あとボート運んだり揺られたりでいつも以上に疲れたのでバイト代上乗せお願いします」
「それは言わなくてもよかったと思う」
「ふふふっ」
笑い声がエンジン音にかき消される。
夜の中流れる川に街灯と滑走するボートが浮かび上がり、作業は夜十時を回った辺りでお開きとなった。
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