第3話 明晰夢催眠
気がつくと、私は自分の部屋にいた。いや、ずっと私の部屋にいたのだから気がつくとでは無いんだけど、ともかく私はいつのまにか私の部屋に立っていた。
「なるほど。これが明晰夢ですか」
まだぼんやりとしているけど、だんだんと思い出してきた。夢の中で、夢を見ていると自覚している夢のことを明晰夢という。今日は、明晰夢が見られる催眠というものを試してみたのだっけ。
「何?どうかした?」
そんな私をローテーブルを挟んで向かい側に座る先輩が不思議そうに見上げる。現実で私に催眠術をかけたのがこの先輩だ。先輩と私は、最近催眠術の研究に熱をあげている。キョトンと私を見上げる先輩を見て、私は心の中で舌舐めずりをした。
「先輩!」
飛びかかるようにして、がばっと先輩に抱きつく。
「ひゃわっ!ちょっと!?」
先輩が驚きの声を上げるけれど、構わず胸に頬ずりする。
「ふへへ、私の夢に勝手に出てくる先輩が悪いんですよ?」
「ちょっと、離れろって!」
「逃しま、せん!」
しゃりん、と軽やかな音を立てて虚空から現れた細い鎖が、身じろぎする先輩の両手を床に繫ぎ止める。
「なっ!?」
「先輩が言ったんですよ。『明晰夢は想像で書き換えることができる』って。ここは私の夢の中。だから、こんなことも出来ちゃうんです」
私は先輩の胸板をなでる。手が触れた場所から、虫食い穴が広がるように先輩の服は消滅した。ついでに先輩の乳首を指でつまんでコリコリと擦る。
「ん゛んっ!」
「先輩、乳首で感じちゃうんですか?女の子みたいで可愛いですね」
「おまっ——」
反論するために開かれた口を唇で塞ぐ。
「むぐっ」
先輩は、驚愕に目を丸くする。私は先輩の唇の感触を味わう。キスが、甘い。私が先輩の口に舌を滑りこませると、先輩もそれに応じて舌を突き出してくれる。舌が絡み合う。ぷちゅ、ぷちゅといやらしい音を立てて唇を何度も押し付け合う。
唾液の糸を引きながら先輩の口から私が離れたとき、先輩はすっかり息が上がっていて、口がふにゃふにゃになっていた。
「ふふっ、先輩、もうすっかり発情しちゃってますね」
そう言いながら、へそから下に右手を這わせる。露わになった、硬く立ち上がったソレを握ると先輩の肩がビクッと震える。
「ぐっ!」
「先輩、我慢は身体に良くないですよ?ちゃんとおねだりしてください」
息がかかるくらいの距離で、私は先輩にささやいた。
——
「……うん」
後輩の部屋、ベッドの脇であぐらをかいて俺はひとりでうなずいていた。
「暇だ。」
ベッドでは後輩が横向きの体勢で寝ていて、安らかな寝息をたてている。
今日は、明晰夢催眠というものを試してみた。みたのだけれど。
「ずいぶん神経使う催眠導入だったわりに、はたから見たらただ寝てるのと変わらないな」
本当に明晰夢を見ているんだろうか?ぼんやりと寝顔を眺める。さらさらの髪。艶やかな唇。グロスとかいうのをつけてたりするんだろうか。そのとき
「なるほど、これが明晰夢ですか」
寝ているはずの後輩が、突然話し出して、俺は飛び上がった。直前まで唇に目を奪われていたから、心拍数上昇率3割マシだ。
「何?どうかした?」
俺はこわごわと後輩に声をかける。暗示が途中で解けてしまったのだろうか?
「先輩!」
「ひゃわっ!」
その返事に更に跳び上がる。突然大きな声で、なんだというのか。
「ふへへ、勝手に私の夢に出てくる先輩が悪いんですよ?」
後輩は枕に頬ずりしながらそう続けた。だらしなく緩みきった笑顔をしている。
「……寝言?」
なるほど、そういうことか。ほっとため息を吐いて座り直す。どうやら、夢の中での発言が全部声に出ているらしい。別にそういう催眠では無いのだけれど。
「というか、夢に俺が出てるのか」
いったいどんな夢なんだ。
「逃しま、せん!」
バトルものだろうか。
「先輩が言ったんですよ。『明晰夢は想像で書き換えることができる』って。ここは私の夢の中。だから、こんなことも出来ちゃうんです」
そうそう、明晰夢というのは本来そういうもので、それを人為的に引き起こすのが明晰夢催眠だ。俺がうなずいていると、後輩は抑えたようにクスクスと笑った。
「先輩、乳首で感じちゃうんですか?女の子みたいで可愛いですね」
……乳首。
「はぁあぁっ!!?!?」
思わず大声をあげてしまい、慌てて口を押さえる。こいつ、夢の中で他人様に何してくれてるんだ。ひどい言いがかりだ。と、見つめていると後輩の唇が、小さくぷちゅぷちゃという音をたてた。
(……キス!キスしてるぞこいつ!)
このスケベ後輩、完全に夢の中で俺と事に及ぶつもりだ。
「ふふっ、先輩、もうすっかり発情しちゃってますね」
(それはお前だ!!)
ツッコミたいのを必死で堪える。もし今起こしたら、非常に気まずいことになるに違いない。
「先輩、我慢は身体に良くないですよ?ちゃんとおねだりしてください」
(屈するなよ!屈するなよ夢の中の俺!!)
あらんかぎりのテレパシーで向こうの俺を応援する。
「はい、よくできましたね。先輩」
(屈したーーー)
慈愛さえ感じる後輩の優しい声に、俺は床に崩れ落ちた。
「んっ!はぁっ!先輩の、おっきいですね」
声に身体が反応して、びくっびくっと震えてしまう。すごい勢いで後退りしてベッドから離れる。
「ああぁんっ!せんぱいっ!せんぱぁい!すごいですっ!きちゃいますっ!」
引きで見ると後輩は、布団越しにもわかるくらい身体を震わせていた。俺は自分の膝に噛み付いて衝動を抑える。顔も耳も頭も何もかもが、火を吹きそうだった。
「せんぱい、しあわせです……」
後輩は最後にそう言って、安らかな寝息に戻った。
——
「先輩、おはようございます」
何もかもが思い通りになる明晰夢をひとしきり堪能した私は、すっきりと目を覚ました。身体を起こして、ぐーっと伸びをする。こころなしか肌艶も良くなったような。
「先輩、今回の催眠は先輩の最高傑作かもしれませんね」
月1くらいの頻度で頼んでみようかな。
「そ、そうか。ソレハヨカッタ」
先輩のその返事に私は眉を寄せる。先輩が怪しい。声が裏返ってるし、顔真っ赤だし、明らかに目を逸らしてるし。おかしい、だってアレは全部夢の中のことだったはずなのに。と、その時私はあることに気づいた。
「……あの、先輩。……パンツがびしょびしょになってるんですが」
「それは自己申告しなきゃいけないことかな!?」
先輩は叫んだ。だって、単にエッチな夢を見たくらいでこんなに濡れるなんてあるだろうか。でも、もし、もしも先輩が今日かけた催眠が明晰夢催眠なんかじゃなくて
『現実を夢と勘違いする催眠』だったとしたら?
(あ、後で処女膜確認しないと……)
私は先輩から一歩遅れて顔を真っ赤にしながら思った。
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