後輩ちゃんと催眠術先輩

サヨナキドリ

第1話 エッチな催眠について

「だああぁああぁっ!!!」


 目の前に座っていた後輩が突如立ち上がり、スマホを俺のベッドに向かって投げつけた。


「催眠アプリだの母乳催眠だの学園催眠だの!いったい催眠をなんだと思ってるんですか!!催眠は魔法じゃないんですよ!!」


 両手を広げながら、大演説するように叫ぶ。後輩の髪は短く切り揃えられていて、胸は、大きくはないがなくはない。眼鏡をかけるのはやめてコンタクトレンズになっていて、夏用制服のミニスカートからのぞくふとももは軽やかで健康的だ。


「ひとの家でいきなりf○nzaに対して吠えるな」


 俺は極めて淡白にツッコミを入れた。


「fa○zaじゃなくてpi○ivです」

「どっちでもええわい!!というか、お前まだ18になってないだろ。没収だ没収」


 そう言って俺はベッドの上のスマホを取り上げる。


「ああっ!まってくださいやめてください先輩のエッチ!」

「誰がエッチだ!!」


 身体をぐいぐい押し付けて取り返そうとしていた後輩の頬にスマホの画面をビターン!と投げつける。


「割れるっ!」

「…………どっちが?」


 頬に貼り付いたスマホを手で取りながら、後輩はへなへなと座り込んだ。さすがに女子に対してキツく当たりすぎたか。俺は頭を掻きながら何かフォローできないか考えた。


「あー……あれだ。いいんだよフィクションの催眠はフィクションの催眠で。○ンピースの海賊が現実の海賊じゃないのと一緒だろ。そういうのが『リアルじゃない』って思うのはまあ、実際に催眠を知ってる人間がかかるはしかみたいなもんでさ、じきに受け入れられるようになるさ。……俺もまあ、学園中を催眠にかけるくらいなら、そこそこの規模のハーレムを真っ当に作る方が楽なんじゃないか?とは思うけど」


 正面に座りながら俺はなだめるように言った。それでも後輩は不服げだった。


「でも、催眠についての誤解が広まったら、迷惑するのは先輩みたいな善良な催眠術師じゃないですか」

「『善良な催眠術師』ねぇ…」


 ものすごくミスマッチなワードだった。それに、俺は特別善良というわけでもない。下心なしで催眠術を習得できるほどの根気は、俺にはなかったのだから。


「そうだ!」


 また後輩が突然立ち上がる。


「先輩が私にエッチな催眠をかけてくださいよ!それをカクヨムにUPします!間違った催眠術のイメージの払拭のために!」

「いったいどうしてそうなった!?」



(俺は何してるんだろう……)


 結局押し切られて、俺は目の前の後輩に催眠をかけている。後輩はもう、かなり深いトランス状態に入っていた。


 催眠術をかけるためには、術者とかかる側の間にラポール、心が通いあった状態が築かれている必要がある。後輩がこんなにすんなりと催眠にかかるのは、長い時間をかけてラポールを築いてきたからだろう。ゆきずりの相手とではこうはいかない。少なくとも、俺は。


「3, 2, 1, ゼロ」


 机をパンッと叩くと、後輩がゆっくりと目を開けた。それから、キョロキョロと辺りを見回す。


「……先輩。今日はどんな催眠をかけたんですか?」


 後輩が訊ねる。俺は暴れる心臓を抑えながら言う。


「今回の催眠は……」


 ローテーブルの上の右手を上げた。右手の先には後輩の左手が握られている。


「……手が離れなくなる催眠です」

「…………は?」


 後輩は、アニメなら白黒になっているような顔で短く疑問の声を上げた。そして

「いや私エッチな催眠って言いましたよね!?手が離れない催眠のどこがエッチなんですか!性描写ありにチェック入れてるんですよ!こんなんじゃ読者は納得しませんよ!!」


 テーブルを踏み越えんばかりの勢いで怒涛の如くまくし立てた。


「何を言ってるのかさっぱりわからないな!!」


 だって、手を握ってるんだぞ?しかもただ握ってるんじゃなくて恋人つなぎで。


「はぁぁぁぁ……先輩のばか。あほ、チキン、童貞、インポ」


 後輩がどでかいため息をつく。なぜ俺はこんなに罵倒されているんだ。


「仕方ないですね、私がフォローします。先輩、ちょっと、指広げてください」


 理不尽に罵倒されて落ち込んだまま、言われるがままに右手の指を広げる。後輩はそれを自分の口元に引き寄せて


「はあむっ」

「!?!?」


 躊躇いなく口に咥えた。花びらのような唇と湿った舌が指に触れる


「ひょっはいれす(しょっぱいです)」


 そう言って後輩は、俺の指をしごくように舐め始めた。ぷちゃぺちゃといやらしい水音が響く。口の中、あったかい。舌が激しく動いて俺の指先を嬲る。


「へんはい。ろうれすか?(先輩、どうですか?)」


 俺に返事をする余裕は無かった。俺は目をキツく瞑って背筋がぞくぞくするような快感に耐えていた。その反応を見た後輩は満足げな鼻息を漏らした。それからもう一方の手で俺の左手を引っ張ってきて、人差し指二本を同時に咥えた。


「……ぁっ」


 思わず声が漏れる。


「先輩?指でこんなに気持ちいいなら、他のところだともっと気持ちいいかもしれな……」


 他のところ。ほ か の と こ ろ。トリップしかける私の意識が、後輩の言葉の不自然な切れ目に引き戻された。


「……あの、先輩。手が、この状態から動かないんですが」


 俺の手をサンドイッチしたような手を示しながら後輩は言った。


「まあ、手が離れなくなる催眠だからな」

「だからな、じゃないですよ!!」


 後輩が焦りを露わにする。まあ、両手の自由が奪われたら焦るわな。


「まってろ。指パッチンで催眠を解くから——」

 と、そこで気付く。この状態で、どうやって指パッチンすればいいんだ?


「やっべ!催眠解けねえじゃん!」

「先輩のバカ!!!!」

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