半透明ガールズ
斉賀 朗数
夏に生きる女の子は、透明なんだよ
「夏に生きる女の子は、透明なんだよ」
私自身が納得するために呟いた言葉は、ちゃんとナナに届いている。ただ言葉が届いたからって、しっかりとした意味が相手に届いているってわけじゃない。だってナナはあからさまに、「どういう意味?」って顔をしているし、実際にもう、「どういう意味?」って口にすると思う。だって我慢できない性格だから。
「どういう意味?」
その言葉が合図だったみたいに、ナナが持っていたアイスが垂れてバス停の床にドットを作る。白いドット。ドットのワンピース。この前、夏休みに向けて買った清涼感たっぷりの白いドットのワンピース。早く着たいなあ。あれを着てナナと二人で海に行きたい。でも日焼けしやすい体質だし、ワンピースだけ着て海は難しいかもしれない。それじゃあ夕暮れ時に行けばいいんじゃない? 日が落ちていくのを眺める二人の少女。サンセットガール。いや二人だからサンセットガールズ? かわいい女子高生二人が黄昏る様子なんて、そんじょそこらの気取った芸術思考の映画なんかより、ずっと、ずっと、芸術作品って感じで至高。神々しさすら感じると思う。ってことは、サンセットガールズでありながら、ゴッドガールズ? なにそれ? めっちゃエモい。
「ナツ、うちの話、聞いてる?」
呆れた顔してナナが私にぐっと近寄ってきた時に、くらっときた。ナナの女子高生特有のいい匂いのせいなのか、それとも異常気象ってやつのせいなのかは分からないけれど、くらっと。それにしたって今日は本当に暑い。今日はっていうか、今日も、それに昨日も、一昨日も、ずっとずっと暑い。太陽なんかクソくらえ。えいっと太陽を殴ろうとしたって届かないっていうのは、ビフォアキリストから知ってる。っていうのはさすがにいいすぎかもしれないけれど、でも私が小学校に行くより前から知っていたっていうのは事実。私にとってはビフォアキリストも小学校に上がる前のことも、どっちも記憶にないことだから、それじゃあ実質一緒じゃん、なんだよ~って思って実際に、「なんだよ~」って口に出しちゃうくらいには暑い。なんだよ~といえば、ビフォアキリストを表してるBCとアンノドミニを表してるADの並びって、AC/DCみたいじゃない? BC/AD。っていうか、なんでBCは英語なのにADはラテン語――だったはず――なの? 統一性、皆無! それにしても暑い。どうでもいいことを、ぐるぐる考えちゃうくらいに暑い。あまりにも日差しが鬱陶しくて、手を太陽にかざす。そうすると私の顔に影が出来るっていうのも、ビフォアキリストから知ってることだから。
「なんだよ~、って、なんだよ~?」
いっけない。思考が脱線しすぎて大事故。ナナに返事するのも忘れちゃってた。
「あっ、ごめん。今日あっついから、なんだよ~って」
「やっぱりうちの話聞いてない!」
「ううん、そんなことないない!」
嘘がさすがに下手すぎるっていうのは、自分でも自覚がある。えっ。っていうか、えっ。
なにこれ?
「それじゃあ、さっきいってた透明がどうのこうのって話、なんなのか教えてよ」
透明?
「私……」
いや、違う。
「なあに?」
透明では、ない。
「半透明になっちゃった」
「はあ?」
手を太陽にかざしたら、その下に影が落ちて、私の目元を影がすっぽりと覆ってくれるから、ばっちり全然眩しくないってなる予定だった。なのに、それなのに、私には影が落ちていない。だから眩しい。
「影がないの、私。なのに」でも、そこに手はちゃんとある。手がある感覚があるとかじゃなくて、ちゃんと見えているから、ある……んだと思う。でも待てど暮らせど、影が訪れる気配はない。
「手はちゃんと見えてる。でも太陽の光が透過して、私に投下されてる。眩しいの。これってなんなの? 透明だったら、手自体が見えなくて光も透過するはずでしょ? でも違う。手は見えてるのに、光が透過してる。これって透明とはいえないよね? でも半透明っていうにも、なんか違う」「待って、ちょっと待ってよ。いきなりそんなこといわれても、分からないって。とりあえず落ち着いてよ」「こんなの落ち着けるわけないじゃん」「いやそうかもだけど、うちもいきなりすぎて、よく分かんないし……」「口でいっても分からないなら、ほら、私の手の下、見て」「なに? えっ? なんなのこれ、影、ないよ」「だーかーら! さっきからいってるじゃん」「そういわれたって、実際に見てたわけじゃないから、っていうか、えっ、本当になんなの?」「透明……」「じゃないよね。だって、うちにはナツの手見えてるもん」「そう……だよね?」「うん。でもペットボトルみたいな透明って感じとは違う」「それじゃあ、なに?」「わかんない。透明っていうには、ちょっとグレーゾーン」「透明なのにグレーとか、なにボケようとしてんの? 人が真剣に悩んでんのに、むかつく」「ごめんごめん」「まあいいけど。でも本当になんなんだろ、これ」
私は無駄かもしれないって理解しながらも、もう一度だけ太陽に向かって手を向ける。ナナも私と同じように手を太陽に向けている。
って、えっ?
「ナナ?」
「えっ? これ、ナツと一緒だよね?」
ナナの顔にも、手の影が落ちていない。
「だね。ナナも半透明になっちゃった」
「うちら、半透明ガールズ?」
「それ私も思った」
「全然、笑えないんだけど」
「それも、思った」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます