第35話 迫りくる脅威

 ナザリック地下大墳墓内第九階層の医務室にて今まさに生死の境を彷徨っている者がいた。

 ナザリックが今の構造になってから、この医務室が使用された事は一度もない。

 ここまで辿り着いたプレイヤーが存在しなかったという事もあるが、ナザリックの者でこの医務室で治療を受けなければいけない程の絶望的なダメージを負わされた者が存在しなかったという事の方が正解だろう。

 その医務室のベットには、真っ青な顔をしたパンドラズ・アクターが一人横たわっていた。


「パンドラズ・アクター様。お加減は如何でしょうか?」

 パンドラズ・アクターのベットの横に立っていたユリ・アルファが声を掛ける。


「ご心配をお掛けし申し訳御座いません…。今、走馬灯が…」


「まずいわ!ルプ‼早く‼」

 

 ユリ・アルファが慌ててそう言うと、ユリの横にいたルプスレギナ・ベータが魔法を詠唱する。


「それじゃあ、いくっすよ!ヒール!〈大治癒〉」


 ルプスレギナ・ベータが翳した手のひらに魔法陣が浮かび上がる。そして、パンドラズ・アクターの体が黄緑色のオーラに包まれた。

 すると、パンドラズ・アクターの青白い顔は、色味を帯びてくる。


「有難う御座います…。これでまた、暫くは生きていられそうです…」

 パンドラズ・アクターは、ルプスレギナに感謝の言葉を述べる。


「パンドラズ・アクター様。随分と厄介な毒を貰ったっすね。ヒール〈大治癒〉で解除できない毒なんて初めて見たっすよ。」


「はい。私もこのような凶悪な毒物がこの世に存在するとは想定していませんでした。これは毒物というよりは、もはや呪いに近いのかもしれません…」


「どんな相手にやられたんすか?ドラゴンゾンビ系っすか?イビルロード系っすか?」


「いえ…。そうですね。例えるなら、少女マンガ系でしょうか?」


「少女マンガ系?っすか?」


「はい。”先輩の為にお弁当作ってきました!てへ。”系です…」


「それって手ごわいんっすか?」


「はい。凄まじく手ごわいですね。攻撃(弁当)を避けようとしても回避不可(受け取り拒否NG)のエンチャントが発動します。」


「回避不可っすか!それは手ごわいっすね。それじゃあ、攻撃自体を無効化するしかないっすよね。」


「それは出来ませんでした。攻撃(弁当)をその場で無効化(焼却)しようものなら、決定的なダメージ(モモンのイメージ崩壊)は避けられませんでしたので…」


「何か面倒くさそうな相手っすね。」


「はい。非常に面倒くさいです。更に、悪意がない場合は対処のしようがありません。」


「悪意のない?っすか?」


「はい。悪意がないという事は、敵対行動ではないという事です。敵対行動とみなされない場合、それに対するスキルが発動しない可能性があります。」


「スキルが通用しない相手って事っすか?厄介っすね。それでその敵はもう処分しちゃったんすか?」


「いいえ。後はアインズ様にお任せしました。」


「それじゃあ。問題ないっすね。でも残念っす。そんな敵なら私が相手したかったすよ。」

 ルプスレギナは少し悔しがりながら言った。


「いえ。貴方の場合、その毒物に侵される可能性があります。しかし、アインズ様ならば決してその毒物に侵される事はないでしょう。」


「さすが、アインズ様は無敵っすね!」

 ルプスレギナは満面の笑みで親指を立てた。


(このパンドラズ・アクター。今回は、父上のご期待に沿えず申し訳御座いません。次の機会が御座いましたら、必ずや父上のご期待に応えて見せましょうぞ!)


 パンドラズ・アクターは、ベットの上で決意する。

 そして、ふと思う。 


(はて?何か父上に伝え忘れた事があるような…)





 モモンが聖王国の外壁の内周の視察を行った翌日の朝、聖王の別邸前の広場には、本日の従者兼道案内を行う兵士達が集結していた。


 ネイア、イビルアイ、レイナース、とその他に魔導兵団の数名の兵士達が集まっていた。

 集合時間の朝八時になる前に、聖王の別邸の扉が開き、モモンが現れた。

 今日は、その後ろに美姫ナーベを従えていた。


「今日もよろしく頼む。」

 モモンは集合場所の広場まで歩いてくると言った。


「はい!精一杯務めさせていただきます!」

 モモンの言葉に、兵士達が気合を込めた言葉で返す。


「それでは、モモン様。今日は如何致しますか?」

 ネイアがモモンに質問する。

 これは当然の質問だ。

 ネイアは昨日の内に、聖王と魔導教団の幹部の許可をとり、元スラム街の土地を魔導国が買い占めるという事が決定した。

 つまりは、モモンの視察目的である冒険者ギルド支部の建設地の選定問題が解決していたのである。

 これからの予定を聞かされていないネイアはモモンに聞くしかない。


「そうだな。今日は王都内の街を見て回りたいのだが?」


「街をですか?それは構いませんが…。それでは我々は馬の準備して来ます。」


「いや。今日は歩いて回ろうじゃないか。」


「歩きですか?我々は構いませんが…」


「それならば行こうか。」


 モモン達は、城の正門を出ると市街地へと向かった。


 

 突然のモモンが現れた事で、市街地の街道では大騒ぎとなった。

 モモンが先頭となり、徒歩で城の市街地の街道を歩くのだ。

 それは当然の事であろう。

 人気絶頂の国民的アイドルが、自分達の目の前を通り過ぎるようなものだ。

 街の人々は、その姿を間近で見ようと群がりだした。

 そしてその群衆は、縦にも横にも広がっていった。

 モモンとは一定の距離を開けて。


 ネイア達は、モモンの後ろで道案内兼従者として付き従っていた。

 これが、馬や馬車であれば、モモンの前に立ち道案内として先導していたであろう。

 しかし、今は徒歩であり、目的地も特に決まっていない視察のため、モモンの後ろに付き従うしかない。

 モモンはそんな中、自らが先頭に立ち市街地の街道を雄々しく突き進む。

 そんなモモンの、いや英雄の姿をその目に焼き付けようと人々は熱き視線で見つめていた。


(なんか、目立ってないか?みんなこっちを凄く見てるんだけど…)


 その異様な状況に、モモン―いや、アインズは思った。


(昨日は、ハムスケに乗ってたから目立ってたと思ったんだけど…。アイツ一体何をしたんだ?こんなに注目されるって事は、よっぽどおかしな事をしでかしたのか?)


 アインズはハッと思った。


(まさか、アイツ!ペペロンチーノさんみたいにモモンに変態設定を付け加えていないだろうな。男女ともイケるとか…)


 その時、モモンの傍で耳打ちする女兵士がいた。


「モモン様。例の賭けについてお話が御座います。」


 その言葉を聞き、モモンは休憩を取る事をネイアに伝えた。


 モモン達は、人込みを避けるため、近くにある貴族の屋敷にて休む事とした。

 

 貴族の屋敷に入ると、モモン達はその貴族に挨拶をすべく、その屋敷の主の元に赴く。


「クライシス卿。突然、押しかけてしまい申し訳ありません。」


「いえ。我が屋敷にモモン様をお迎えでき、光栄で御座います。」

 その屋敷の主であるクライシス卿がモモンを歓迎する。


「どうぞ。お好きにお休み下さい。」


「お言葉に甘えて休ませて頂きます。」


 モモンは、クライシス卿が用意した部屋にて休息を取るべく向かう。

 その女兵士に部屋に来るように命じて。


 モモンはその部屋に入ると最奥にある机に向かう。重厚なその机は、エ・ランテルの執務室にある机に比べたら質素であるが、この国では最高級品であろう。モモンはその机の椅子に腰を落す。

 そして、考え込む姿勢をとった。

 

(アイツ、一体、何やらかした?賭けとか聞いてないんですけど!?)


 そんな中、部屋をノックする音が聞こえる。


「入れ。」

 その言葉の後、部屋の扉が開く。


 その扉から先程の女兵士―レイナースが部屋に入ってきた。

 レイナースは部屋に入ると、モモンが座る机の前へと歩み寄る。

 机の前に立つとレイナースは言葉を発する。


「モモン様。賭けは私の負けです。」


 レイナースは作戦会議後のモモンとの賭けを回想する。





「そうだな。貴方が一番大切だと思うものを賭けて貰おう。」


 モモンはレイナースに言った。


「大切?」


「ああ、物でもいいし、譲れない思いのようなものでも構わない。」


「人は誰もが自分が一番大切じゃないかしら?」


「そうか。それでは貴方自身を賭けて貰おうか?」


「それは、私の命を差し出せという事かしら?」


「そうだな。貴方が一番大切だと思う物が自分の命という事であれば、そういう事になるのだろうな。」


(まずい。これは相手のペースにハマっている。万が一、この賭けに負けた場合、コイツにいいように弄ばれる。)


「モモン様、いえ、あなたには自分の命よりも大切なものがあるのですか?」


「ああ、あるさ。自分の命など、どうでもいいくらいにな。」

 モモンの言葉にレイナースは冷静さを欠く。


「そんなものある訳ないじゃない‼」

 レイナースは激昂する。


「別にこの賭けに乗らないのなら、それで構わない。」


「いいわ!その賭けに乗ったわ!」


 こうして、モモン達の賭けは成立した。



 そんな経緯をアインズは知らない。


「賭け…とは?」


(アイツ、どんな賭けをしたんだ?お金とか、もしかして、罰ゲームとかか?)


「お互いの命を懸けた賭けの事です。」


「!!!」


 アインズはその言葉に衝撃を受ける。


(アイツ、なんてもの賭けてんだよ‼こっちが負けたらどうするつもりだったんだ‼まあ、その時はモモンというキャラクターが消えるだけだけど…)


「そうだったな。私の勝ちだったよな?」


「はい。そうです。」


(よーし。よくわからないが勝ったなら問題ない。後は、この女にその賭けは冗談だったと言えばなにも問題ない筈だ。)


「モモン様。お聞かせ下さい。貴方はなぜ自分の命をこうも簡単に差し出せるのですか?」

 レイナースはモモンに聞く。


(何も考えないで思い付いたキャラクターだからとは言えないよな…)


「命とはどうして生まれるのだと思う?」


「命ですか?」


「そうだ。自然に生まれたのか?それとも意味を持って生まれたのか?お前はどちらだと思う?」


「それは、私にはわかりません…」


「そうだろうな…。それに正解などないのだから。」


「どういう事でしょうか?」


「その答えは、自分自身だという事だ。自分が望むものが答えだ。」


「‼」

 レイナースは、モモンの言っている事が理解できなかった。

 しかし、レイナースの心にその言葉は突き刺さる。


「お前の命、それを自分の為に使うのか、それとも、他の何かに使うのかそれはお前自身が決める事。私はその事を伝えたかっただけに過ぎない。」


(よーし。自分でも何言っているのかわからないけど。これでやり過ごせるよな…)


「そ、それでは私の命は要らないという事ですか?」


「ああ、私はお前の命など欲しくはない。自分の為に使ってくれ。」

 モモンの言葉にレイナースは一瞬安堵したが、納得できない感情に襲われる。


(なんなのだ。この男は。私は、この男を少しの間だがその後ろで見てきた。

 圧倒的な力持ち、そして、誰もが魅了される英雄的人格者。

 そんな私よりも遥か高みにいる者が、自分の命を犠牲にしてまで人々を守ろうとしている。

 そして、私はそんな英雄からポーションをかすめ取ろうとしているただの盗賊だ。

 どうして私はこんな人間になってしまったのだ。私はどこでそんな下賤の輩になってしまったのだろうか?この方について行けば、私は変われるのだろうか?)


レイナースは、決意する。


「モモン様。賭けは私の負けです。だから、この命、貴方様の為に使わせて頂きます。」

 レイナースは、モモンに跪き、頭を下げた。

 


 

 












 



 




 






 








 

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