レシピ6 エスカレーターって上手く乗り降り出来ます?

 俺、裕仁は今ゆめとの待ち合わせ場所博多駅へ向かって歩いている。

 ただ今の時刻午前9時半。お昼ご飯も食べる予定なのでこの時間な訳である。


 今日の予定は駅周辺をぶらぶらしてショッピングデートと言ったところかな。あまり計画を立てずマッタリするのが俺達の過ごし方として確立しつつある。

 お互い気を張って会うのは苦手なので丁度良い感じだ。


 さてさて、駅が見えてきたな。腕時計にを見ると9時38分。

 待ち合わせ時間は10時。結構早く着いたなぁ、どんだけ楽しみだよって感じだ。


 そんな自分に苦笑しながら駅の中にでも入って時間潰しを開始しようと待ち合わせ場所の大時計の下をチラッと見るとそこにいるわけですよ。

 可愛い彼女が手を振って人目もはばからず俺にアピールしている。メチャクチャ可愛いな。

 走りたい気持ちを押さえ早歩きでゆめの元に急ぐ。


「ゆめ、もう来てたんだ。もしかして待たせた?」

「うんうん、さっき来たとこ」


 本当かな? とか思いながらも深くは追求しまいと駅ビル内の散策を提供し駅の方へ進む。


 ゆめが歩く俺の右腕をつかんできて、へへって笑う。なんなんだこの可愛いしかない存在は。

 しばらくそのまま歩くが身長差から歩きにくかったので手を繋いで歩くことにする。

 はいはい、通行人のみなさんバカップルが通りますよ。


 駅ビル内で気になった所に入っては2人でわいわいと商品について語り合ったり、それぞれの服を見たり、ペットショップで動物を見て過ごす。


 駅ビルの上の方に行くとガラス張りで通路側から中が見える料理教室があった。

 食い入るようにゆめが見ている。見たこと無いすごく真剣な眼差し。

 そんな瞳に俺がまだ知らないゆめもいるのかもと考えてしまう。


「料理教室に興味あるの?」

「え、あ、うんっとね、みんな料理上手だなあって見てたの」


 中を覗いてみる。みんな真剣にテキパキと調理をしている。

 ホワイトボードには「キノコのキッシュ」と大きく書いてあるから本日のメイン料理はキッシュなんだろう。

 料理をする中に何人か男性、しかも結構な年齢の人もいる。定年後の趣味だろうか? 人間観察に勤しむ。


 ちょっと反れるが男も家事を手伝うようになったと言われたりしているけど実際どうなんだろう? 一時期イクメンって話題になってたけど俺からすれば子育てするのに夫婦2人でやるのは当たり前じゃんって感じで冷めた目で見てたっけ。

 まあ実際に経験してないからこそ言えるのかもしれないが……何て考える。


 ゆめを見ると相変わらずガラスの向こうを真剣に見ている。


「ねぇ、ひろくんって料理出来る人と出来ない人どっちが好き?」


 ガラスの向こうに視線を固定したままゆめが聞いてくる。

 料理出来る人と出来ない人? また悪い癖だが前の料理が頭を過る。

 そう言えば俺って料理が嫌いだったのか? それを作る人だったのか? あれ? 確かこれについては凄く考えて1つの結論を見出だしたような……


 いつのまにかゆめが俺の方を真剣な眼差しで見ている。もうちょっと考える。

 メシマズな料理が出てきて……それを直すように説得して……ん? なにか抜けてる気がする。

 その人がメシマズを作るから嫌いになった訳じゃなくて、今後も一緒にいたいから、直して欲しいって説得した訳でそれでギスギスして……いや待てよ──


「まずっ」「材料勿体ないって! 無駄遣いじゃん」


 ──ふっと頭に過る俺の言葉。俺かなり酷いこと言ってたことを思い出す。

 俺が言ったときの相手の顔が鮮明に甦る。

 それは……嫌われるわな。


 ゆめに視線を戻す。俺の答えを真剣に待っているようだ。

 もしゆめがメシマズとして俺は嫌いになるのか? 答えは決まってる。否だ。

 何故ならご飯が美味しくないからってゆめと過ごして来た時間全てを否定して、嫌いになれる訳がない。

 ただこれは過去を経験したからこそ言えることだと思う。もしメシマズの経験がなければその結論に達していなかったかもしれない。

 今ここで昔の過ちを思い出せて良かった。俺も少しは成長しないとな。


 でもこの間のカレーでゆめが料理出来ないことは無いのは分かってる。まあもしもの話ってことで。


「料理が上手いかどうかなんて関係ないな。その人、その人自身のことが好きかどうかだと俺は思うよ」


 俺の答えに明るい笑顔を見せるゆめが何か言いかけたとき、俺の足に衝撃が走りよろける。

 その衝撃を起こした犯人が転がり泣き叫ぶ。


 正体は小さな子供だった訳で、どうやら走って俺に気付かずぶつかったみたいだ。

 慌てて泣いているその子を起こす。見た感じ怪我とかはしていないようだ。


 ベビカーを押した母親が慌ててやって来て俺に謝ってくる。俺も通路に立ってたんでと謝る。

 一頻ひとしきりお互い頭を下げていたら子供は泣き止んでいて「ママ、腹空いた」と言いだす。

 そんな姿にお互いが安心して、最後にもう一度頭を下げ親子は去っていく。


「ビックリしたね。大事に至らなくて良かったぁ」


 ゆめは俺以上にホッと胸を撫で下ろしているようだ。


「驚いたらお腹空いたね! どうしようっか? 駅ビル内で食べる?」

「だな、食べてから移動しよう」


 2人で駅の飲食店の並ぶ階まで向かうことにする。そう言えばゆめなんか言いかけてなかったか? とゆめを見るが等の本人は何を食べるかで頭をフル回転中ぽいので聞くのをやめる。

 まあ、いつでも聞けるか。


 ────────────────────


 下りのエスカレーターで私こと夢弓は考える。頭の中フル回転中ですよ。

 お昼の事も考えてるけどそれ以上にさっきのことを考えてます。

 料理の上手い下手は関係ないって言ってくれた。安心したけどすぐに次の疑問と共に不安が押し寄せる。


 まず私が「料理苦手です」って言って本当に好きでいてくれるだろうか? 実際にご飯を出してやっぱり無理! とかならないかなぁ。

 これはひろくんを信じるしかない。


 問題はもう1つ「料理苦手です、本当は作れません」と言って「この間のカレーは嘘だったのか? 騙したのか?」と言われること。そして嫌われる。

 こっちの方が可能性が高い……あぁ玉子焼きから見栄はってここまで引っ張った自分が憎い。段々後悔の念で心が沈んでくる。


「おい! ゆめ!」

「!?」


 そう言われてちょっとだけ宙に浮く感じがする。

 右手が私の腰に添えられ、ひろくんに抱き寄せられる様な格好でエスカレーターの終点で立っている私。

 そのままロボットの様な動きをする私は人の通行の少ない場所に移動させられる。


「大丈夫か? 調子悪いのか?」


 ひろくんに言われ首を千切れんばかりに横に振る。


「無理しなくて良いからちゃんと言ってな。一緒に遊びに行く機会はこれから沢山あるんだし、今日無理しても良いことないって」


 あぁ優しすぎる。だからこそ嫌われるのが怖い。この優しい顔が冷たく変わるのなんて耐えられない。


「今日は帰ろうか?」


 ひろくんの言葉に慌てて腕をつかみ、必死で笑顔を繕う。


「大丈夫、ちょっとお腹空いてぼーーとしただけ」

「そう? なら良いけど」


 私の顔色を伺いながらも特に何も言わずに手を握ってくれる。


「じゃあ、行こうか」


 ***


 うどん屋さんにてうどんをすする私達。

 福岡県、ラーメンとか明太子が目立っているかもしてないけど、うどんの激戦区でもある。

 うどん屋さんだけを特集した『うどん地図』なるものもあるくらいだ。

 ただ四国のうどんと比べるとコシが無くクタクタなのであっちをイメージしているとちょっとびっくりするかも。


 お昼にうどんを選んだあたり私の体調を気にしているのか? とか勝手に深読みしていみる。

 まあゴボ天うどん食べているんで元気なのは分かってくれるはず(どういう理屈?)


「なんか心配事?」

「うんうん、何もないよ」


 反射的に否定してしまう。いやここからでも言える……でも言えない、怖い。

うじうじしてる私にひろくんの口から出た言葉は……


「あのさ、近々ゆめの実家へ挨拶に行こうと思うんだけど、どうかな?」


 つまらない虚栄心で悩む私を置いて先に進んでいく周りの流れの速さにただただ驚くのでした。

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