第62話 Atlantis Word Online

 妻と会話を終えて、私はそのままログアウトする。

 すぐにコールが入り、繋げば妻の声。


 施設についての詳しい情報を教えてくれた。

 

 内容は省くが、年寄りを年寄り扱いせずに接してくれる事。

 そして能力に見合って生活する居住区が変動する事。

 一緒に住みたければ努力しろと言わんばかりだ。


 そして一番面白いのがゲームの様にステータスが割り振られ、それで得意分野と苦手分野が明確に分かれるところくらいか。

 私はご近所さんが多く参加してるからと了承したが、普通に全国から人が集められてるとのことで全く同じ場所に住める可能性が無いことを通告されたのだ。



「アナタならどこに行ったってやっていけると思うけど、私は不安よ」


「ならば私が合わせよう」


「VRを繋げば今まで通り会えるのに?」


「それはそれだよ。せっかくなら同じ空間で生活したいからね」


「そう……なんだか今更顔を突き合わせるなんてなんだか照れるわね」


「そんなにかい?」


「だって私すっかりお婆ちゃんよ? 一緒に暮らしていた時よりメイクも手抜きしてるもの。見られるのは恥ずかしいわ」


「そんな事はないさ」


「言い切るのね?」


「私は君の顔に惚れたんじゃないもの。それに素の姿を晒してくれた方が嬉しいさ」


「それ、メイクしてる女性に絶対に言っちゃいけない言葉よ?」


「そうなの?」


「ええ。人には誰だって一つや二つ、親しい人にも隠したい秘密があるもの。好きな人には尚更ね」


「分かった。なら君のメイク術に期待しよう」


「ええ、期待してて。それでAWOの事なんだけど」


「うん」



 なんて事のない会話を挟んだ後に本題へと入る。

 人々はドリームランドへと次々に招待され、今では数百人規模への移入が済んでいる。


 あっというまだ。

 ただでさえ現実の3倍速で進むのに、ドリームランドに至ってはその30倍速で進むのだもの。


 一回のログイン権を既に二つ分無駄にした私は、妻から今日はログインできないことを聞かされた。

 どうやら孫の球技大会の応援に行くらしい。


 私はVRでの活動域をゲームと井戸端会議しか持ってないが、彼女はもっと幅広く取り揃えていて。

 世界の広さを教えてくれた。


 私にとっての世界は、彼女にとっては選ぶべき選択の一つ。

 絶対にログインしないといけないわけではないとの理由を告げられ、少し入り浸るのを躊躇した。


 寺井さんや長井君もそうなのだろうか?

 バージョンアップしたのをきっかけにコール一覧から直接送信すると、普通に繋がる。

 今まではどこかログインしなければ繋がらないとのが嘘のように世界が広がるのを感じた。



「君から掛けてくるなんて珍しいね。何? AWOの話?」



 長井君は相変わらずそれと決めたら一直線でそれなのだろう。

 彼の話を聞いた私はまたAWO熱が再燃するのを感じた。


 聖典側は新たに施設を開設し、神保さんに負けず劣らずの職人達が入って来たようだ。とりもち君も頑張っているようだが、未だにその差に落ち込んでいるらしい。職人の中では上位に君臨してるのに、気持ちの感情がブレすぎる事で制作物が安定しないんだって。



「そうなんだ」


「そうそう、君が隠居を決め込んでる間に新しいプレイヤーが注目され始めてるよ」


「隠居って。一日ログインしてないだけだよ?」


「その一日が仇になるのがAWOの世界なのさ。世界は目まぐるしく回ってるよ?」



 新しいプレイヤーの台登。

 アップデートを皮切りに私とのリンクが切れた何かが次に見つけた指標だろうか?

 もしかしたら、私の次に主人公級の活躍を見せるのはそのプレイヤーかも知れないね。



「なんてプレイヤーなの?」


「あ、知りたい?」


「意地悪しないで教えてよ」


「意外に身近な人だよ。ほら、一度君の配信にも登場した」



 長井君は煙に巻くが如く詳しい情報を教えてくれなかった。

 ヒントだけはやたらと豊富で、しかし実態が掴めない。

 彼は昔からこうなのだ。


 神保さんとはコールが繋がらずにいた。

 相変わらずというか、家族でさえも彼のコール嫌いに手を焼いてるそうだよ。


 さて、噂の新人を鑑賞しに行きますかね。


 随分とログインするのに前準備を置いた私はアキカゼ・ハヤテになり、システム欄から配信一覧を選択する。

 今や私は時から忘れられた人。


 しかし今でも私のファンは居てくれるらしく活動再開は待ち望まれている。

 ほとんどが身内なのは言うまでもないが、新人とは全く違った茶番劇が好評を博してくれたようだ。



「スズキさん、居る?」


「|◉〻◉)はい」


「何やら私が留守の間に注目を独り占めするプレイヤーが現れたようだよ」


「|ー〻ー)それは解せませんね。いっちょ下剋上でも?」


「なんでそう考え方が物騒なのさ」


「|◎〻◎)僕はハヤテさんに染められたんですー」


「なら私が君の責任を取らねばいけないかな?」


「⌒〻⌒)ええ!」


「ではどうする? 番組の企画などは?」


「|◉〻◉)ふっふっふ。そう言うと思って今話題沸騰の情報を集めてきましたよ!」



 この子はいつまでも私の味方のようで安心する。

 呼べばいつでも来てくれるし、私に似たというように私の考えに賛同してくれるんだ。

 だからついつい頑張り過ぎてしまう。


 その悪巧みする姿勢が長井君、探偵さんと繋がった。

 どうも私はスズキさん越しに長井君を見ているようだった。

 今の彼ではなく、中学生時代の彼を。


 突拍子もなく、それでいて奇抜。

 彼はそんな少年だった。

 だからかクラスからも浮いていて、友達らしい友達は私以外知らない。そんな彼に声をかけたのは興味本位だったと思い出す。


 だからきっと、スズキさんにも声をかけたんだ。

 そこからなんの因果か芋づる式にクトゥルフさんにまで気に入られてしまって、現在に至る。



「──さん、ハヤテさん!」


「うん?」


「|◉〻◉)どうしたんですか! 急に黙りこくっちゃって。お話を無視するなんて酷いです! 僕、泣いちゃいますよ?」



 いつもならここまで感情豊かに縋り付いてくる事なんて無かったのに、スズキさんの様子が少しおかしい。



「何泣いてるのさ。大丈夫、私はここに居るよ?」


「|>〻<)だって急に僕に話を無視してて! いつもならどんなにくだらなくたってお付き合いしてくれるのに!」



 この子、分かっててくだらない話を振ってたの?

 それは酷すぎない?

 彼女だけ他の人の幻影とはあまりにも違いすぎるんだけど。返品した方がいいかな?



「ごめんごめん、少し考え事をしてたんだ」


「|◉〻◉)そうなんですか? 今日のハヤテさん少し変ですよ。クトゥルフ様の声も聞こえないみたいだし」


「え、彼今何か言ってる?」



 意識して声の発信源を探ると、確かに言葉が聞こえてきた。

 あのリンクの先はクトゥルフさんだった?

 いや、だったらわたしの主人公的活躍に説明がつかない。


 どうやらアップデートによる弊害がまた別にあるのやもしれないね。



[こちらには久しぶりすぎて感覚が鈍ったのではないか?]


「|◉〻◉)そうなんですかねー? 僕はよくわかんないですけど」


[うむ。我らは変わらずとも、人の時間はあまりにも短い。いつの間にやら別人のようになっていたとも聞いたことがあるぞ?]


「⌒〻⌒)クトゥルフ様、博識ですね!」



 やいのやいのとお話ししている様子が聞けてほっこりする。

 相変わらず彼らは彼らだった。

 私としたことが、神格とのリンクの繋がりにくさをアップデートの所為にするなんてらしくないな。


 コールのアップデートなんて、ゲームにまで影響を与えるはずないのに。何を考えているんだか。

 落ち着きを取り戻し、クトゥルフさんやスズキさんと例の知り合い……新進気鋭のプレイヤーの配信を除いた。



「こん、ばん、わっっっっ!!!!」


「うるせぇよ! 少しはだまれねぇのか、お前」


「だって凄い勢いでリスナーさん増えていってますよ? これは拙者の時代が来たと言っても過言ではないかと!!」


「逆にそうであっても、嬉しさと音量を比例しなくてもいいからな?」


「またまたぁ、モーバ殿は照れ屋でござるな?」


「お前のひたむきな前向きさに呆れてるだけだよ」



 それは聖典と魔導書の二人組。

 ボケ担当の村正君と、ツッコミ担当のモーバ君がどつき漫才をしながらあれこれ紹介していく配信番組だ。

 今や始めたてのプレイヤーでさえ腰にベルトが巻かれるのが珍しくもない時代において、開拓とは全く関係ない情報がもてはやされている状況らしい。



『|>〻<)こんな奴らに僕の出番が……』


[落ち着くのだ、まだ巻き返せる]


『|ー〻ー)クトゥルフ様が言うんだったら落ち着きますけどー』



 私に言われても暴れ出しそうな気配のままスズキさんが居ても立っても居られないという顔をした。彼女は隙あらば誰かを出し抜こうとするのだけがいただけないよね。生まれた時から下剋上する気満々みたいな、謎の行動力に支配されすぎているきらいがある。



「そういやお前、侵食度どんな感じ?」


「黙秘するでござる」


「いいじゃんよー教えろよー」


「どうせ拙者の情報を探って放たれたスパイなのでござろう? 教えて欲しいならば先にモーバ殿から話されよ」


「俺? 俺はその、あれだ。ほれ……言わせんなよ?」


「どうして照れてるでござるかー?」



 照れるモーバ君に縋り付く村正君。

 そのイチャイチャぶりを見せつけられたリスナーからは【末長く爆発しろ】との御礼コールが続いていた。

 世はまさにVR内恋愛時代とでも言うべきか。


 そう言う点ではわたしは優遇されすぎていた。

 美咲、マリンなどもここで恋人を見つけるのだろうか?

 娘の前では発表していないだけかもしれないと思いつつ、そうだといいなと邪推する。



『青春だねぇ』


『|◉〻◉)よくわかりません』


[我らの支配とはまた違うのだろう]



 彼ら神格と幻影は支配者と奉仕者によって支え合っている。

 人類の恋愛観を見せつけられても理解できないように、彼らの奉仕活動もまた理解されづらいのだ。


 私は家族みたいなものだと理解できるのだけど、やはり一定数から否定的な意見が漏れ出ているようだ。

 コールをアップデートする前までなら気にしなかったコメントも、した後ではやたらと記憶に残った。


 どうもあのアップデートによって私は価値観を縛り付けられていたことを自覚する。

 今まで自分に都合の悪い事が意図的にシャットダウンされているようだった。



「ならば次の企画は……」



 配信の閲覧をやめ、絵図を引く。

 今までは攻略のような開拓を一手に引き受けていたけど、新たに見えてきた情報を機に、本当にプレイヤーが求めて止まない情報を発信しようと心がける事にした。


 そもそも人気云々なんてどうでもいいのだ。

 私はやりたいことをやって自己満足したいだけ。

 スタンスは最初からそれ一辺倒。

 変に人気が集まりすぎて撮れ高に執着してしまっていたが、それは本来の私のスタイルではなかったはずだと気付かされた。


 配信スタイルは生配信を取りやめ、編集しての公開にした。

 例の如く砂嵐のおまけ付きだ。

 取り上げた番組情報は支配者と奉仕種族の関係性について。

 突撃◯の晩御飯スタイルで街頭インタビューの如く展開していく。

 最後には衝撃の事実も出しつつ、終始茶番で幕を閉じる。


 ここに今の私を詰め込んだ。

 スズキさんやクトゥルフさんも満足してくれている。

 ただ人気が下がったのもあり、攻略をしない私にかけられた期待を裏切る形になったのは申し訳なく思った。


 そんな私の行動なんて気にも止めずに村正&モーバコンビは情報を掻っ攫っていく。

 今ではどこで耳を傾けても彼らの話題で持ちきりだ。


 のに埋もれていく感覚を感じつつも、それでもいいかと思う私もいた。

 昔のように、自分の趣味に没頭すればいいだけさ。

 孫たちとも積極的に絡めるようになった。


 そう思えば十分だった。

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