第13話 ドリームランド探訪 Ⅳ

 港町を抜けると、緑豊かな草原に出た。

 ここら辺は荒野と違って動植物も豊かでいろんな動物を目撃する。コメント欄ではその動物などに強い興味を示すものがちらほらある。画像以外で実際に動いてるところを見たことない人も多く、動きを見せるたびにコメントがついていた。


 私も思わずカメラを向けたほどだ。

 ただ、写し込んだ先に良くないものも写ったのさえ除けばね。



「あちゃー、また変な怪異が写り込んだ」


「|◉〻◉)何が写ったんです?」



 バナナの皮を剥きながら聞いてくるスズキさん。

 剥いたバナナをクトゥルフさんに食べさせてる光景は非常にシュールだ。


 ただこのパターン、画像を見せるとその怪異が飛び出てくる仕掛けを知ってるから私は口頭のみで説明する。

 もし限定条件のプレイヤーに配信中の視聴者も含まれるとしたら、大惨事になりかねないからね。

 クトゥルフさんが居てくれるから平気とは思いたいけど、だからと言って面倒ごとはごめんだよ。



「動物霊みたいな奴だね。特定の動物に憑依してるようで、それを写すと高確率でその動物から湧き出てくる感じなんだ」


「|◉〻◉)へー、もしかしたらそうやって魂を分けて存在する神格もいたりするかもしれませんね。あ、クトゥルフ様。バナナの皮は食べ物じゃないです」


[美味かったぞ?]


「|ー〻ー)なら大丈夫ですけど」


【リリーちゃん、気苦労が絶えないな】

【クトゥルフ様は雑食かー】


[口に入り、腹が満たされれば何を摂っても問題なかろう?]


「胃腸が健康で羨ましい限りですよ。スズキさん、だからと言って皮ごと輪切りにしたバナナを私の皿に乗せるのはやめて」


「|◉〻◉)え?」


【草】

【クトゥルフ様の言葉を真に受け過ぎやろこの子】

【幻影は神格の忠実なる部下だもんなぁ】

【アキカゼさんも中くり抜いて食べればいいだけでは?】

【そうそう、別に皮ごと食べ路なんて言ってないし】


「|◉〻◉)え?」


【こら、そこ! こっちがフォローしてんのに違いますよって顔すんな!】

【リリーちゃん、クトゥルフ様好き過ぎやろ】

【幻影だからなぁ】

【そこら辺はブレないか】



 そんなやり取りで時間を潰しつつ、動物霊的な存在を横に置いていく。このフレーバーが一体何を指すのかもちろん興味はあるが、そればかりにかまけている時間はない。


 勿論、目的なくこちらに観光しに来ている私としては調べる価値はあるにだけど、今は一緒に回る相手がいるのでそちらを優先するつもりで居た。

 こたつに入れるサイズに肉体を縮小させたクトゥルフさん。


 もしかしてこの人ってムーの関係者なんじゃないか?

 なんて言葉が喉元まで出かけている。

 海の支配者といえども拡大縮小を操る手腕はムーの特性。

 もしくはムーの祖先の一人ではないかと思っている。


 そもそもムー人もアトランティス人もレムリア人でさえ、どこから地球にやって来たかも定かじゃない。

 何億年も生きてるあたりで末裔ではないだろうけど、何かに関係してるのかもねと話題を振ってみた。

 

 クトゥルフさんの逸話ってよく聞くけど、それ以前は全く聞いたことがないもんね。せっかく仲良くなったんだし、こう言う思い出話も聞き出せたらいいなって、それだけ。



「そう言えばクトゥルフさんの縮小能力を見て思い出したんですけど、クトゥルフさんはムーの民って知ってますか?」


[聞いたことはあるが、直接は知らんな。其奴らがどうした?]


「いえね、彼らは不思議なことに肉体の拡大と縮小を操って一時期大陸を支配していたそうなんですよ」


[ほう、余が眠っているうちに栄えた種族か]



 口調こそ穏やかなクトゥルフさんだったが、表情が強張っていく。自分の代わりに台登した人類に対して強い怒りを感じるようだった。

 


「と、言っても巨大化して殴りつける、数を持って踏み潰すくらいしかしてないのですが」


[野蛮だな。しかし理に叶っている]


「ええ。実際にそれで実力の拮抗していた相手を滅ぼして君臨した種族ですから」


[ふむ。だがそれが貴殿の祖先だとは言わないのだな?]


「そうですね。悲しい事故があり、彼らは一夜のうちに絶滅しました。まるでその大陸だけ抉られてしまったかのように地図上から消えてしまったんです」


「|◉〻◉)その話長いですか?」


「もうちょっとで終わるから待って」


「|ー〻ー)はーい」


[ふふふ、そのような種族が居た事と余の存在を結びつけているのだな、貴殿は]


「いいえ、違いますよ。問題はそこではなく、神格なら誰でも拡大縮小を使えたのかなと引っかかりを覚えたんです。クトゥルフさんの逸話ってよく聞くんですけど、それより前の昔話ってあまり聞かないなって思ったもので」


[ふむ、眷属達には必要のない事柄故伝えてはおらぬが気になるか?]


「お話するのが恥ずかしいなら詳しくは聞きませんが、そうでなければ興味はありますね」


[その興味が自分の最後の言葉だとしてもか?]


「ええ。私の命一つで情報が得られるならば安いと、そう思ってしまう男ですよ、私は」


「|◉〻◉)ハヤテさんはブレませんよね」


[別に隠すことのものでもないのだがな。あまり聞かれたことがない故、照れるものよ]


【おっとぉ、クトゥルフ様のデレ期到来か?】

【↑不敬だぞ?】

【単純にアバターが死んでもログアウトするだけだから言ってるんだぞ、この人】

【大した覚悟がなかった件】

【それでも俺らに情報は伝達されるからな】

【そのための配信】


「|◉〻◉)流石に砂嵐案件ですので配信先に流すかどうかは僕が決めますね?」


【あの砂嵐リリーちゃんの仕業か!】

【実際ファインプレーなんだよなぁ】

【まず間違いなくSAN値が死ぬぅ!】



 そんな失礼なコメントにもめくじら立てずに付き合ってくれるクトゥルフさんはやっぱりあの時であった当人より随分と丸くなっていた。

 彼の語りは、まるで田舎から一人上京して来た様。

 手探りで敵対種族を滅ぼし、眷属を用いてお気に入りの場所を決めた。

 その数々が輝かしい歴史に至るまでの踏み台。

 しかしお気に入りの寝床だけは最後まで手放すことはなかったそうだ。


 それを聞いてスズキさんが照れながらお茶汲みを始めた。

 彼的には故郷を思わせる懐かしい色艶が気に入ったとかなんとか。

 出会いこそ運命的で、ずっと使い続けているうちに魂が宿ったのがスズキさんだと思えば照れ臭くなるのも納得だった。


 と、そこまで語らって思い至るのが先ほどの動物霊だ。

 もし神格の気に入った物が場所ではなくその動物だった場合、そこに意思は宿るのだろうか?



「そう言えばさっきの写真、これなんですけどね」



 視聴者には見せずに、コタツの上に置いたそれをスズキさんとクトゥルフさんが覗き込む。

 カンガルーを思わせる動物から何かが守護霊の様に浮き出してる画像だ。

 ポケットの中にもそれらしき霊体が生えてるあたり、妙に気になる映像だ。



「|◉〻◉)確かになんか生えてますね」


[そうであるな。余はあまり地上の種族に詳しくない故、何かはわからぬが、同胞の匂いはしているな。貴殿はこれに同胞の何かを感じ取ったか?]


「ええ、クトゥルフさんがスズキさんをお気に入りな様に、神格によっては動物を気にいる事もあるのではと思いまして」


【なになに、気になる見せて見せて】

【こっちにわざわざ流さないってことは、見るとやばい系なんだろ? 察しろ】

【そっち系かー】


「|◉〻◉)ちなみに前回それでグラーキ召喚したって聞いたら皆さんどう思います?」


【あ、はい黙ります】

【グラーキ召喚はやばいな】

【え、もし俺らがその写真見たらこっちにグラーキ現れんの?】


「|ー〻ー)可能性はなきにもあらず。そのための配慮です」


【はーい】

【了解です】

【しかも神格のお気に入りとか絶対やばい未来待ったなしじゃん】

【あ、アキカゼさん見せなくていいです。全然興味ないので】

【こっちが否定した途端に急にイキイキして見せようとすんのやめろ!】

【草】



 私がそんな素振りをしたら一斉に牙を剥いてくるのなんなの?

 見せろって言うから見せてもいいかなって思っただけなのにさ。



「さて、このまままっすぐいくと森ですね」


「|◉〻◉)なんかさっきからコタツが謎の引力に吸い込まれてる気がしますが」


[間違いなくその動物霊の仕業であろうな]


【ふぁーー!?】

【写真見たそばからそれかよ!】

【そもそも揚力で浮いてるから方向転換自分でできないんやろ】

【今まで風の吹くまま木の向くままで流れてきた件】

【どっちみち目的無かったしいいのか】

【問題はその相手の神格が魔導書に連なる方か聖典に連なる方かなんだよな】


「|◉〻◉)コタツなら一枠あいてますよ?」


【聖獣キラーが通用する相手ならいいな】

【聖獣キラーwww】


「ショゴスなら召喚出来るけど、する?」


【やめろ!】

【無理に枠埋めなくていいから】


「なら暗黒のファラオでも呼ぶ?」


【ナイアルラトホテプじゃねーか! 黒幕さん呼べるの?】

【2Pカラーなんだっけ、あの人】

【出た、輝くトラペゾヘドロン!】

【普通見ただけで発狂するんだけど】

【ああ、SAN値直送のフルコースで俺らにも耐性出来たよな】


[ふむ、彼奴か。呼んでも構わぬぞ?]


「じゃあ呼びますねー」


「|◉〻◉)じゃあ僕はお迎えの準備をしますか」



 私が腕輪をかざして窓を配置すると、スズキさんが回収業車の如くその窓を乱暴に揺すった。

 前回それをやって怒られたんじゃなかったっけ?

 空いた窓の先から、随分と機嫌の悪そうな私のそっくりさんが現れた。

 もし呼び出した相手がもりもりハンバーグ君だった場合、彼のそっくりさんが現れるのだろうか?



[またお前か。なんの用だ人類?]


[久しいな、ナイアルラトホテプよ]


[クトゥルフまで居るのか……何やら嫌な予感がして来たぞ]

 

「立ち話もなんですしまぁ座ってください」


「|◉〻◉)良いですか? ここにこうやって座るんです、そうそうクトゥルフ様と向き合う様にして、それでオッケーです」



 スズキさんのセッティングを終え、私達は謎の引力に導かれるまま浮遊するコタツに豪華メンバーを乗せて赴いていく。

 コメント欄は一時期謎の発狂をするが、少し経てば落ち着いたのかゆっくりとだが意識回復の報告を入れてくる。


 私の2Pカラーを見て発狂とかやめて欲しいね。



[さて、何が出るやら]


[おい待て、その先に何があるか知らずにいくのか? なんて無駄な時間の使い方だ]


[それもまた良し。余はそうやって新しい知見を得ることができたぞ? 貴殿も付き合え]



 神格同士がまるでコントの様なやり取りを交わす。

 その姿はまるで私と探偵さんの様な凸凹具合。

 心底楽しむクトゥルフさんと、面倒ごとに巻き込まれたナイアルラトホテプという図がまた面白い。

 

 本来なら彼は掻き回す方だからね。

 私も学生時代、よく探偵さんに振り回されてたからこの歳になって意趣返し出来るとは思いもしなかったな。


 それを今度は歳上のクトゥルフさんがやり込める形でナイアルラトホテプを振り回す。

 物おじしない二人だからなんでも片付けてしまいそうだけど、そこに視聴者まで加わればまた面白いコンテンツが出来上がるのではないかと私の直感が囁いてくるのだ。


 この二柱はどちらかと言えば中間管理職の様な立ち位置だからね。上司のアザトースやヨグ=ソトースに頭が上がらないんだ。

 アザトースはGMであるかの様に振る舞ったが、ヨグ=ソトースはそうではないんだよね?

 一方でアトランティス人の彼もGMであるかの様に振る舞っている。


 思うに格が上だからとGMになれるとは限らないのか。

 条件の一つに暗躍するにが大好きとかあるんだろうか?

 だったらナイアルラトホテプとかも条件に一致するんだけど。



[どうした、人類。薄気味悪い笑みを浮かべおって。不快だぞ?]


「ああ、いや。アザトース様はGM、この世界のゲームマスターだとおっしゃっていたんですけど、あなたもそのうちの一人なんじゃないかと思って」


[その様な邪推をしておったか。我は所詮父上の手駒の一つでしかない]


【ナイアルラトホテプの親父ってあのアザトース?】

 

[様をつけぬか不届き物め!]


【ぐえー、死んだンゴー】

【視聴者にダイレクトアタック!】

【超☆エキサイティング!】

【なんだこの流れ】

【ツンが過ぎるぞニャル様!】


[頭が痛い]


「|◉〻◉)プークスクス。良い様ですね!」


[追い討ちはよせルリーエ。だが気分がいいのは同意だ]



 この二人もなんだかんだ似た物夫婦なんだよねぇ。

 私に似た? またまたぁ。

 だからって私に恨みの矛先を向けるのはやめて欲しいですけどね、そこのナイアルラトホテプさん?



「さぁ森が開けてきましたよ。何が出てきますかね。ワクワクしませんか?」



 それより気になる相手が右と左にいるだろとツッコミを受けつつも私たちの乗るコタツは動物霊の待つ森の最奥へと誘われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る