第62話 聖魔大戦 ⅩⅨ

 さて、グラーキを迎え撃つ前に消えゆくとりもち君の身体を被写体に記念撮影しておく。

 私の推理が正しければ、このカメラは状態を固定して保存することが出来る代物だ。

 ただしそれらが可能なのは私と強い影響を持つ場所の時。

 

 クトゥルフさんと繋がって以降、海は私には第二の故郷と思えるほど特別な存在となっていた。

 だから魚影ならぬ封印されてた神格を呼び込んでしまったのでは? と今なら思うことができた。


 ならば領域を展開している今もまた、当然できると思い込む。

 画像に映り込んだ消滅中のとりもち君。

 これを事前に取っておいたのは、然るのち魂の定着場所を戻す為だ。


 まぁ、領域が解除されれば勝手に解除されるんだけどね。

 掌握領域は領域展開のおまけみたいな能力だから仕方ないね。


 フレーバーとなった画像をアルバムにしまい、泣き崩れた幻影の少女の前でしゃがみ込む。

 主人の声だけでも聞こえて嬉しいのだろう、私のレムリアの器を胸に抱いて懸命にそれを手放そうとしない。

 そんな彼女に視線を合わせ、ゆっくりと順序立てて話す。



「君の名前はスジャータ君で宜しかったかな?」


「えっと、はい。貴方は?」


「私の名前はアキカゼ・ハヤテ。通りすがりの写真家だよ。訳あって君たちとは敵対関係になってしまったけど、私は別に君たちを敵対視するつもりはないんだ。なので勘違いしないで欲しいかな?」


「よくわからないですけど、あるじ様は無事なんですか?」


「無事、という言葉が五体満足を指すのなら無事ではないね。ついさっきの現象を私の権限で引き伸ばしたに過ぎない。だから時間限定で君のあるじ様はこの場所に維持出来ている」


「はい……」



 納得はできていないが、理解はしたと言う感情が瞳に宿った。

 今はそれでいいか。これは聖典陣営との交渉材料だ。

 要は後ろから刺されないための布石だね。

 こうやって仲間の命を手中に収めておけば、向こうも手を出しづらいだろうと言う下心もあった。

 それ以前に泣いている幻影を放っておけない気持ちの方が強いのだけど、今更付け加えたところで私の行いが悪逆非道であることに変わりはない。

 彼の命を引き伸ばすことで交渉の道具としたのだから。


 でも本題はここからだ。

 ただ引き伸ばすだけでレムリアの器を代価になんてしないよ。

 その意図は非常に単純だ。



「そして君のあるじ様は概念として存在できると思う」


『えっ!? マジっすか?』



 本人が一番驚いている様だ。

 無理もない。なにせレムリアの器がどの様なものかなんてレムリア陣営でない限り判別出来ないからね。

 アレはただのビーム兵器ではない。

 レムリア人にとって器とは鎧にして転送装置。

 情報を凝縮してビームとしてぶつける様なもの。


 そしてビームにはスキルも付与できる。

 シェリルのビームサーベルもまた、シヴァのスキルを上乗せしたものだろう。通常攻撃にしては威力が段違いに研ぎ澄まされている。以前手合わせした時よりもだいぶ逞しく成長した様だ。



「私が思うに、今の君はコアとしてレムリアの器に登録された形だ。この器の能力は技術をビームという概念にのせて打ち出すことにある。ただの攻撃とは異なり、スキルすら打ち出すことができるんだよ。つまり君の自慢のスキルや、神格を下すことで初めて使える能力もまた、ビームの中に閉じ込めて打ち出せる。あとはとりもち君、君次第だ」


『そういう事っすか。いや、でもこんなメリットの塊みたいな能力、勿論大きなデメリットもあるんすよね?』


「レムリア人に取っては常識の範疇だけど、今回の場合は私の能力で無理矢理君を固定化した形だからね。私の領域展開が解けたら君も元に戻るよ。もしこれが気に入ったのなら、レムリア陣営入りを勧めるよ? 私の知るレムリアより今はだいぶ時代背景が進んでいる気もするけど」


『これが常識? 掲示板にはそんな情報載ってないですよ?』


「誰が弱点にもなりうる情報を流すのさ。ビーム兵器だと思わせておけば、他はビームの対策しかしないでしょ? スキルが乗るとわかったらもっと危険視するよ。自分が不利になるかもしれない情報をわざわざ流すと思う?」


『ごもっともっす。でもレムリアかー、アトランティスも面白いけど興味が出ましたね。今回の活躍如何では正式に考えてみるっすよ』


「そうしてくれれば彼らの祖先も喜ぶよ」



 そんな談話を楽しんでいるところで、たらし込んだ部下の後処理すべく上司であるシェリルがやってきてぐちぐち言い始めた。

 初手嫌味は挨拶みたいなものだ。

 私は慣れてるけど、初見で受け取れば嫌な人、と距離を取られてしまう。彼女が気難しいと言われる最大の所以だね。



「父さん、余計な事をしてくれてものよね」


「嫌われてしまったかな。望んだのは君だった筈だよ。彼の能力は必要だったのだろう? 私なりに誠意を尽くしたつもりだが」


「そうね、彼は貴重な戦力よ。でもそれとこれは別問題。レムリアの秘匿情報をあんな開けっ広げにバラすなんて常識はないの?」



 そっちか。

 ふむ、どうやら私のお節介はいらぬ場所から敵意を受け取る形になってしまったようだ。

 しかしね、利点を話さねばただの生き残りとして処理されてしまうよ?

 私は彼のやる気を出すための最善策を練ったに過ぎない。

 悲しいことだね。何故それが相手に伝わらないのだろうか。



「そして極め付けは、もし私達が拠点を略奪すれば、コーラン君の幻影から疎まれる可能性が出てくる点。私は家族と認めた子から嫌われる真似はしたくないの」



 その割には随分と私に辛辣じゃないの。

 えっ、もしかして私……家族と認識されてない?

 だとしたらお父さん悲しいよ。


 まぁ、大方ゲーム内での話だろうね。

 彼女は生真面目だから一つのグループを家族という枠組みで見ている節がある。

 それに今の私は親と娘である前に敵対組織だ。

 彼女に取っての悩みどころはそこだろう。

 


「|>〻<)やっと繋がった! ハヤテさぁん!」



 そうこうしてるうちにウチのお騒がせ幻影が影からぬるりと現れた。

 スズキさんだ。ルリーエかもしれないけど、こうも人懐っこいのはスズキさんだと思う。多分、きっと、そう。



「やぁスズキさん。感動の再会は後々。それよりも今はグラーキを倒さないとね?」



 すっかり状況を把握したグラーキがやる気を出している。

 悠長にお喋りしてるのは、敵対行動さえ取らなければ感知されないからだ。

 既に戦っていたシェリルは器用なことに戦いながら言いたいことだけ言いに舞い戻ってくる。本当、誰に似たのか不器用な子だ。妻に聞いたら間違い無く私の遺伝子だと断言するだろう。

 そんなところ、似なくてもいいのに。


 それはさておきスズキさん。ピチピチと跳ねながら必死に何かを言い募る。



「|◉〻◉)大変なんです! クマの人が! 肉食獣になっちゃったんです!」



 ん? くま君? 

 前からそうじゃなかったっけ?

 と言うより合流出来たんだ。


 でもこうも慌てふためくと言うことはさらに様子が変わったのかもしれない。

 冗談で言う人じゃない……とも言えないか。

 この人の言動はどこまで信じていいものか?

 たまに言葉に嘘を混ぜるから油断できないんだ。



「あのPKなら前からそうでしょ?」



 シェリルがわざわざ舞い戻ってきて、くま君をそう呼ぶ。

 世間一般の認識で彼のあだ名はプレイヤーキラーだのレッドネームだの本人の目指すヒーローとはだいぶかけ離れている。

 まぁあの見た目じゃ仕方ないよね?



「|◉〻◉)そうじゃなくて、より悪者に磨きがかかっちゃったんですって! ダークヒーローも真っ青の怪人調です!」


「ですって、父さん?」



 シェリルの言い分はこうだ。

 そっちの陣営の問題なんだからそっちで解決してよね、と言いたいのだろう。

 今は協力体制だけど、積極的にこっちの問題に関わる気はないみたいだ。



「勿論、君達に関われなんて言わないから安心してくれ」


「|◉〻◉)山の人がやられちゃったんですよ!? 陣営同士で争ってる場合じゃないですって! 今探偵の人がこっちに誘導してるところです。聖典さんにとっても共通の敵だと思いますよ!」


「スッタニパータが?」



 山の人? スッタニパータ?

 一瞬誰だかわからなかったけど、そのワードで該当する人物はどざえもんさんか。

 確かあの人仏陀の神格を降ろせるって言ってたもんね。

 山というのはドワーフという種族を指す時によく使われてたし、登山家という意味合いでも彼だろう。

 しかしムー陣営であり精霊使いでもある彼がそう簡単にやられるとは思えない。

 娘を焚き付けるためとは言え、スズキさんの言動も真に迫るものがあった。

 情報をまとめようか。まず仲間の容態だ。

 私と逸れてから何があったのか、聞く。



「アンブロシウス氏や( ͡° ͜ʖ ͡°)氏は?」


「|>〻<)なんとか善戦してますけど、苦しい状況が続いてます! すっごい凶暴なくまになっちゃってます!」


「まさかの伏兵ね。しかも同族殺し、ご説明頂ける?」



 シェリルの視線が突き刺さる。

 そうやって私が何でもかんでも知ってると思ったら大間違いだよ?



「くま君とは陣営掲示板が増設された後、ずっと連絡が取れなかったんだよ。でもどざえもんさんが言うには近くにいるらしくて、彼の案内でその場所に行った途端、私はナイアルラトホテプと思しき存在に幽閉されてしまった。後のことはわからない。スズキさんにもクトゥルフさんにも連絡がつかなくてね。偶然メール機能を開いたら君には通信が入るみたいだから藁にもすがる思いで通知を送らせてもらった」


「それがあの迷惑メールね」


「迷惑メール!? 私にそんなつもりはなかったんだけど……」


「はいはい、それで?」


「うん、これは私の予測なんだけど、きっと彼らもナイアルラトホテプの領域に踏み入ってしまったのかも知れない」


「そんな事が……ではあのPKはナイアルラトホテプの手に落ちた?」


「くま君のことを言ってるのなら、その可能性が高いとだけ」


「了解したわ。陣営同士で仲違いさせるなんて無駄な消耗よね。聖典側では避けたいわ」


「さて、それは誰かさんにとっては違う様だ」



 視界の先、その巨大化したボディを引っ提げてくま君が姿を表した。

 異形、そう言って差し支えのない風貌。


 特徴的なのはその右腕が貫いている書物の様なものだろうか?

 肩から全く別物の触手が生えて、それが右腕の代わりを担っている。ただの触手と違うのは、それぞれに感情を持っていることだろう。まるで生命体の成れの果ての様な、何かの意思が触手の一本一本に宿っている。

 しかしあの本……ネクロノミコンだろうか?

 いくら粗暴なくま君とは言え、幻影にあの様な振る舞い。

 くま君らしくない。

 これは本格的にナイアルラトホテプに唆されてしまっているかもしれない。

 それは許せないな。



「何事!?」



 爆音に次ぐ爆音。

 音の発生源はくま君だ。

 グラーキと同格サイズの彼がただ腕を振るうだけで大地は割れ、空気は切り裂き、雲が割れる。

 それくらいの環境破壊をしてのける本物の化け物の姿がそこにある。

 もう新しい神格が現れたと言われても不思議じゃない。

 もしやそれが狙いか?

 人と神の融合。人造神、あるいは人造魔。

 ナイアルラトホテプの企みなんて私にはわからないが、放っておけば次の被害者が出ることは間違いない。



「少年、無事だったか!」



 そこへ焦った様子で私の姿を発見した探偵さんが寄ってきた。

 ちょっと、誘導係がこっちに来ないでくださいよ。

 巻き添えを食うでしょう?

 あ、この人それが狙いだな? 本当に困った大人だ。

 誰? この人に誘導係なんて任せたの。



「私の方はなんとか五体満足ですよ」



 フェイク★でヘイトを探偵さんに押し付けつつ、会話を続行。



『ちーっす、探偵の人』


「君はコーラン君か、なんでまたこんな姿に?」


「父さんの仕業よ」


「その責任を全て押し付ける言い方はどうなの? まぁただの応急処置さ。どざえもんさんも救えるなら救いたかったんだけど、もう?」


「少し前にLPを全損させてしまったよ。彼があそこまで手強くなっているとは……油断はしていないつもりだったが」


「それは残念だ」


「( ͡° ͜ʖ ͡°)爺さん、無事だったか!」



 続々と仲間たちが合流する中で、くま君の雄叫びが轟く。



『ぐまーー』


「轟け、ツァール!!」


『ぐもももも!!?』



 もう一つの怪獣大決戦。

 悲鳴にしてはちょっと間抜けな声が上がるが、中身は普通にくま君の様だ。

 しかしアンブロシウス氏の顔もがわからないのか、凶爪を彼に向けて放つ。衝撃波が嵐となってフィールドに爪痕を残した。


 大惨事だ。それでもこうして無事なのはグラーキ越しだからだ。その巨大な肉体がダメージの全てを引き受けてくれていた。


 が、そのダメージに反応してグラーキも動き出す。

 彼は敵対行動さえ取らなければ温厚な存在だ。

 ただし一度とってしまえばその限りではない。



「アキカゼさん、ご無事か」


「なんとかね。くま君がなんでああなったのか誰か状況知ってる?」


「それは私から答えよう」



 そこに居たのは色違いの私だった。

 いいや、私のアバターはそんなに禍々しくない。



「誰、君は?」


「私の名は■■■■■。失礼、君達にわかりやすく言えばドリームランドに棲まう神格の一つだ。ここ最近私の縄張りが荒らされている事に懸念していてね。お仕置きを兼ねてこうして馳せ参じた訳である」



 ナイアルラトホテプではない?

 しかし、こうまで人間に姿を寄せる神格を私は知らないが……

 もしかして……アザトース?

 いやいや、かの存在がこうして表に出てくるなんて誰も予想できるはずが……それもたかが人間に興味を持つはずはない。

 これはきっと私の思い込みだ。

 だから全く別の神である。そう思い込もうと意識を向けるが、ふと気が付いてしまう。


 ……本当にそうだろうか?


 なんせもうヨグ=ソトースを召喚してしまっている。

 召喚したら最後、会話も通じず一方的な蹂躙が始まるのだと思っていた。

 しかし蓋を開けたら意外とフレンドリーで、家族思い。

 私は人の親として共通点がいくつか見つかったので、それで対応したらいい感じに仲良くなってしまった。


 じゃあアザトースもフレンドリーである可能性も否定できない。ただそのフレンドリーさは身内に対して向けられるものだ。

 だから彼が私にそう接してくる時点で、私は既に人間を超越した存在として認識されてるということだ。

 まったくもって遺憾である。

 私ほど人間らしい人間はそうそう居ないよ?


 だが私の姿を模して現れるということはそうとしか思えない。

 あの邪智暴虐を関する存在が特定の誰かに興味を持つことなんて考えられないからだ。

 予想外の大物の登場に完全に頭がパニック状態になる。

 ええい、こうなれば自棄だ。適当に会話をして乗り切ろう。

 もうグラーキの件もくま君の件すら全てどうでも良くなってきたぞ!



「私達があなたの縄張りを荒らしてしまったから出てきたと?」


「そうとも言えるし、それだけとも言えないな。要は久しぶりに活きの良い存在を見掛けてね、少し手を加えてしまった。君たちがどの様に対処するか見てみたい。それではダメかね?」



 気さくだ。非常に気さくなのだが、その思想が悪そのものだ。

 悪気があってやってるわけではない、ただの興味本位。

 むしろ善意でやってる節すらある。

 私がとりもち君に施した様に、彼もまたくま君にとりなした。

 それだけのこと。それだけの事なのに、乗り越えるのが厄介なくらいの試練と成り果てた。

 もちろん助けるつもりではいるが、彼が正気に戻る可能性が限りなく低い見積もりだ。

 なにせ関わってる神がヤバすぎる。

 いや、ネクロノミコンの時点でヤバすぎるのはさておき。



「なるほど。しかしいきなり来てご挨拶じゃないですか。私たちはこの地は初めてなのですよ?」



 私だけがかの存在を前にして対話出来ている。

 他の全員はその存在に圧倒されていて、なぜ私だけ普通に会話できるのか不思議そうにその視線が語っている。


 そういえばヨグ=ソトースさんの時もそうだったな。

 もりもりハンバーグ君はいい加減慣れただろうか?

 押しつぶされる様なプレッシャー、慣れるまで結構かかるよね? 私はほら、そういうプレッシャーに慣れてるから。

 慣れたくは無いけど、人間生きるだけで苦労が舞い降りるものだからね。

 おっと話が逸れたね、本題に戻ろう。



「そちらの都合になんて興味はない。だが、見ていて君たちなら遊び相手に申し分ないと思った。ダメだったかい?」



 なるほど、彼は本当に自分本位だ。

 いや、性別すらも超越した存在。

 全にして一、一にして全。

 自分こそが正しいと信じて疑わない。

 会話ができている時点で彼なりに譲歩しているのだろう。


 ああ、なんて厄介な存在に目をかけられてしまったのだろう。


 これならなんぼかナイアルラトホテプの方がマシだった。

 まだ“かわいい悪戯”程度で済ませられる。

 まったく、大物が出過ぎじゃないですか、この空間。

 一体誰が引き寄せちゃったんだろう?



「|◉〻◉)………」


「なに、スズキさん?」


「|◉〻◉)なんでもないです。ただ、間違いなく気に入られた存在ってハヤテさんだよなぁって僕は思うんですよ」



 それこそ冗談じゃない。

 ヨグ=ソトースさんは親目線で少し仲良くなっただけですよ。

 人の親なら誰だって仲良くなれるはずです。



「|◉〻◉)いや、無理でしょ」


[無理であろうな。あれは結構話していて我欲が強い。貴殿の手前だから会話が成り立っているのであろう。余だけなら会話にもならぬであろうな]



 神格とその幻影にまで否定された!?



「|◉〻◉)そもそもなんでベースをハヤテさんにしてるか考えれば一目瞭然では?」


「あ、うん。聞きたくない言葉をどうもありがとう」


「さて、どちらにせよ賽は投げられた。期待しているぞ、別領域の民たちよ」



 それだけ言い残して姿が描き消える。

 本当にお騒がせな存在だ。

 まるで新しいおもちゃを手に入れた子供の様な満面の笑みだけを残して、再び時が動き出す。

 


「ふぅ、よくアレを前に汗ひとつかかずに居られるわね、父さん。どれだけ神経図太いのかしら?」



 レムリアのボディであるにもかかわらず、深呼吸をするチグハグなシェリル。

 それだけ気圧されていたのだろう、レムリアのボディには結露した様に水滴が滴っていた。

 まるで本当に冷や汗をかいている様に思えてしまう。


 恨みがましそうに私を見上げるその顔が、彼女の心境を物語っている様だ。

 私が何をしたって言うのさ。

 むしろ被害者は私だよ?



「この人は学生時代から心臓に毛が生えてると呼ばれていたから」


「ちょっと、そこ。余計なことを言わない」



 学生時代の親友がプライベートを晒していく。

 恥ずかしいったらありゃしない。

 それとそれは君にも言えることですからね?

 ブーメランて言葉知ってます?



「さて、問題は山積みだ。仲間を改造され、無惨にも被害者が出ている。どうしたものかな?」


「勿論、討伐するわ」


「君がさっき怯えていた相手が力を施した存在だよ? 勝てるの?」


「勝つつもりで動くと言ってるのよ。負けるつもりで戦ってたら勝てる試合も取りこぼしてしまうものでしょ?」



 なにが君をそこまで勝利に釘付けにするのかわからないけどね、私はただ勝利する以外にも選択肢がある様に思うんだ。



「私は私の判断で取り掛からせてもらうよ」


「別にこっちのやり方を強制はしないわ。その代わり、手に負えないと判断した時はそっちに敵を押し付けるから対処してね」


「それは勿論」



 ぶっきらぼうな態度の時、彼女は照れ臭そうな口調になる。

 相変わらずのツンデレ具合だ。いい歳してまだまだ子供の部分を時折見せる。そこがまた可愛いのだけど。


 しかしそれとは別に私を拉致した相手の存在が気にかかった。


 アザトースは私たちの力が見たいと言う。

 が、では何故一回休みだなんて回りくどい真似をしたのか?


 どちらが彼の本意だ?

 それとも全くの別口でナイアルラトホテプが関わって居るのだろうか?


 わからない、ことばかりである。

 でも、目の前の現実から目を背けてばかりも居られない。


 片付けるべき仕事が多すぎて頭がパンクしそうだが、一つづつこなしていくしかないのだ。

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