第52話 聖魔大戦 Ⅹ

「本当は、こんな事はしたくなかったんだけど。でも君達がそう来るのなら仕方ないよね」



 出来れば話しかけ、自ら眷属化してくれることを望んでいた。

 けれどこうも敵対的では、こちらも手段を選んでいられない。


 私の目的はこのアーカムシティに住まう住民の獲得にあった。

 そのための地形把握であったし、戦略的な意味合いも含まれる。

 もしくは他の魔導書陣営の誰かが攻略するためのお手伝いができればと思っていた。


 しかしその実聖典陣営はこちらの足を引っ張る事にばかり夢中で。

 もっと自分達の陣地を広げるなりすればいいのに。

 それともこの街を既に支配下に置いているのかな?


 探偵さんが仕掛けたタイミングからも、その可能性が高いか。

 しかしこの街を覆うように拡がる私の領域。

 握りしめるだけでその住民が私に命を握られている。



「掌握領域〝アーカムシティ〟」



 その命を取り込もうとして、アナウンスが走る。



<アーカムシティは現在聖典陣営の拠点に登録されています。専用ステータスを用い拠点の略奪を開始しますか?>


 YES/NO



 もちろんYESを選択し、陣営間による争奪戦が開始された。


 

<拠点略奪戦を開始します>


<現在拠点には聖典プレイヤーが3人滞在しています>


<拠点を略奪するには滞在するプレイヤーの過半数を下す必要があります。どのステータスで勝負しますか?>



 提示するステータスを選択してください。


 【注意】略奪戦中、使用してない割り振りポイントを振って数値を変動させる事はできません。


 貫通:0

 侵食:50【+50:クトゥルフ召喚】

 幻影:0

 束縛:30

 <割り振りポイント:110>



 明かされるイベント戦の内容。

 そして四つのステータスを用いた戦いが始まる。

 私の中で最も高い数値は侵食だ。


 だからと言ってこれでどのステータスにも勝てると過信しない方がいいだろう。もりもりハンバーグ君曰く、ゲーマーの勘で確実に苦手分野があると提示している。

 そして必ずしも魔導書陣営と聖典陣営では扱うステータスに変化があるのではないかとも言っていた。


 私は侵食を提示し、JUDGEの場で相手側のステータスも開示される。



<JUDGE!>

 アキカゼ・ハヤテ 侵食100

       vs

 シェリル     浄化 50 ○

 秋風疾風     救済 50 ○

 とろサーモン   信仰 80 ×


<勝利! 魔導書陣営は見事拠点略奪に成功しました!>


<勢力図が塗り替えられます>


<現在魔導書陣営の拠点は2つです>



 やはり扱うステータスが違うか!

 そして私以上に尖ったステータスを扱う者もいる。

 私の数値を見てうまく誤魔化されてくれたら良いのだけど、向こうには勘のいい探偵さんやシェリルが居るし、その可能性は低いか。

 ただでさえ拠点獲得者と神格召喚者が私であるとバレてしまっている。獲得した割り振りポイント上限次第では私は他の数値に振っていることは明らか。

 けど実際は、神格召喚する事によるメリットを向こうが知らない。これだけがこちらのアドバンテージになっている。



<条件を達成したことにより、システムの一部が開示されます>


 ■拠点

 拠点に滞在するプレイヤーの数(×5%)侵入者の行動を邪魔することができる。

 また、敵対陣営の拠点内に侵入した時も同様に行動にマイナス補正が掛けられる。

 拠点の数が増えれば増えるだけ倍率は乗算されていく。


 ■拠点略奪

 敵対陣営の所有する拠点を自陣に加えるための行動。

 相手の拠点内に陣取るプレイヤーの過半数を下す必要があり、略奪側もまた複数人で挑むことが可能。

 勝利数の多い方の判定が優先される。


 ■勢力図

 魔導書陣営と聖典陣営でどれだけ信仰を築けたかの数値。

 聖魔大戦ではこの数値が高いプレイヤーに報酬が与えられる。

 数を増やすか、奪うかはプレイヤーに委ねられる。



 

「まさか拠点を奪われるとは! ええい、道教の。ここはひとまず退却だ!」


「うむ。こうも厄介な相手だとは。しかしデータは取れた。我々は所詮捨て駒。主が最後に勝てば良いだけよ」


「いやいや、何捨鉢になってるのさ。良いから逃げるよ」



 何やら私を仕留めきれなかったことより、撤退し始める二人組。探偵さんが異次元から自動車を取り出し、囮役を買って出るとろサーモン氏を乗り込ませた。


 しかし何をチンタラやっているのか、逃げると言っておいて全く逃げ出す様子はない。

 そこで拠点の特徴を思い出す。

 確か相手の行動の成功率を下げるのだったか?


 で、あれば私が先ほどとろサーモン氏の追撃を躱せなかったのも、探偵さんにあっという間に追い込まれた理由にも説明がつく。戦いたくなかったから心のどこかでブレーキがかかっているのかと思っていたが、どうやら違うようだ。

 こちらを仕留め切るつもりでの行動を失敗したどころか拠点まで奪われた聖典陣営はそれこそ必死に逃げ惑う。


 彼らから見たら先ほどの私も同じように映っていたのかもしれないな。



「何してるの君たち。さっさと逃げれば良いのに。逃げないんなら攻撃するよ?」


「待って、待って! くっ、逃走判定にこうも立て続けに失敗するとは! ボタン式のエンジンでなんですぐにエンジンが掛からないのか!」


「これが敵陣内での行動補正であるか。うぅむ、ここまで強力な補正がかかるとなると、既に領域内に他のプレイヤーが合流している可能性もなきにしもあらず」



 必死にエンジンをかける探偵さんが滑稽に見える。

 とろサーモン氏に至っては諦めムードだ。

 もう攻撃しちゃって良いよね?

 私も暇じゃないんだ。

 右手を振り上げて攻撃の構えを取ると、探偵さんが驚いた様子でこちらに食って掛かってくる。



「待って少年。そ、そうだ。ここは一つ停戦協定でも結ばないか? この場の逃走を見逃してくれたら、もれなく君達の拠点には手を出さないと誓うよ。どう?」



 気持ち悪いくらいの笑顔で歩みを浮かべて探偵さんが条件を提示する。

 いや、誰がそんな胡散臭い条件を飲むと思ってるのさ。

 さっきの今で自分たちがしてきた行動を忘れてしまったのだろうか?

 私の信頼を喪失させ、敵対の道を取ったのはそっちじゃないの。



「残念ですがそっちの都合ですぐ破られそうな協定に耳を貸すほど私は愚かではありませんよ。さぁ覚悟を決めてください」



 にこり、と笑って腕を振るう。



「クトゥルフの鷲掴み!」


「ぎゃぁあああああ!!!」


「グワーーーッ! サヨナラッ!」



 その一撃で二人組のLPを30%ほど削った。

 久しぶりの魔術の行使だったが、拠点効果か成功率が高い気がする。いや、成功率と言うよりは、魔術の行使が滑らかだ。

 思った通りに発動すると言えば良いのか。

 狙った位置に発動できた。


 さっきまで私が良いようにやられていた理由もそこら辺にあるのだろう。敵陣内での行動阻害。そして自陣内での行動補正。

 拠点内に滞在するプレイヤーの数が多ければ大きいほど補正値は上がっていく、か。

 これは早く合流するのが得策だよね。


 結局LPを削られながらも探偵さんやとろサーモン氏には逃げられた。手傷を負わせたのでまずまずと言ったところか。


 そして、新たな拠点の獲得を祝って、全住民に掌握領域でインスマスの秘薬(弱)を付与した。

 大量に入る加算値。しかし上限値が決まっているのか100以上には増えなかった。


 そもそも一人で拠点をいくつも持つ私がおかしいのだろうか?

 こればかりは私の判断では分からない。もっとみんなと意見交換をする必要があるな。



 滞在時間も残り10日。

 やれるだけやってみよう。

 手探りなのは何もこっちだけじゃない。

 聖典陣営も同じなのだから。


 問題は未だ誰とも合流出来ていないくま君の行方だ。


 無事に合流した( ͡° ͜ʖ ͡°)氏ともりもりハンバーグ君は協力してムーンビーストを支配下に置き、神格召喚を果たした。

 しかし既に崇める神を持っているムーンビーストに他の神格を信仰する心の余裕はできなかった様で拠点の獲得にまでは至らなかった様だ。

 ちなみにもりもりハンバーグ君は侵食に100振った様だ。

 最大値である。なんとも尖った割り振りに思わず笑みが溢れた。いや、私も人のことをどうこう言えないけどさ。


 さて話はくま君に戻る。

 彼の姿は終ぞアーカムシティ近辺には見当たらなかった。

 そもそも怪物なんてどこにも居ない。

 会話の通じない種族を総じて怪物と決めつけるのはもったいない事なんだけどねぇ。

 それを彼に言うのも違うか。


 掲示板に顔を出せる辺り、この世界にはきてると思うんだけど。いったいどこに行ったんだか?

 件の掲示板を再度覗き込み、新しく建てられていたスレッドを覗き込む。


 そこでは今獲得してる拠点情報と神格情報の共有がされていた。

 


 ■拠点

 ダン・ウィッチ村/アキカゼ・ハヤテ

 アーカムシティ/アキカゼ・ハヤテ


 ■神格

 クトゥルフ/アキカゼ・ハヤテ【侵食+50】

 ガタトノーア/もりもりハンバーグ【貫通+50】


 ■同盟

 ヨグ=ソトース/ウィルバー



 ほぼ私の名前と組んだ相手で構成されている。

 他のメンツはと言えば、合流する事を優先して動いてる様だ。

 拠点システムの開示で、一緒にいることの旨みが見えてきたからだと彼らは語る。

 そして近い場所まで来ていると連絡を取り付け、私はその場へ急行した。

 そこには成し遂げた顔つきの( ͡° ͜ʖ ͡°)氏ともりもりハンバーグ君が居た。幻影たちも元気そうだ。スズキさんもいつになくはしゃいでる。

 サイクラノーシュ君やヤディス君とハイタッチして一緒に踊っていた。

 このまま歌い出しそうな勢いだ。

 それを横目に合流の挨拶を交わす。

 


「ようこそ、我が拠点へ」


「( ͡° ͜ʖ ͡°)おう、出迎えご苦労。こっちがムーンビーストに手こずってる間にもう二つ目か。やっぱり爺さんは爺さんだな」


「それ、褒めてるの?」



 苦笑いをしながら皮肉混じりの挨拶を受け取る。



「お疲れ様です、お義父さん。流石の手腕に脱帽です。よもやもう二つ目の拠点を入手しているとは、やりますね」


「そう言う君こそガタトノーア様をお出迎えしたんでしょう? 立派なものだ」


「ありがとうございます。しかしあの方は少しばかり無口でいらっしゃる。ヤディスの通訳なしでは未だ言葉も交わせない始末で」


「それは仕方ないよ。神格というのはおしなべて横暴だ。私のクトゥルフさんもね……いや、彼の場合はお喋りだったな。私の情報はアテにしないでくれ」



 近況報告を兼ねながら拠点で一休みする。

 かつて探偵さんが事務所を構えていたアパートに陣取り、二人を迎え入れた。

 神格は別空間に待機して貰ってるらしい。

 神様は召喚したところで戦力とはならないようだ。


 居ればいるだけ信者獲得に磨きがかかるらしいよ?

 知らないけど、もりもりハンバーグ君の感じ取った情報ではそうらしい。初耳だよ。


 そしてそれを他のみんなにも伝達すべく掲示板を開こうとしたところで( ͡° ͜ʖ ͡°)氏に待ったをかけられる。

 どうやら何か拭いきれない懸念があるようだ。

 それがくま君の行方について。


 彼はくま君が聖典側のスパイではないかと疑っているらしい。

 流石にそれは言いがかりにしたって酷い。

 私は彼のヒーロー魂を知っているからこそそう思うが、( ͡° ͜ʖ ͡°)氏から見たらただの危険なPKと同じようだ。



「( ͡° ͜ʖ ͡°)わかってるんだろ? あいつがうちら魔導書の中でも特別浮いてるって事は」


「それは……」


「( ͡° ͜ʖ ͡°)先に白状するとな、あいつ自体はこっちと仲良くしたそうにしてるが、そいつの幻影の方が聖典寄りの思考をしてやがるんだ。俺はそいつが気にくわねぇ。あいつがこっちを裏切る気がなくても、その幻影が掲示板で見聞きした事を向こう側にリークする可能性が高いと踏んでいる。俺はそれを懸念してんだ」



 考えすぎだ。喉元まで出かけた言葉を飲み込む。

 証拠はない。でも、確かに納得できることは幾つかあった。


 それが怪異をやたらと毛嫌いする傾向だ。

 くま君は言っていた。

 化け物ばかりでてきて大変だと。

 一匹づつ倒していると。

 それ以外の方法を知らないと言わんばかりに。


 幻影が交戦的なのか、はたまた幻影に言われるがままにくま君が交戦しているのか。


 私は戦うよりも仲間に引き込む選択をした。

 だってその方が絶対いいもの。

 仲違いするよりずっと建設的だ。

 敵が増えずに仲間が増える。最高の選択だ。


 そんな私の意見に同意するプレイヤーが多い中、くま君だけが全く違う目線で私たちを認識していた?



「狂えるアラブ人。アブドゥル・アルハザードが書き記したネクロノミコンの特性故か」


「( ͡° ͜ʖ ͡°)かもな。あいつだけ敬う神格が居ないんだ。怪異に対する耐性が低い故に、敵対視するしかねーのかもな。そういう意味では聖典に近い。魔導書陣営だとしても、いつか裏切るかもしれねー奴を内側に置いておきたくねぇ。俺は間違ってるか?」


「いいや、とても為になった。その可能性もあると、言いたいのだろう?」


「可能性どころか確信に近いけどな」



 断じる( ͡° ͜ʖ ͡°)氏に迷いはない。

 彼は見た目こそ世紀末モヒカンの様だが、実力者の一人。

 数の多さでこそ有名なクランだが、そのメンバーをまとめてる幹部でもあるのだ。


 でも、私くらいはくま君は無実だと信じたい。

 例えシェリルにうまいこと利用されていたとしても。

 なんとかして救い出したいと思ってる。


 正義に形なんてないことは、他ならぬ私が知っていることだから。

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