第42話 腹の探り合い

 娘との一戦を終えてから、私は九尾君の指導に勤しんでいた。

 それ以外でのログインはしてなかったので他のことには気をかけなかったのだが、何やら掲示板が荒れているらしいね。

 なんでも一人のベルト持ちの能力が解明されたとかで物議を醸し出しているとかなんとか。


 それからかな? 何やら私を見る目が恐れる様な、距離を取られる様になったのは。



「完璧にマークされてるよ、少年」


「なんでですか」



 久しぶりに探偵さんと雑談を交わす。

 この人は相変わらず主語を語らずにものを話すから此方から聞き出すのが難しいのだ。

 うっかり語り過ぎれば情報漏洩してしまい、というかそれが目的なのだろう。

 友達同士だと言うのにいつの間にやら心の距離ができてしまっているのが悲しいね。



『だいたいハヤテさんの自業自得では?』


『あーあー聞こえなーい』



 不意に突っ込まれるルリーエからの合いの手に、私は持ちネタを使って回避する。

 いや、冗談はさておき。

 ルリーエのツッコミにも心当たりがあるのだ。



『探究心には逆らえないのが私と言う人間だ』


『ひゅーひゅー』



 その結果が怪異との遭遇、和解、歴史改竄と、とんとん拍子にこなしてきてしまった。

 最後の歴史改竄については私は関係ないと言ってるのに誰も聞いてくれやしないんだもの。参っちゃうね。



「で、マークと言うのは君達聖典陣営にって事でいいんだよね?」


「そうとも言えるし、それだけとも言えないね」


「探偵さんはもう少し主語を語ろうよ。少年探偵アキカゼロールだって言うのはわかるんだけどさ」



 確かに原作主人公も思わせぶりな態度を取り続けているもんな。自分だけはわかっていて、周囲にはそれとなく匂わせているだけ。最後の最後に直感が当たっていた、と事件を解決するのが常套手段。

 曰く、それを言いふらして仕舞えばどこかに潜んでいるだろうスパイに情報が漏れてしまうから、らしい。

 なので探偵さんがロールプレイヤーとして突き詰めているからこそ、この人は私をあしらう様な態度を取るのだ。


 たまーに本心が見え隠れする時があるけどね。



「無論。それもあるけどそればっかりじゃあ無いよ。少年の事だから僕がどちらの陣営なのか知ってて聞いてるんだよね?」



 ああ、そう言うことか。

 聖典同士で組むに当たって、クランメンバーだからと魔導書陣営に対して黙秘事項があるらしい。

 それで彼としては私に語れないことが多いのだろう。


 だからといって、自分の現状を知りたいと言うのも私だ。

 なんせこの人が一番詳しそうなんだもの。



「そうだね。クラメンである以前に探偵さんとは親友だと思ってるから。話せる範囲で教えてくれないかな?」


「親友を持ち出されてしまっては致し方ない。僕が今ここにいられるのも少年がいてこそだし。良いよ、話せる範囲で語ろうか」



 おお、言ってみるものだ。

 今まで腕を組んで小難しそうな顔を浮かべていたのに、今は両手を膝の上に乗せてどっかりとソファに腰掛けている。

 原作主人公も語り出す時にこのポーズを取ることが多いのだ。

 これは心を開いてくれたか?



「結論を言えばそうだな、我々聖典側は少年を危険視してるよ。君の娘さんが提供してくれた資料によると、君は支配区域にあるものならなんでも入手、合体出来るらしいじゃない? それこそスキルや称号スキルに至るまで」


「それとフレーバーやテイムした古代獣もだね」


「……え、それも合体出来るの?」



 うん? 何やらシェリルの手渡した資料には私の戦闘スタイルの全てが記載されている様ではない様だ。

 私の言葉を聞いた探偵さんが首を捻る。



「どうだったかな? できそうな気がするんだけどまだ試してなかった気がする」


「脅かさないでよ。ただ一点、霊装は取得できない。これはあってる?」


「単純に私が霊装を一個しか持ってないから試すも何もないんですよ。スキルのショートワープと被りますし」



 先程は誤魔化したけど、これは本当。


 試してないと言うのもそれがあるからだ。

 単純にショートワープと特性が駄々被りなんだよね、あの霊装。

 じゃあ他の霊装を取得すれば良いじゃないのと思うかもしれないけど、なぜか興味が湧かない。


 ヒャッコ君のを見るに、それこそ面白そうな霊装があるのは知ってるけど、なかなか食指が向かないんだ。


 それよりも周囲に目がいってしまうんだ。

 きっと自分だけ能力を高めるのが本当に向いてないんだろうね。なんでゲームをやってるんだろうって話になるけど、そこはそれ。


 孫や遠く離れた家族とこうして語らえるツールとして見ている部分もあるからね。

 強くなるために遊んでるわけじゃないのさ。



「なるほどね。概ね理解したよ。ではお礼にこっちの情報を語ろう。来たる大戦の舞台への経路が判明した。少年は分かる?」


「おおよそは」


「流石、最も深い絆を持つ者だ。大戦の舞台まで把握してるとは。ちなみに僕達ベルト持ち専用に作った列車の何もないところは最寄駅だったりするのかな?」



 流石は探偵さん。あんな投げやりな場所に駅を置いたのにもしっかり疑問を抱いてくれてた様だ。


 単純に景色がいいだけでは納得してくれなかった。

 私が駅を置いたのは例のイ=スの民がいる場所やミ=ゴの領域の近隣だ。

 現場のに向かうには一つ山を越える必要はあるが、領域に入る際、あの独特な肌にまとわりつく気配を感じるので分かるだろう。


 そこを抜けた先にこれ見よがしに駅があるって寸法だ。

 空を飛べたらすぐ見える見晴らしのいい場所でもある。

 景色も良い長閑な場所でもあるけどね。



「騙されてはくれないか。以前私の配信で砂嵐がやたらと映る時があっただろう?」


「ここ最近はずっとじゃない。でも確かに偶然にしては多すぎるね。もしかして意図的に砂嵐にしていた?」


「私の幻影がね、正気度ロールを毎回振るのは大変だろうって配慮してくれたんだ」


「そう言えば君の幻影はこの目で見たことないな」



 幻影として見てないだけで、常日頃から身の回りにいるからね。今もそこでお茶を汲みしているスズキさん。

 名乗りましょうか? ってチラチラこちらを伺ってくる。

 やめなさい、と静止をかけて腹の探り合いに戻る。

 スズキさんが名乗っても、きっとこの人自分の幻影明かさないからね。明かし損だと思うよ?



「それはお互い様でしょう? あ、そうそう。うちの幻影は最近アイドルデビューしたんですよ。聞いてないです? ブループラネットっていう二人組なんですけど」


「つくづく君達魔導書陣営はおかしなことばかりするよね。アイドルデビューって……」



 この度ルリーエは、スズキさんの別バージョンではなく、正式にアイドルとしてデビューした。

 ヤディス君と共に地下で過ごす神格を歓迎するダンスと独特な音域で紡がれるメロディを前面に押し出す歌が魅力だ。


 ちなみにハーフマリナーや、魚人種にしかウケは良くない。

 なんせうちの陣営向けの冒涜的なメロディだからね。


 けどアイドルランキングは右肩上がりで駆け上っている。

 これもひとえにヤディス君の一生懸命さがなせる技だね。

 主にルリーエとの対比が議題に上がっている。

 対にする事で差が出るが、両方に味があっていいのだ。



「でも知名度を上げるのにはこれ以上ないパフォーマンスだよ。私たちの時代では考えられないけどね、配信とはそれだけ多くの人が手に取りやすい情報媒体なんだ」


「確かにね。そこに激戦区であるアイドルをやらせれば次第に白熱していくと言うわけか。ファンとしても応援してるアイドルが上に行けばいくほど嬉しいものね。意外と理にかなってるのが悔しいな」


「そうそう。ついでに信仰値も爆上がりで一挙両得ってね。そう言えば探偵さんの信仰値はどれくらいあるの?」


「高くはないね。でも0じゃないよ?」



 本当かなぁ?

 確かに0じゃなきゃ、1でも2でも0より上。

 あまり具体的な数字じゃない。



「そうでしょうね。多分一番高いのが私なんだと思うんだ」


「どれくらいか窺っても?」


「流石にそれは言えないでしょ。でもそうですね、50よりは上ですよ」


「そんなに!?」



 探偵さんは言葉でこそ驚いているが、表情はいくらでも覆せると言いたげだ。目だけが驚いてないのがその証拠。

 実は20000あるって知ったらどれ程驚くだろうか?

 50よりは上、にしても上限がおかしすぎたかな?

 まぁ嘘は言ってないしへーきへーき。



「あんまり驚いてはいないみたいですね。実は僅差だったり?」


「流石に見抜かれてしまうか。そうだね、少し劣ると言うのは認めるよ。てっきりもっと高いのかと思ってたけど、世界をとってもそこまで伸びないものなのかと、少し思案していた」



 案の定、私の出した数字を基準に計算をしていた様だ。

 根っからの考察勢だよね、この人。

 だから迂闊に情報を提示できないんだ。


 でも魔導書陣営にとって、私に注意が向けられてるうちは良いのかな?

 実際に敵対したら確実にやばいのはもりもりハンバーグ君だ。

 今はまだ私の影に隠れてるけど、私の眷属達なら砂嵐の向こう側を直視できる。

 そこに移された真実を知れば私を危険視してる場合じゃないだろうに。

 だがその先を見るにはもれなく私の眷属になる必要がある。

 情報を得られる代わりに味方になってね? と言うミイラ取りがミイラになる作戦だ。


 それに少しずつ、ヤディス君の知名度も上がってきた。

 実の所ベルト持ちプレイヤーよりも、幻影の知名度如何で信仰値の変動は大きいのは私だからこそ知る事実。


 誰かの足を引っ張るのも良いけどね。

 自らの地位向上を目指さない君達はずっとその場で足踏みをし続けることになるよ?

 自分の地位まで相手を下げても、伸ばす事を知らない事には負のスパイラルだと私は思うんだ。

 


「だろうね、考察は原作主人公の本分だ。ロールプレイヤーの君もまたそうなのだろう」


「今日は有意義な話が聞けて良かったよ」


「攻略できそうかな?」



 攻略。それは私に対してかける言葉だ。

 大ばかりを見て小を見過ごす彼らの攻略は果たしてうまくいくのだろうか?



「そこは君次第でしょ。PVPにそれほど意欲的じゃないって楽観視してたらあの映像。随分と楽しそうじゃない?」


「できないことができる様になっていくのは楽しいですよ?」


「やられた方は溜まったもんじゃないからやめなさい」


「自分たちもやれば良いだけなのに、一方的に言うのは良くないな。それともやり方がわからない?」


「挑発には乗らないよ。でも忠告には感謝する。要するに僕達は君に嫉妬している、とでも?」


「そう受け取られることを自白してる様なもんじゃないの。こちらの揚げ足取りばかりに夢中で、自分の成長に目を向けないのは悪循環だよ?」


「ふっ」



 探偵さんはそれっぽいポーズを取って踵を返した。

 さっきまでの負け惜しみの応酬でも、去り際だけは完璧なんだよなぁこの人。


 雑談ルームから消えた探偵さんを見送り、スズキさんが私にお茶を淹れる。

 相変わらず磯の香りが強めだが、すっかり私の体はそれを受け入れてしまっている。



「情報与えすぎじゃないですかね?」


「彼には私のライバルになってほしいからね。あそこで燻ったままでいて欲しくないんだよ」


「普通は真っ先に潰すものじゃないですか?」


「一人で勝利をもぎ取っても虚しいものさ。切磋琢磨しあえる相手が欲しくなる」


「それをあの人に見出していると?」


「スズキさんは、ルリーエは不満?」


「よくわかりません。けど……」



 ルリーエは一旦言葉を切って、自分の感情を吐露する。



「それでハヤテさんが負けるのは嫌です」


「負けてもそこで終わりじゃないよ。次は勝つって感情が成長を促すんだ。反省だってするし、厳しい修行だって乗り越えられる。君達神格に連なるものたちには理解し難い感情かも知れないけどね、私たちの時代、人類はそうやって苦難を乗り越えてきて今があるんだ」


「はい」


「ルリーエだってそうだろう? クトゥルフさんが眠って、いつかまた起きてる姿を一目見たくて頑張れた。今ではもう起きているけど、その時の頑張りがあるから今の生活がある。その頑張りは無駄だったなんて自分に言える?」


「言えないです。それがあったから僕はハヤテさんに出会えて、旦那様とも一緒に過ごせました」


「うん、だからね。苦労や頑張りは誰にでも須らく訪れる。しなくて良い苦労は極力避けたいと思うけど、しないといつまでも自分の立場は変わらないと私は思ってる」


「だからマリンさんに苦労はしておけと言うんですね」


「出来るだけあの子にそんな苦労はさせたくないんだけどね」


「あー、さっきと言ってること違います!」



 プンスコと怒るルリーエをよしよしと宥める。

 自分が苦労をした分、家族や孫に苦労をさせたくないと思うのは親ならではだろう。


 しかし子を思うからこそ、本人の成長を促すために苦労はしたほうがいい。

 人から言われたところで、本人にその意思がないといつまで経っても気づけないからだ。



「それでも私は彼ならその苦労を乗り越えられると思ってる」


「その心は?」


「なんと言っても私と同世代だからね。越えてきた修羅場の数が違う。娘世代だってきっと乗り越えてきた修羅場は数多くあるだろう。でもね、根本的な考え方が私と彼女たちとで違うんだ。でも彼なら……」


「ライバルになり得る、と?」


「まぁ、彼にその気があるかはわからないけどね。腐っても主人公気質だからね。いつまでも誰かの下についているのはらしくない」


「でもそれって気持ちの押し付けなんじゃ?」


「ハッハッハ。なんのことだかわからないな」


「そうやって笑ってごまかすー」



 図星をつかれたら笑ってごまかすのは私の世代では常套手段だ。私も彼も、結局似た様な性格をしてるからね。

 故にライバル視してるのは私だけじゃなく向こうもと思ってしまうのは私だけじゃないはずだ。

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