第14話 逆流!? 時間旅行 Ⅲ

 

 連れて行かれた先は、普通に牢屋だった。

 そこには一切空気がなく水だけ。

 地上に浮かんでいるにもかかわらず、薄い水の膜で覆われた世界なのだ。マーマン達に優しい世界。

 此処がかつてクトゥルフさんが存在していた世界か。



[そうだ。懐かしいな]



 内側から声が響く。

 すっかり慣れ親しんだ声だ。

 最初はその存在に臆していたけど、内面を知れば彼は至って普通の大黒柱。

 種族が違うだけであんなにも人間に忌み嫌われてるのだ。

 まぁサイズとか価値観とかだいぶ違うもんね。

 


[それを許容してくれたのは、後にも先にも君だけであるな。皆がそうであれば良いのだが]



 彼ら的にはフレンドリーに接したかったのだろうが見た目がね? 

 陸で生きるものと海中で生きるものは生態系からして違うから。



[嘆かわしい事にな]



 あ、そうそう。クトゥルフさんが表に出て説明してもらうのはどうだろうか?

 そうすれば私達はこの牢獄から無事に解放されるのでは?



[それは難しいだろうな。なにせ私の存在を強く感じる。眠る前の私は些か横暴でね。頭の痛い話ではあるが]



 そう語る彼の口調はどこか投げやりだ。

 怪しい奴は取り敢えず牢屋行き、の時点でそのスタイルは察せる。


 それに隠しておきたい黒歴史の一つや二つあるのかも知れない。

 まぁ、私も? 誰かを貶せる程いい父親ではなかったんだけど。



『ようやく繋がりました!』



 おっと、この世界の協力者からの通達だ。

 何故か違う場所に取り込まれてしまったルリーエは、何処に存在してるかも全く分からぬ状態である。



[ルリーエ。この世界は何万年ほど前か察せたか?]


『え、あなた!?』


『おっと。感動の再会は後にしてもらおうか。この世界でなら彼は目覚めた状態で私と共にある。それを理解してくれればそれでいいよ』


『はい……そうですね。本当はもっと募る話もあるのですが……でもそれ以上にやっぱりハヤテさんは凄いなって、改めて感動しています』



 そうなのかな?



[確かにな。人の身でありながら私が存在してもそれに押し潰されずに存在し得るのは奇跡だ。ルリーエが気にいっただけはあるな]



 大袈裟だよ。

 私はただの父親だ。そして君も同じでしょ?

 種族の違いこそあれ、立場は似た様なものだ。

 だからこそ共感できるものがあった。


 不器用だけどまっすぐな彼女を見てればわかるよ。

 きっと大勢の人から慕われてたんだなぁって。

 私も広い人脈を持っているし似た様なものでしょ。



[確かに、そう解釈すればそうなのかもな。人はまず私の見た目を受け入れてくれぬが]



 ははは。そこは少しづつ目を慣らしてもらうしかないよ。

 最初彼女の仮ボディを見た時、私ですら三度見しましたからね。



[だ、そうだ]


『お恥ずかしい限りです』



 そんなクトゥルフ夫妻とな楽しい団欒。

 普通なら牢屋に閉じ込められたら悲壮感漂うものだが、私はそうではなかった。


 変身状態の私はミニクトゥルフさんの様なもの。

 ずんぐりむっくりとした胴体にいくつもの触腕を生やした怪人。落し子の派生。

 化身的な存在。


 彼らにしてみれば久しぶりの故郷の空気だ。

 代わりに私はそれを体いっぱいで受け止めてやる。



≪それにしても、此処の空気は不思議と海中と同じだね。地上なのにどんな原理なんだろう?≫



 牢屋はもっと巨大なものでも入れておくのだろう巨大な空間。

 本来なら出入り口は真上なんだろうなと思わせる穴が空いており、その上から見たこともない金属がかぶせられている。


 私はマーマン専用の入り口から押し入れられたが、不意にその謎の金属がにゅうん、と開いた。

 粘土を無理やりこじ開けた様な、そんな様子を見せる天井。

 そこから巨大な海獣が現れる。

 ヤツメウナギの様な長い胴体。そしてその先端には大きく開かれた口と、飲み込まれたらただじゃ済まない様な幾重にも並んだ歯が見える。



≪食事の時間らしい≫


[食されるのはあちらか、こちらか。と言う気もするがな]


『何事ですか?』


≪大した事じゃないよ。此処の流儀に則って行動するだけさ。クトゥルフさん、行けるかい?≫


[いつでも]



 では遠慮なく。

 私たちの心が一つになり、此処は召喚する必要もなくルルイエそのもの。だったらやれる事はひとつだ。



≪〝掌握領域・ルルイエ〟≫



 触腕を振るい、眼前にまで突っ込んで来た彼をショートワープで回避。地面に追突したヤツメウナギへと渾身の右ストレートを加える。本来なら海中デバフを与えるが、相手が海中生物であるなら意味がない。なので本来なら自分の武器であるその強靭な歯を、右ストレートの先へと顕現させ、大穴を穿った。



 掌握領域。

 それは……ルルイエの加護下にある存在全てを手中に顕現させる能力だ。

 対シェリル戦で痛感した事だが、顕現させるだけで自分のものになるかは別問題。

 そう思っていた時期が私にもあった。

 けど本当は全く別の用途がある様だ。



[その通りだ。これの本来の使い道は不器用な私たち家族の得意分野を王である私が代わりに無理やりに引き出す技法。家族相手に振るうなど笑止千万ではあるが……]


≪まぁやっちゃったものは仕方ありません。せっかく出された食事ですし、美味しくいただきましょう≫


[本当に君という奴は……いや、今はそのポジティブさを見倣うべきか]



 頭の中に呆れたような声が響き渡る。

 彼は案外物事を深く考え過ぎる御仁の様だ。

 ジキンさんタイプかな?


 頭を失ったヤツメウナギから拳を引き抜き、血に塗れた海水を水操作で分散させる。

 血も滴る肉、と解釈すれば美味しいのかもしれない。

 

 本当なら蒲焼きにして食べたいところだけど、生のままいただく事にする。そういえば、食しても正気度削られないな?


 単純に敵として向かってきた相手はカウントされないのだろうか? それともクトゥルフさんが目覚めてるから?

 理由はわからないが、減らないならそれでいいか。



[どうやら釈放の時間みたいだ]



 足音……はしないので、気配を察してくれたのだろう。

 クトゥルフさんの読み通り、牢屋の入り口から数人のマーマンがやってきて血に塗れた海水を掃除し始める。


 しかし一向に私を気にかける様子はない。

 だから私から声をかける事にした。



≪美味しい食事をありがとうね。あんなに活きのいい食事は久方ぶりだ≫


≪貴様!? 生きていたのか!!≫



 マーマン達が一斉に私に向き直り、武器を構え始めた。

 そんな彼らの足元に、重力操作。

 海とほぼ変わらないこの空間での重力は私でも厳しいが、重さを同じにすれば問題はない。


 出会った時は会話をするつもりだったが、向こうがその気なら私も対応を変える他あるまい。



≪平伏せ、マーマン達よ。我が主人の意思を伝えよう≫



 此処でクトゥルフさんのご登場だ。

 精神を入れ替えるのは本当はあまりお勧めするべき行為ではないが、此処は水戸のご老公ポジションの彼に任せた方が話は早い。



[聞こえるか、子供達]



 私の意識は内側に引っ込み、クトゥルフさんの気配が大きくなる。



≪貴方様は!?≫


[首を垂れずとも良い。楽にして聞け]


≪ハハーー≫



 やはり私の狙い通り。

 彼が表に出てから話がとんとん拍子に進んだ。






 そしてこの時代のクトゥルフさんとのご対面。

 彼はそこにただ鎮座していただけであるが、その威圧感は見るものを恐怖させる。圧倒的支配者のそれだった。


 本来なら此処で正気度を喪失させる様なものだが、今の私は表に出ていないのでセーフだ。



[久しいな、兄弟]


[誰だ貴様は]


[私か? 私は未来のお前だよ。助言を授けにきた。今の私の力では時渡りに耐えられる精神はなくてね。替えの依代を使わせてもらってる]


[未来の我だと!? 嘘を吐くならもう少しまともな嘘を言ったらどうだ]



 確かにこの時代のクトゥルフさんは些か強情の様だ。

 そう思えば今のクトゥルフさんは随分と丸くなったものだ。

 やはりずっと眠ってた負い目もあるのだろう。


 全盛期の頃に比べて絶滅の危機に瀕してる眷属達。

 そのやるせなさは仕事を終えて家に帰ってきた私に冷たく当たる家族とどこか酷似している。


 私の考えが家族に伝わっていなかった。

 労わろう。そう思ったのか今のクトゥルフさんは本当に私と良く似ている精神構造をしていた。


 いや、似ているんじゃなく、似たんだろうな。

 いつから私と共にあったのかはわからないが、スズキさんが近寄ってきた時には既に意識が芽生え始めていたのだろう。


 私を通じて変化を遂げたクトゥルフさんは、過去の自分になんて言って聞かせてやるんだろうか?

 内側でひっそりと息をひそめながら私は彼の動向を見守る事にした。

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