第5話 そうだ、撮影旅行に行こう Ⅱ
ブォン、くるくるくるくる、パシ。
ブーメランを投げている。
何度放っても、どんなに勢いをつけようが戻ってくるそれを何度も投げているうちに若干楽しくなってきたのは内緒だ。
「うむ、案外手に馴染む。これは拾い物かもな」
「ハヤテさんもすっかりお気に入りで良かったです。でももうちょっと僕の相手をしてくれてもいいと思います」
若干拗ねた口調のスズキさん。
そりゃ夢中でブーメラン飛ばしてれば心配もされるか。
「あはは、ごめんごめん。大体要領は得たからもう大丈夫だよ。これからはちゃんと撮影旅行に行くからね」
「どんな景色が見れるか今からワクワクですね。それで、最初はどこから行きます?」
「やっぱりファストリアからかな?」
「ファストリアですか?」
どうしてまたそんな場所に?
そんな態度で尋ねてくるスズキさん。
「忘れちゃった? まだ君が地上に出てくるのがやっとな時に、水場のある風景を見つけてくるって約束してたよね」
「そんな昔のこと、覚えててくれてたんですか?」
「昔というほど昔かな? まだ一年くらいだよ。当時の私は突然始まったイベントにてんやわんやですっかりそのことを後回しにしてしまって居た。その間にスズキさんは陸上で歩ける様になってたし、有耶無耶になっちゃってたじゃない?」
「それでも嬉しいです。僕ですら忘れちゃってたのに」
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
スズキさんと手を繋ぎ、街の噴水前にあるポータルからファストリアへジャンプする。
「さて、お散歩しましょうか」
「これ、もしかしてデートですか?」
「どうなるんだろう? 君がそう思うんならそうじゃないのかな?」
「じゃあそう思うことにします」
握ってくる手に力が込められた。
若干ヌルッとするのは気にしてはいけない。
「なんだか久しぶりに来ましたけど、相変わらずガラガラですねぇ」
「みんな奥に奥に進みますからね。一番最初の街はNPCが多いいんですよ。NPCだけでも街は維持できますから」
「プレイヤーは街になんの貢献もしてないってことを聞かされて悲しくなるなぁ」
「もちろん、サードウィル以降はプレイヤーの介入できる余地がありますよ? 出来ないのはここと次くらいです。中間地ぐらいの要素しかないので」
「そんな場所にあんなギミック仕掛けるんだから、運営も意地が悪いよね」
「あれは街連動イベントだからですよ。本来は12個の町が全部出揃ってからフレーバーがあからさまに光ったりなんかして知らせてくるものなんです」
「じゃあ偶然私が見つけちゃった形なんだ?」
「そうなりますね。その上でばっちりギミックを作動させての撃退ですから。山の人も成し遂げられなかったと驚きの声をあげて居ましたよ」
「山の人って……ああ、どざえもんか。いや、登山家だけどさ」
懐かしい話をしながら街を練り歩く。
私の配信を知ったのか、それとも普段より大人しめのスズキさんに違和感しか覚えないのか、こちらを見る目はどこか奇異なものを見ているかの様だった。
「見られてますね」
「そうですか? まぁいつもの事ですよ」
「お互いに目立つ格好してますからね、諦めますか」
「です」
人垣ができるほどではなく、遠目から見守られてる感じが続くだけだった。どうやら私イコールで配信者のイメージがついてしまったのか、カメラを探して居たらしい。
私が普通に歩くのがそんなに珍しい事なのだろうか?
一介のプレイヤーに過ぎないというのにね。
と、モヤモヤした気分を抱きながらもファストリア中心外を抜ける。
「そういえばこっち側、きた事なかったですね」
「どうしてもギルドとポータル、食事どころに人が集中しますから。NPCの居住区にまで目を向ける人はいませんよ」
「度し難いね。そういう場所にこそ情報は転がってるのに」
「多分会話で得られる情報は既に獲得済みだと思いますよ」
「そう言えばそうか。ただでさえここはスタート地点。私は後発組だから来た時には全て情報が抜かれたあとなのか」
「だと思います。でも全部ではないですね。蓄積フレーバー発動イベントと、称号連動発動イベントはまだ回収されてないはずです」
『ねぇ、ずっと言わないでいたんだけど。そんなにプレイヤーにNPC情報渡しちゃっていいの?』
周囲の人の目がないのを見計いつつ、用心しながら念話を送る。
『多分僕は世間では嘘つき呼ばわりされてるのでデマだと思われてますよ。というより広範囲にデマだと思わせてます』
『用意周到というか、嫌われ者を買って出ているというか』
『僕はハヤテさんだけいれば良いので』
『でも同じクラメンさんには仲良くしてあげてね?』
『はーい、努力しまーす』
全く熱を感じない棒読みでそう返される。
仲良くするのに努力する必要があるのか。
まぁ彼女はキワモノだし、って言うか彼女自らが相手にそう思わせてる節まであるな。
本当に魔導書の幻影というのは厄介な性格をしている。
「あ、あそこのお店。ペット用のリード売ってますよ」
本人はデートだと思い込んでいるというのに、嬉しそうにそのリードの先にある首輪を自分の首に宛てがう。
「残念、僕に合うサイズはなさそうです」
「君、今日はデートで来てるのにペットになるのがご所望なの?」
「僕は別にどっちでも。ハヤテさんが望むなら吝かではありませんが」
スズキさんが急にもじもじし出した。
うん、まぁそういうところは中途半端に愛らしいよね。
そう思うのは私がクトゥルフさんと同一化されたからだろうか?
スズキさんを見ても嫌悪感どころか愛情さえ感じ始めている。
魚類が愛おしく思うというか、多分今日以降魚が食べられなくなるかもしれない。
リアルに影響なきゃ良いけど。
「じゃあリードだけ買って、首輪の部分はオクト君に特注しようか」
「わーい」
そんなに嬉しい事なのだろうか?
まぁ嬉しがってるから良いか。
ファストリアは街を分厚い壁がぐるっと回る不思議な作り。
まるで砦の様に外からの襲撃に用心してる作りだった。
プレイヤーが拠点とする南区。
NPCが住んでる北区。
北に行けば行くほど重要施設はほとんど見なくなる。
まるで危険な場所にプレイヤーが集中する様に設計されてる様な、そんな違和感を感じた。
そして北区の果てには行き止まり。
けどスズキさんは歩みを止めない。
目の前には壁があるのに、先に行きましょうよと繋いだ手を引いた。
そして私の意識は壁の向こうへと吸い込まれ……
本当のNPC居住区、ファストリアの裏側へとやってくる。
「ここは……」
「NPCの仲介無くしては入れない場所です。ハヤテさんはどちらかというとこちら側ですから、だから僕がお誘いしました。さぁ、ここなら神格召喚しても外に影響は無いですよ」
恐ろしいことを言ってくる。
まるで私にクトゥルフになれと言ってる様にすら聞こえた。
私は、アキカゼ・ハヤテだ。笹井裕次郎だ。
なのに心の奥から別の名前が浮かび上がる。
ああ、そうか。
随分と前のことだから忘れてしまっていた。
そうだった私は。
神格召喚。
かつての自分を今の体へ呼び起こす。
肉が弾ける様にその場から飛び散り。
血肉を啜る様に飛び散った肉片が一つに集まり形を成す。
元の形に戻る様に、本来あるべき姿に戻る様に。
もう一つ、かつて私だった記憶を思い出し、そして君臨する。
「ただいま、ルリーエ」
「おかえりなさい、あなた。ようやくお目覚めになってくれたのですね」
「どうして長いこと忘れて居たのだろう、こんなに愛しい君を」
「仕方のない事ですわ。それが定め。因子として世界中に散らばって居たあなたを集め切れるものが現れなかっただけですもの」
「ならば感謝しても仕切れぬな」
「はい」
一方的に会話が続く中、
ふわふわと浮き上がる意識がクトゥルフの内側から叫びをあげる。
『なーに勝手にでしゃばってきてるの、君。今は私とスズキさんの時間だよ。ルリーエって誰さ?』
それは確かにアキカゼ・ハヤテの、笹井裕次郎の記憶。
本来神格が降りてきたと同時に焼き切れてしまってもおかしくないはずの精神がそこに居た。
「そうだね、そうだった。懐かしいからと気が逸ってしまった。許してくれ」
『本当にね、けど君の気持ちもわかるよ。今は君にその肉体を貸そう、積もる話もあるだろう。二人だけの時間を尊重しよう』
「良いのかね? 私は助かるが、君の存在は希薄になってしまう」
『私にも思うところがあるのさ。そして夫として妻を愛でたくなる気持ちはわかるつもりだ。そして私を舐めないでもらおう。君の存在を知りつつ同居を許す男、アキカゼ・ハヤテをね』
「そうだった。君はそういう男だ。だからこそ彼女が気にいる訳だ」
『では束の間の憩いの時間を楽しみたまえ』
「そうさせてもらうよ」
クトゥルフさんに意識を委ね、私の意識は闇へと飲まれた。
そして、浮上する様に意識が浮かび上がる。
「──さん、ハヤテさん!」
「ハッ」
「大丈夫ですか?」
「ああ、少しの間夢を見て居てね。私はどのくらい寝て居た?」
「あの方角を見てから急に倒れるからびっくりしましたよ」
そこには壁があった。
スズキさんが手を引っ張って、NPCがいるべき世界へと連れ出してくれた、世界を隔てる壁が……あった筈だ。
「どれだけその壁が気に入ったんですか?」
「おかしいなー、確かにこの場所に入れた筈なのに」
「見ての通り、ここは行き止まりですよ。もう、変なハヤテさんですねー」
押しても引いても、その場所はピクリともしない。
ただの壁だ。でも強烈に焼きついた映像が頭から離れない。あれは一体なんだったのだろうか?
「ルリーエ」
「えっ」
「知ってるの?」
「僕の真名です。なんでハヤテさんが知ってるんですか?」
「多分きっと、私の中のクトゥルフさんがお目覚めになったんだ。もう大丈夫。君の夫は目覚めたよ。私の意識の深いところに、彼の意識ははっきりと存在している」
「本当、ですか?」
「私が君に笑えない冗談を言ったことがあったかな?」
「いっぱいあります」
「それは失礼。けどクトゥルフさんが目覚めたのは本当だよ。彼は……もう一人の私だ」
「やっぱり、そうだと思ってました」
その場でスズキさんがギュッと抱きついてきた。
ああ、やっぱりこれほど愛情を感じてしまうのは私にクトゥルフが宿っているからだ。
そして頭の中の魚料理はグロテスクな、嫌悪するものへと変換されていく。
リアルに影響なきゃ良いけど……そう思いながら泣き出す彼女が落ち着くまであやしてやった。
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