第3話 レイドボス要請 Ⅲ

 全てが無へと帰す中、圧倒的存在感を放つ者が二つ合った。

荒れ狂う暴風、破壊の化身シヴァ神。

 領域内にて全てを寛容に見守るクトゥルフ。

 その二柱のみが深海フィールドに残された。


 それ以外の生物、プレイヤーは塵へと消え去る。

 未だ本戦前。半分の能力しか持ち得ない神々の代行戦争は全てを圧倒してぶつかり合う。


 しかしここは我らがクトゥルフの拠点、ルルイエ。

 彼の御方を前に無様を見せる訳には行かなかった。



『リリー』


「御身の前に」


「! やはりその子は……」



 シェリルがアイドルデビューしたスズキさんの正体を察した。

 普段のサハギンスーツは身に纏わず、ルルイエの幻影であるリリーの姿でシェリルの前でカーテシーを披露する。



『彼女はルルイエの幻影リリー。スズキさんは世を偲ぶ仮の姿という奴だ』


「あちらが素ですけど」


『今大事な話してるところだから茶化さないで』


「はーい」


「そう。おかしいと思ったのよ。鈴木、という名の担任と貴方の接点がつながらなかったの。貴方がログインしている時、その教諭はアリバイがあったわ」


『そこまで裏を取っていたんだ?』


「私の家族にまで接してきてるのよ? 一応調べるわ」



 律儀というか、なんというか。

 心配性なのは変わらずか。



『それで、こちらはまだ余力があるけど。降参する気は?』


「ないわ。それと父さん」


『何かな?』


「余力なら私もあるの。シヴァ神の異名は幾つあるかご存知?」


『確か数千の名を持つ破壊の神』


「正解。今のこの姿も、その一面でしかないのよ。他のモードもある。けれどそれにはバクチを打つ必要があった」


『一度上昇したら二度と下げることのできない侵食度の増加だね?』



 シェリルは頷き、右手を顔に添えた。

 怒髪天を突く様に髪を揺らし、その表情が青から赤へと変わっていく。



「こちらはまだ使い慣れてないのだけど、四の五の言ってられないわね。──祖は破壊の化身。我が身を喰らい、顕現せよ──ルドラ」



 先程までは雷が周囲を覆っていたけど、こちらは風が海水を飲み込んで大渦を作った。

 雷も付属品の様に纏い、赤いシェリルが身体中にカマイタチを漲らせ、一歩歩いた。

 たったそれだけで、大地にヒビが入る。


 終末を予感させる。

 流石は破壊の化身だ。


 しかしこちらとて旧支配者。

 そして領域の操作はお手の物である。

 九尾の能力による超再生で壊れていくフィールドの全てを復元させていく。



『終わりにしよう、シェリル』


「ええ、この勝負……勝つわ」



 ただ握られただけの拳が、ゆっくりと前へと突き出される。

 されだけで真空の刃が海水を巻き込んで私の元へと到達する。

 砂をも巻き込み視界が揺らめく。



『甘い!』



 風には風で対抗する。

 8本ある腕の一つで風操作を行い、フルスロットルで相殺する。威力を殺しきれずに余波で幾つかもらうが、直撃するよりはマシだろう。

 そして砂煙が消える頃にはシェリルの姿は眼前には無かった。


 水が動いた様子はない。

 ならば、テレポート!



『来い! 山田家!』


[クルォオオオオオオン(あ、出番?)]



 なんだか随分と頼りない幻聴が聞こえた。



『炙り出せ、状態異常攻撃!』


「無駄よ!」



 シェリルは山田家の首をかまいたちで切断しながら流れる様に私の元へと辿り着き、



「チェックメイトね、父さん」


『まだだよ』



 レーザーブレードを触腕で掴み、ズタズタに焼き切られながら引っ張り上げる。

 すぐに手を離すシェリルだったが、体勢は崩れただろう?


 そちらの肉体が人間ではないというのなら、上半身が軟体動物と化した私の肉体もまた人間のものではない。

 そして、



『風じゃ大地は刻めまい──顕現せよ、ルルイエ』



 クトゥルフの眠る場所。

 その拠点が、謎の金属で作られた海中都市が、実体化する。

 


「くっ!」


『私は確かに手札が少ない、その自覚はあるよ。けどね……勝てないからと諦めるつもりは毛頭ない。勝てればラッキーぐらいのつもりで食らいつかせてもらうよ──召喚、ボール強化型』


「魔法は私に効かないわよ?」


『そうやって何でもかんでも知った気になっているのは君の悪い癖だね』



 ボール強化型。その本質は触手から放たれる多種多様な魔法。

 だがその肉体は泥であり、海中の中では当然溶け出してしまう。

 ならば私はそれを早めるために風操作と水操作でかき混ぜてやる。



「なに!? 自滅!?」


『いいや、泥水になっても存在は消えない。ボール強化型はフィールドと一体化したのさ。──掌握領域、ボール強化型。私の攻撃に、窒息効果と全属性魔法ダメージが付与された。ただそれだけのことさ』


「奪い取ったの!?」


『人聞きが悪いね。奪ったんじゃない、借りたんだ』



 ショートワープで左斜め後ろに飛び、握り拳を脇腹に叩き込む。



「ぐっ!?」


『人とは違う骨格とは言え、バランスを司る腰を揺らされればフラつくだろう?』



 すぐに態勢を戻されたが、やはり効果は抜群のようだ。

 打たれた場所を押さえてフラついた足取りを見せるシェリル。



『掌握領域、山田家。さて、私の攻撃は次々と進化するぞ?』


「なんて出鱈目な能力なの。この領域にあるものは全て父さんの手の内というわけ? ……ハッ、もしかして。こっちの能力も!?」


『出来るかどうかは分からないけどね、やれるだけやってみよう──掌握領域、シヴァ』



 私の触腕がバチバチと放電し、ズタズタになる。

 発電はするのだが、向こう側の攻撃として受け取られるのだろう、発した腕の方がダメージを負った。



『出来なくもないようだ』


「くっ、降参するわ。今から手の内を晒すのはあまり得策とは言えないもの」


『君はそう言うだろうと思ったよ。ルドラもまだ扱い切れないのだろう?』


「何でもかんでもお見通しなのね」


『父親だからね。娘のことはよく見ているんだ』


「そういう無神経なところは嫌い」



 それだけ言ってログアウトしたのだろう。

 フィールド内は少しづつ復元していった。



『いやはや、一時はどうなることかと思ったけど。なんとかなったな』



 ははは、と乾いた笑いを浮かべながら九尾くんへと声をかける。レイドボス化を解除し、変身状態も解いた。

 戦闘の疲れが一気に肉体に押し寄せた気がする。

 その場に座り込み、すぐ横に腰を落ち着けた九尾君が先程の戦いの感想を述べ始める。



「我は何もできなかった。お主は凄いのだな、あの者を追い返して見せた。何度も負けた我が言うのも何だが、あの者は諦めることを知らないと思っていた]


「それは違うよ。あの子はね、あとちょっと頑張れば勝てる場合は無理をするんだ。無理をしてでも勝ち、次は無理しなくても良い様に勝つ。それを続けていきながらペースを把握するのが得意なんだよ」


[それは……一度でも負けて終えば延々と負け続けると言うことではないか?]


「君がそのままならそうだね。だから相手にするのが面倒だと思わせればいい。それだけで向こうは簡単に諦めてくれるからね」


[それは先程の戦いの時か?]


「そうだね。私は彼女にブラフを並べた。領域内の全ての能力を自分のものにできると思い込ませた」


[違うのか?]


「違うよ。本来の能力は領域内にある全てを自在に移動させる程度のものだ。あれは手元に能力を集中させて出しただけだね。私のものになったと言うのは法螺だよ。そう思わせた方が諦めてくれる確率が高いと思ったからね」


[そうか。アイディア次第で簡単にひっくり返るものなのか]


「もちろん、二度目はないよ。次もまた来たら普通に負けると思う。だから九尾君も覚悟はしておいて」


[そうならぬ様に研鑽を積ませて貰うぞ。今日は世話になった、兄弟]



 そう言って私は彼のフィールドからお役御免を受け、クランルームへと戻ってきた。



「おや、絆値が回復してる。たった一回で25%も回復してしまっていいのかね」



 協力する前はたったの5%だったのが、今見たら30%まで上がっていた。

 もしかしなくても勉強させたのが良かったのかもしれない。

 それよりも爆上げしてしまった侵食度をどうにかしないとね。

 もう50%超えてるのって私くらいじゃないの?

 シェリルも多くて30%って感じだし。



「ハヤテさんは諦めて僕の旦那さんになってくださいよ」



 いつの間にかスズキさんがリリーの姿でお茶を淹れてくれた。

 私好みの玉露に茶柱が一つ浮いている。



「それとこれとは話が違うと言うか……私は一人の女性に操を捧げているからね。違う人探した方がいいよ?」


「リアルのお話じゃなくて、こっちの世界でのお話ですよ」


「あー、うん。考えとく」



 話を切り、話題を変えた。

 気のせいかもしれないけど、最近玉露から海の匂いがするんだよねぇ。もしかして私の肉体はちょっとづつクトゥルフに近づいてきているのだろうか?

 あとで探偵さんにこのお茶試飲させてみよう。

 そんなことを考えながら何気ない一日を終えた。

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