第40話 ゲーム内配信/vs古代獣ヤマタノオロチ Ⅶ

 前回は色々と憶測で物事を図りすぎたので、今回は祠を念入りに調べることから始めた。


 しかし壁画には九本の首を持つ魔物が人々を苦しめる絵しか残っていないのだ。

 そして祠の奥に意味ありげに置かれたビームソードの残骸と酒瓶。私は壁画とビームソード、酒瓶を順番にスクリーンショットに収めていく。同時にナビゲートフェアリーをオンにすると……


 祠とは逆の方向にフェアリーが道を作っていた。

 まさか隠し通路の類いがあるとは。


 私が壁を調べている様子を見て、ジキンさんが声を上げる。



「ちょっと、出発前に何してるんですか?」


「この先に通路がある」



 壁の中に体を半分埋めてやると、ジキンさん以外が驚いた様にこちらを見た。



「隠し通路!? イベントエリアにもあるんですね」


「もしこの先に重要な攻略の鍵が潜んでたら大変でしょう?」


「確かに。どうせ一度始まれば長丁場です。どの道失敗するにしろ、攻略の鍵が多い事に越したことはありませんね」



 ジキンさんは私に向けて、と言うよりも周囲を納得させるための言葉を選んで語る。

 この人は出会った時からそうだ。自分の言葉に責任を持っている。長いこと会社の顔なんてやってたから言葉一つとっても尻尾を掴ませない口調が多いのだ。素が出ない限りはね。

 

 ひとりごち、苦笑する。

 通路の先は光源が取れないくらいの闇が包む。

 ここにスズキさんが居たら笑いを取りに走るだろうけど、それを好き好んで仕掛ける物好きは居ない。

 私とジキンさんが交代で陽光操作を扱い、道を照らす。


 道中は一本道。ナビゲートフェアリーの反応がないまま巨大な壁画が私たちの前に現れた。

 そこには私たちの欲しい情報が描かれており、酒の正しい使い方も記されていた。


 なるほど、そう使うのか。

 振り撒くのも、飲ませるのも悪手。


 正解は浸すのだそうだ。

 どの道効果は一時的。ならばビームソードを一度酒瓶に沈め、取り上げてから使えとそう書かれていた。

 それが十本目の首への特効武器である様だ。


 あれは古びたビームソードの残骸ではなく、正規の攻略手段だったのだ。

 壁画の通りに酒瓶にビームソードの残骸を沈めると、淡い光を放ちながら姿を変えて浮き上がってきた。



[イベントアイテム:十束剣を獲得しました]



 効果:ヤマタノオロチへの特攻武器。

 バリアを貫通し、固定ダメージを与える。

 エネルギー残量がなくなり次第効果を失う。

 酒に浸せば再度使用可能。

 


【隠し通路の奥からイベント武器発見は熱いな】

【流石アキカゼさん、探検もピカイチですね】

【イベント武器自体は最初から置いてあったろ?】

【アトランティスやレムリアから見たらゴミにしか見えないからスルーされて当然】

【灯台下暗しってやつか】

【いや、あれは誰だってスルーしちゃうって】

【ナイス発見】


「そうなると私達の計画は大きく見直すことになるね」


【どんな計画だったんですか?】


「酒瓶死守して隙を見て飲ませるやり方だね」


【あー……それは企画倒れですね】

【乙】

【乙】

【乙】


「取り敢えず十束剣は誰が持つ? この中だったら巨大化できるくま君がふさわしいと思うけど。瓶は私が死守するよ。エネルギーが切れたら受け取ろう」


「くまもそれでいいくま。もうあんな危険運転はまっぴらくま」


「ハハハ、言われてますよムササビさん」


「なんだよー、くま助はわかってくれると思ったのによ~」


「さて、では我々は各自で一泡吹かせてやりますか。くま、僕のメカとアウル君のメカとどっちに乗る?」


「もう乗り物は懲り懲りくまー」


「私が輸送で一緒に飛ばしますよ。目眩しにこれを空中にばら撒きます。ダメージは与えられないでしょうが、ヘイトは十分とってくれるでしょう」


「アキカゼさんに頼るくま」



 今後の展望を話すとくま君は私の話に乗り気を見せた。

 これと言うのは私の方に乗せてるボール型の事だ。

 しかし後悔するよとジキンさんが後ろ髪を引く様に追い討ちをかける。



「そうか、くれぐれも風操作の権限はその人に渡すなよ? 僕の様に散々なことになってしまうからな」


【完全にビビってて草】

【ヘビー戦の時のあれは恐怖体験でしたね^ ^】

【あー、あれは誰だってびびるわ】

【紐なしバンジーを上下左右で360°やらされるからな】

【それもやらされる当人になんの許可もなく、な】


「………………やっぱりとーちゃんのところ行くくま」



 そこでコメント欄が当時の配信映像を面白おかしく捏造し、こちらに傾きかけていたくま君の気持ちを激しく揺らした。



「えー」


【あれはアキカゼさんが悪いですよ】

【当然なんだよなぁ】


「僕は息子のことならなんでも分かってますからね。この子は昔から乗り物があまり得意ではないんだ」


「それ、あなたのメカにも適用されるんじゃないですか?」


「くまはそこまで子供じゃないくまよ。いつの話くま」



 くま君はいつまでも子供扱いしてくるジキンさんにブスッとした対応で返した。それでもめげずに父親アピールを始める辺り鋼の精神力は認めましょう。



「ほら、息子は僕の味方です。大丈夫だ降りる時は大きくなってから降りればいい。昔してやった肩車の様なものだ」


「そんな記憶ないくま。とーちゃんはずっと忙しそうにしてて一緒に遊んでくれた記憶がないくま。捏造くま」


「く、くま。今それをここで言わなくてもいいでしょ!」


【サブマスさんめっちゃ慌ててる】

【お互いに記憶が行き違いで草を禁じ得ない】

【一代で会社築いたんなら忙しくて当たり前よ】


「ですねぇ、私は平でしたけど仕事はたくさんありましたからね」


「ハヤテさんだって同じでしょ。シェリルさんから距離置かれてたじゃないですか」


「そ、それは今回のイベントに関係ないでしょ?」


「あ、この人話題変えて逃げましたよ。ズルいんだ!」


「いつも冷静で判断を間違えないとーちゃんがアキカゼさんの前だと素を見せるのが新鮮くま。本当はもっとくま達に本音を聞かせて欲しいくま。くまもにーちゃん達もそれをずっと待ってるくまよ?」


「そ、それは……」


「はい、その話は一旦辞めにしましょう。ジキンさんは早く息子さん達との間にある軋轢を取っ払っちゃってくださいね。今日の戦闘は協力が全てですから」


「分かっていますよ。余計なお世話です」



 ジキンさんはあくまでも平静を保ちつつ、こちらのお節介を打ち切った。今回もケンタ君との関係を回復した様に話をコントロールしようとしたのでしょうけど、逆にこんがらせちゃいましたね。



「くま君も、ジキンさんを信じてあげて。この人だって好きでそんなふうな生き方をしてるわけじゃないんだ」


「それは分かってるくま。くまも少しは頼りになるところを見せてやるくまよ」


「うん、その意気だ。彼の中で君たちはまだ小さな子供の様に見えているらしいからね。その間違いを正してあげて欲しい」


「言われるまでもないくま」



 今回のチャレンジは私が言い始めたことだけど、ここに来て見栄だけで形成されていた親子の関係に罅が寄ってしまった。

 私としてはジキンさんの悪い癖だとしか言いようがないけど、同じ子供を持つ親としては身につまされる思いだ。


 

 バトルに入る前に妙にしんみりとしてしまったけど、大丈夫かな? ちゃんとできるかなとちょっと心配だった。



「ほっほ、若い時は多くの悩みを抱えるものじゃて。その悩みが難題であればあるほど、乗り越えた先の成長が見違えるものじゃ」


「師父氏もそういった難題を乗り越えてこられたのですね?」


「如何にも。未だ勉強中の身。この世界は寝たきりのワシにも生きる活力を与えてくれる素晴らしき世界じゃ。そこで出会う人々との触れ合いもまた心地よい。ワシから見れば全てのことが微笑ましく思えるわい。孤独というのはそれだけ精神を蝕むからの。ワシはもう一人は嫌じゃ。もし肉体が滅んでも、この世界で暮らしていたい。それぐらいには気に入っているんじゃよ」


「ええ。でしたら今回のイベントも是非師父氏の生きる糧にして欲しいですね」


「ふふ、久しぶりに血湧き肉躍るわい。今のワシには血も肉も持ち得ておらぬがな。それでもこのアバターには生きようとする執念が受け継がれておる。不思議とな」


「師父氏はレムリアの系譜はご存知で?」


「いや」


「これは私の娘と見つけたものなのですが、彼らは他二つの陣営の理解者であろうとした。精神生命体の彼らは二つの種族を分析して、その人間サイズのボディを形成したと言います。それは交渉の為。武器を取ったのは強さを見せるため。それこそが望みだとそう認識しているから」


「そうか。ではワシはなるべくしてレムリアに導かれたというわけじゃな。ワシの人生も出会いの連続じゃった。しかしその全員と仲良くなることはできなかった。その度に思うのじゃ、自分の何がいけなかったのか。次はああしよう、こうしようと試行錯誤を尽くしたよ。そのおかげで今がある。それでも思うんじゃ、人の生は短いと」


「はい。レムリアはそれを噛み締めて生き長らえた種族です。分かり合えぬまま時代が過ぎ去った。彼らの願いは共有です。私達は陣営は違えど分かり合える。会話言語が同じだった事もそうでしょうが、それ以前に同じ目的のためなら手を合わせる事だってできます」


「然り。目の前で間違いを起こそうとしているものがいたら正してやるのも務めじゃな。では行こうかアキカゼさん、テイムするまでは付き合おうじゃないか」


「心強いお言葉です。重ね重ね、あの時お誘いしてよかった」


「感謝しとるのはワシらの方じゃよ。あの時誘ってくれたのがアキカゼさんだったからこそ今のワシらがあるんじゃからの」



 拳をぶつけ合い、口角を上げる。

 そこに浮かび上がる表情は老いさばらえた年寄りとは思えぬ活力がみなぎっていた。

 レムリアのフェイスカバー越しに師父氏の表情が窺えたのだ。

 やはりレムリアは人からかけ離れていても、その内面は人と同じ様な精神を持ち合わせていたのだろうと思った。

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