第43話 ちょっと寄り道 Ⅵ

 音の巫女が臨戦態勢に入った時、色石が浮き上がり、音を発した。


 ──キィィィィン

 金属を打ち鳴らした様な高音と低音の振動が周囲に響く。

 それは色石から発せられている。


 同時にレムリアの器もまた同じ音を出して私の目の前で浮き上がって共鳴する。



「共鳴した!? でもどうして? これは我らと天の祖の誓いの証のはず!?」


「実は私、精霊様から敵対意識を向けられない存在なのです」


「それは、本当か? 試練とは我ら龍神族のみならず、地に巣食う種族に共通に訪れる成長を促す義務だ。しかしなぜお前はそれを免れることができた」


「私はこれをあるお方からお借りしています。その方曰く、アトランティス人。それも穏健派だと仰っていました。お心当たりは?」


「ない。だが……先程の音色は随分と懐かしい感じがした。ご先祖さまの魂にも触れることができた。先程の無礼を詫びよう」



 まだ心のどこかで葛藤があるのか、巫女様が恨みがましい目でレムリアの器を睨め付けている。非常にいたたまれない気持ちになるが、向こうも同じだろう。

 何せ祖先の仇らしい。



「もし宜しければ過去に何があったかお教えくださいませんか?」


「なぜ語らねばならぬ。これ以上は資格を必要とする。契りを7つ重ねてから来るが良い」



 おや、いきなり不機嫌になったぞ?

 いきなり会話が途切れた事に内心焦ってしまう。

 何か会話の切り出しに覚束ない点はあったか?

 少し前のログを辿っても、それらしいものは見つからなかった。一体何に対して怒っているのかがわからない。


 なぜこうも契りの数を優先させる?

 契り=信頼度という事なのか?

 わからないけどそう考えて良さそうだ。



「ならば私がこれを持つ為の試練をお与えください」


「なに? なぜ私がそこまでせねばならぬ」



 巫女様の表情が曇った。あからさまな嫌悪感を募らせている。

 だがこれを認めてもらえれば、これを手放しで持ち歩ける。

 これがムー人との対話に必要不可欠なのにだと知らしめられるのであれば、私も気が楽だ。だからこそ嫌われても良いと頭を下げた。



「言ったでしょう? 私は精霊様から手出しされる事はないのです。ですので契りを交わすことに意味はありません」


「貴様、精霊様を馬鹿にするつもりか! 地上人だからと偉そうに!」



 え? なんの話です?

 話が飛びすぎて理解ができない。

 彼女が何に対して怒っているのか理解不能だ。

 誰か通訳してくれませんか?

 同じ言語を話しているのに会話がまとまらなくて困ってしまう!



「落ち着いてください、巫女様」


「これが落ち着いていられるか、バカにしおって!!」



 ヒートアップした状況で戦闘もやむなしか?

 そう思った時、さっきまでムカムカしていた巫女様の表情から熱が引いていき、急に冷静さを取り戻していた。


 ちょっとぉ、情緒不安定過ぎやしませんか?

 怖いなぁ。



「済まぬな、少し熱くなった。我ら龍神の民はちょっとしたことで頭が沸騰する。良い音色だった。そこのもの、感謝するぞ」



 後ろをチラリと見ると、探偵さんがサムズアップしていた。

 どうやら先代様の記憶の他にも冷静さを取り戻す効果もある様だ。

 めちゃくちゃ重要じゃないですか、妖精誘引。


 これが今まで使われずにいた理由がわかりませんよ。

 いや、探偵さんだからこそ当たりを引いたのでしょう。

 あの人もなんだかんだで探究心の赴くままに行動しますからね。


 そしてシェリルの話だと、契りを重ねないと会話が一方的に遮断されるとの事だけど、きっとNGワード踏んだんだな。


 私もそれを気づかずに踏んでいた様だ。

 もっとも、どこがNGに当たるかわからないけど、地上人と地下人類はまだまだ鎖国を解いたばかりの日本人と同じみたいだ。

 諸外国の地上人に関してあまり良い感情を持ってないのかもしれない。


 そういう繊細な部分をぶつけて来るのも調査が難航している理由かもね。

 こんなに沸点の低い人はなかなかいないよ。

 少なくとも、山本氏の方がまだ会話ができる。あの人も沸点低いけど、NGワードは分かりやすいし。



「それで、試練だったか」


「はい」


「ならば今から精霊術を使う。お主らは力の一片しか扱えぬが、9の契りに至る事でその真の力が目覚める。それを体験してもらう」


「それだけで良いのですか?」


「それだけとはなんじゃ。9の契りを終えた精霊術をそこら辺の術と比較するでない」


「申し訳ありません。なにぶん龍神族にも精霊術にも浅学なものでして」


「良い。こちらも知っている体で話した故な。それでは始めるぞ。見事耐えて見せよ」



 巫女様の宣言と共にパキン、と空間に皺が入って砕け散る。

 どうやら戦闘フィールドに招かれたようだ。

 私はレムリアの器ver.βを構えて対峙した。



「行くぞ、音の精霊様の力をとくと味わうが良い!」



 リィイン……

 金属が響く音があちこちから聞こえて来る。

 そして動き出す巫女様。

 拳に何かが巻き付いているのが見えた。

 私が受け止めると同時に何かが霧散する。


 これが精霊術!?


 それでも元の身体能力が高いのだろう。

 完全に威力を殺し切る事はできずに、数歩下がって体勢を整えた。受け止めた腕が痺れてるよ。

 一体どんな力込めて撃ったの?

 見た目から想像できないくらいにパワフルな巫女様だ。

 舞踏よりも武道の方がお得意と見える。



「ほぉ、殺すつもりで撃ったのに、精霊様が庇い立てなさった。そちの言葉は真実だった様だ。それとその身のこなし、精霊様の加護がなくとも相当デキるだろう?」



 ちょ、物騒なこと言いましたよ、この人。

 まるで活きの良い獲物を見つけた猟師の如く獰猛な笑みを浮かべる巫女様。狩猟民族さながらの逞しさを見せる。



「今回は巫女様にも手加減してもらいましたから、こうして無事に終わらせることができた。そう思っていただけませんか?」


「ほう、殊勝な態度じゃ。地上人とはもっと上から圧をかけて来るものだと思っていたぞ?」



 シェリルは一体どんな交渉してるのさ。

 少し思い返して、妙に納得する。


 彼女は無駄な会話をカットする徹底主義者だ。

 そうやって無駄を省いてしまっているうちに、根本的な物を見失ってしまっていたのだろう。

 そういう意味では龍神族も似ているのかもしれない。


 変に偉そうで上からで。

 それを思い浮かべて苦笑する。



「地上人の全員が全員そうだという訳ではありませんよ。それとこの地を開拓したどざえもんさんはどのような方でしたか?」


「ああ、彼は黙して語らず。表情で会話を楽しんでおられる御仁じゃな。精霊様とも意思を通しており、精霊様を介して会話を行える唯一の御仁じゃ」



 龍神族から見たどざえもんさんの認識は想像以上に高いようだ。その上でシェリルのやらかしもひっそりとケアしているようで、どざえもんさんを失ったら彼女の探索は座礁に乗り上げてしまっていた事だろう。



「ですよね。彼ならそれくらいしていると思った。実はあの方は数少ない私のフレンドでして」


「おお、どざえもん殿の! そうであったか。ならば先に教えてくれれば良いものを」


「ですがそれだけではこうして詳しい話も聞けませんでしょう?」


「うむ、そうだな。我らは実力を最も尊ぶ」



 それはその巫女らしくない民族衣装を見てれば分かります。

 浮き上がった筋肉は見るものを萎縮させますよ、ほんと。



「それで私の判定はどうでしたでしょうか?」


「ああ、合格じゃよ。そして精霊様がお前を認めていることを確認した。契りどうこうという言葉ではぐらかした事は詫びよう」



 やっぱりあれはぐらかしてたんだ。



「ううむ、何から話して良いものか」



 こうして先代音の巫女様との思い出語りが紡がれる。

 たびたび乱れる思考は、都度探偵さんが妖精誘引で引っ張り寄せてくれたのでなんとかなった。

 つまり会話を円満に導くためには、風の精霊との契りが必要不可欠と言うわけだ。


 そして5まで育てた妖精誘引は5回の使用で打ち止めになってしまった。

 やはり契りの数が使用回数に直結している様だ。


 結局巫女様の沸点の低さから話は明後日の方向へ飛び、突然の武力介入でおじゃんになってしまう。


 やはり巫女様も言う様に契りの回数はズルしたらダメだな。

 9に至ると扱える能力というのは非常に魅力的だけど、それよりも前に会話が成立しないのが問題だ。


 NGワード多すぎでしょ、龍神族。

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