第37話 八の試練/敵意 Ⅴ


 前回募集したアルバイトの人にたくさん作ってもらった装備を揃え、私達は八の試練へと再度出発した。

 迷宮そのものはエネミーの中とあって異様な雰囲気が漂っている。早速お出ましのエネミーを叩き伏せ、前へ前へと歩み進める。



「はい少年ストップ」


「なんですか?」



 探偵さんの声に振り向きつつ、立ち止まった瞬間に足元が不意にぐらついた気がした。そして敷き詰められたレンガが落ちていき、足元には大きく開いた穴だけがある。そこの見えない深い闇だけが私の足元に広がっていた。



「そこ、落とし穴あるから注意ね」


「それを早く言いなさいよ! あと止めるならもっと早く言って!」


「だって君、飛べるじゃない」


「そうだけど、そうなんだけど! 心の準備ってものがあるでしょう?」


「ハッハッハ。でも少年、ダンジョンだと言うのに油断しすぎていた少年も悪いんだよ?」


「人をトラップの上で呼び止めた人とは思えない指摘だね。まぁ私だからそうしたのだろうけど」



 その通りだ、と少年探偵は肩を揺らして笑った。


 こんなトラップもあるからか、移動は魔法の絨毯を使って行う。何故か六角形のコタツが中央に置かれ、暖を取りながら朗らかな雰囲気で始まるダンジョンアタック。

 大体がスズキさんの私物と言うあたりでお察しだろう。



「スズキさん、僕もお茶が欲しいなぁ」


「えー、この前野菜ジュースの方がマシって言ってたじゃないですか。僕としては健康のために断然青汁なんですけど」



 私が玉露でほっこりしてるのを横目に、犬獣人苦手なものでも入っていたのか、顰めっ面でメンバーを脅すサブマスターの姿があった。



「スズキ君、僕のコーヒーこの前より苦くなってない?」


「そんなことないですよ」


「ほんとかなぁ? ブラックは好きだけど、この前より舌が痺れそうな苦味が強まってる気がするんだけどなぁ」



 その横では少年探偵が湯に対してコーヒー豆の割合が随分と多くないかと指摘を入れている。

 わかってないね、これは対応の差だよ。ちなみに女性陣にはフレッシュジュースを絞ったミックスジュースが割り当てられてる。

 スッキリとした甘味に、程よい酸味が合わさってて最高だと絶賛されている。

 だからか、なおさら老人二人がブー垂れているのだが。

 いい歳した大人が情けないですね。



「さて、お客様がいらっしゃいましたよ。さ、立って立って」



 現れたのは通常の『ボール型/触手』。

 普通に倒そうと躍り出るスズキさんを制し、考えがあるからと少年探偵が前に躍り出る。

 触手の先端に炎が現れ、そして火の玉が真っ直ぐと少年探偵に襲い、リング型の魔法反射を使うとあっさり倒れた。

 耐久が一瞬にして消失したのである。


 

「どう言う事?」


「ずっとおかしいと思っていたんだ。僕たちはエネミーのお腹の中にいる。なのにダメージを与える手段が全くなかった。そこに来て魔法反射の出来る素材が手に入る。相手は魔法を扱ってくる。偶然にしたって出来過ぎじゃないかってね」



 ──ああ、つまりはそれこそが鍵であり武器と言うことか。

 私より多くこのダンジョンに潜っているからこその気付き。

 流石少年探偵だ。潜ってきたゲームの数が違う。



「ほら、視界の上部にエネミーの耐久を示すゲージが出た」



 そこには[ 99/100]と出ている。


 たったそれっぽっち、と思ってはいけない。

 こちらはたった6人。フル装備しても30個×二秒だ。

 一回一秒だとしたって間に合わない。明らかに人数不足。

 否、作れる職人の部位を回せばギリギリ間に合うか。



「確かに一匹一匹倒していては埒があかない。けれどだからこそのモンスターホールだと思う」



 私の思考を否定するように探偵さんが言葉を続ける。

 けれど魔法の威力がどれほどの物かわからない。危険ではないか?



「少年、そう心配そうな顔をするな。これは確かに危険な賭けだ。だがミラージュ★のストックもあるし、それでも逃げ切れなかったらフェイク★を使ってでも逃げるさ」



 そう言えばそれもあるのか。心配して損した。



「無事に逃げれるとわかった途端に冷めた顔して、君と言うやつは……」


「なんですか?」


「いや、なんでもない。それでこそだと思っただけだ。普通ここは引き止める場所だよ? なのに君はあっさり死地に向かう僕を見送ると言う。ちょっと寂しいなと思っただけさ」


「何言ってるんです。私は勝てる勝負しかしない探偵さんがやれると言うから信じてみようと思ったんですよ。じゃなきゃ言い訳並べてゴネるじゃないですか、あなた」



 探偵さんは大声で笑って誤魔化した。

 そんなやり取りを見ながら他所で戦闘を継続していたサブマスターとスズキさんはやるなら早くやってくださいよ、と言いたげに表情を顰めている。



 結果、全方位から魔法の集中攻撃を受けた探偵さんが透明の姿でダッシュしてこっちに戻ってきたのは10秒もせぬうちだった。

 寧ろ4秒目からほぼミラージュ★が発動していたあたり、装備していた部位が弾かれると、そこがカバーできなくなると言う現実を突きつけられた形である。


 しかし減らした耐久ゲージを見れば、大健闘。


[ 68/100]



 たった10秒で30近くのダメージを叩き出していた。

 そこからは言うに及ばず、



「さぁ、次は誰が行く?」



 探偵さんの瞳はミラージュ★とフェイク★のストックが残ってる私とジキンさん、スズキさんの三人に向けられていた。

 女性陣にはこれらのスキルをとってないので今回は参加してもらう必要はない。


 無論、私達はその後譲り合いという名のなすりつけ合い合戦が始める。

 やがてジャンケンに発展し連続で二回負け越したジキンさんが恨みがましい視線を私にぶつけ、モンスターホールに旅だった。


 四つん這いで犬のように駆けて逃げ帰ってきた時はスズキさんが指をさして笑っていたっけ。私も探偵さんも笑いを堪えていたけど、やはり吹き出してしまった。

 しくじったなぁ。こういう時にスクリーンショットを撮れない私はカメラマン失格だ。


 耐久は残り36。私はスズキさんと顔を見合わせて、残りの端数は任せたよと肩で風を切りながらモンスターホールの前に立つ。


 いくらスズキさんがイロモノ枠とは言え女性だ。

 女性を死地に向かわせる男にだけはなりたくない。

 ま、何度も死に戻りさせてるので今更ではあるが、あまり彼女に失望されたくはなかった。



「フェイク★」



 まず最初にホールの真ん中にヘイトを集中させる。

 一斉にその場所に魔法が叩きつけられていく。

 相手側に向かう魔法でエネミーを傷つけても、頭上の耐久ゲージは微動だにしてくれない。だからこその反射……いや、エネミーの耐久を削る効果を載せて反射させるのかも知れないな。



「ショートワープ」



 これは多分AP+STが同時に減るタイプのスキルなのだろう。視界の端でAPが減っていくのを確認しながら、私の肉体は魔法の雨が飛び交う場所へと移動した。

 反射のリングが砕け散り、魔法ダメージがLPを勢いよく削る。パキンと砕け散ってもなおミラージュ★の残数がある限り意識はそこにあり続ける。

 パキン、パキンと残数が空っぽになるのを見越してもう一度フェイク★を自分の肉体の後方へ逸らし、そしてLPが削られなくなったのを見越して再びショートワープで帰還した。



「やぁ、ただいま」


「おかえりなさい、ハヤテさん!」



 キャッキャとはしゃぐスズキさんに迎えられ、一瞬で私の姿が掻き消えて、現れるのを見たメンバー達から質問攻めに合う。

 そこで私は新たに獲得したスキルの説明を施した。



「待って、それってAPを消費するだけで霊装並みのぶっ壊れスキルじゃない?」


「そうかもね。でもAP+STだから称号スキルと同じ事だよ。操作系よりやや燃費は悪いかな? たった2回でAPが空っぽだ」


「燃費が悪くても、調理アイテムあれば使いたい放題じゃないの……まさかスキルの発展先にそんなものが紛れ込んでるなんてね」



 探偵さんが私の持つスキルに物申し、妻もそれに同意する。

 確かに燃費の問題はあるが、それを克服したら実際には使いたい放題だ。



「それよりもハヤテさん! エネミーの耐久ゲージ見てくださいよ!」



 先ほどからはしゃいでるスズキさんに呼びかけられ、そこでようやくはしゃいでいた理由が理解できた。

 残りの耐久は4まで減っていたのだ。

 それだけなら他のメンバーだけでも削れるだろう。


 そして耐久が削れた時、全く違う景色が私たちの目の前に現れることになる。


 先ほどまでのダンジョンの装いとは明らかにかけ離れた近代的な装い。つまりここは古代遺跡だった?



「レムリアの文明とはまた違う感じだね」



 見たこともない材質だよ、と探偵さんが壁を叩きながらそんな事を口にした。



「今までのダンジョンはどこに行ってしまったんでしょうか?」


「分からない。けれど油断は禁物だよ」


「だね。まだリザルト画面が出てない。クリアではなく、新しいダンジョンに飛ばされたと考えていいだろう」



 探偵さんの指摘に息を呑む一同。

 どうやら八の試練は一筋縄ではいかないようだった。

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