ワールドクエスト進行 Ⅲ



 その日、AWO内に新しいクランが結成した。

 参集してくれたメンバーはどれも曲者揃い。

 中には陸戦闘において連携する機会のないサハギンタイプまでもがいた。


 錚々たる顔ぶれの中、意外にもリーダーはひょろっとした優男である。しかしその信念を持った瞳に宿る光は揺るぎない意志が込められていた。

 見た目に騙されては行けない。

 あれは相当の修羅場を乗り越えて来た男の見せる気配である。


 リーダーの男、アキカゼ・ハヤテの初見の感想は概ねそんなところだ。だが解せないのはクラン結成時に名を貸したクランの方にあった。



 クラン『精錬の騎士』

 生産関連でも内包人数や規模において中規模に位置するクランだ。そのクランリーダーが顔を出す程とはアキカゼ・ハヤテとはいかなる人物であるのか?と、クラン発表会を見に来ていた外様のクランは口々に噂する。


 クラン『漆黒の帝』

 こちらは武力関連でトップではないが、その統率力は最近の大型防衛イベントでの記憶が新しい。

 その姿を見せないことが当たり前になりつつあるクランリーダーがさも当たり前のようにそこにいる事に場は騒然となる。

 これはもう一つのクランもきっと大物に違いない。

 そこで現れたのが、誰もの目が完全に予想外だと捉えたに違いないだろう。

 クラン『朱の明星』

 間違いなくAWO内で生産と言えばここ! と言えるクランが出て来てしまった。普通はでない。頼んでもまず片手で払われるのが当たり前の大御所である。

 まるで精錬の騎士が付き人のように見える格差もあるが、クランリーダーのオクトとケインは仲良さげに握手している。


 誰がこれを見て信じられるだろうか?

 大勢の人物がその映像記録を見てガセだと騒ぎ出す中、さらにさらに、名を連ねたのはクラン『風追い人』。

 検証において他の追随を許さない一役を担って来た事前クランだ。そのクランリーダーであるカネミツが顔を連ねた席。


 発表されたクラン名は誰もがなんじゃそりゃと言葉を発したくなるクラン名に違いない。



 クラン『桜町町内会AWO部』


 錚々たるメンツの顔ぶれを嘲笑うような軽さを持つ、身内の部活動的クラン結成がその日なされた。

 勘のいい情報系クランだったらそれで終わりとは思わないだろう。


 続いて発表されたイベント発表はすごく小規模を想定されたものだったが、先に名を連ねたメンバー全員が息を飲む代物だったのは間違いない。



 『クランメンバーの今までとこれから』

 第一部・石の力

 制作:ダグラス

 文章:ジキン

 字・構成:秋風疾風

 監修・監督ダグラス


 と言うものだった。

 名前だけ見れば部報のような内容。

 だがその中身は大きく違う。

 

 イベントで出回って誰一人としてインゴット化の叶わなかった特殊合金がある。それらのインゴット化の唯一の成功例。

 そのコツやそれ以外の成功率を上げるための知識が描かれた珠玉の一品。

 発行部数300は少なすぎるし、お値段一冊2000ゲーム内マネーは安すぎると物議を醸し出したのは言うまでもない。


 このクランの底力はそれだけではないと、次の企画の発表を出したクランリーダーのアキカゼ・ハヤテ氏は、またとんでも無いことを言い出した。




「皆さん、このAWOの、あの分厚い雲に覆われた空の向こうに何が隠されているか興味はありませんか?」



 それは誰かに向けた言葉では無い。

 全プレイヤーに向けての宣戦布告。

 そこに気付いていながらも見て見ぬ振りしてきたプレイヤーたちに向けた言葉。



「今、いくつかのキーワードは手にした。AWOに新しい時代が来る。私が──それを紐解こう!」



 それは万の大群に対する威嚇でもあり、そして虚勢だった。

 クランリーダー、アキカゼ・ハヤテが束ねるクラン『桜町町内会AWO部』の名は瞬く間に掲示板を騒がせた。


 トップを走っていた者たち、情報を一端に担う者たち、それを出し抜こうとする者たち。

 そんな誰もが生まれたばかりのクランから目を背けることができなかった。


 なにせ彼には実績がある。

 イベントを踏み抜いた力もさることながら、そこからSランククリアに導いた謎の人脈がある。

 だからただ遊びに来ている者たちは、現環境とどう変わるか期待していた。


 時間軸が同じために満足に狩りができない狩場や、連携や騎装などの目新しいコンテンツがありつつも、それらを扱えるのは一部のプレイヤーだけだと悲観に暮れた。

 騎装はレアアイテムの一部だ。

 効果は一日一回までと制限数があるが、使えば戦闘フィールドを跨いで効果を出せる魅力があった。

 有名どころの二つ名の多くはその騎装の特性を表しているのもある。


 ……単純にゲームそのものに飽きが来ていたと言うのもあるだろう。それはある意味ではゲームの宿命だ。

 新規コンテンツを出していかねば簡単に飽きられてしまう。

 特にこのAWOは多くの謎がベールに包まれている。

 誰もが最初に行動したのは謎解きだ。

 しかし情報の多さで検証班に先を行かれ、手持ちの情報も旨味を失い、一人、一人と情報収集の場から消え去った。

 口を開けば時情報を秘匿しているであろう検証班を憎々しげに宣い。憂さを晴らすように雑談板でどこかの誰かが新しい情報を持ってきてくれるのをこがれた。


 単一世界だからこその協力体制も、目的が一緒ならそれはライバルを増やす事に他ならない。


 誰もが期待して、同時にすぐ自分たちと一緒になると思い至っていた。誰もが通る道。偶然がそう何度も起こるわけがない。


 そんな自分勝手な回答を、アキカゼ・ハヤテは文字通り打ち破ってくれた。


 その日誰もが天を凝視した。

 そこに今まで見えなかったものが現れたのだ。


 それは空色の空飛ぶクジラ。

 ファンシーな造形をしているわけでもなく、海洋生物的なフォルムのクジラは、なんだったら攻撃表示さえ現れた。



[システム:ナビゲートフェアリーがプレイヤーの手によって解放されました]

 発見者:アキカゼ・ハヤテ、どざえもんにはゲーム内マネーの配布と『称号:妖精邂逅者』が与えられます。これからもAWOをよろしくお願いします。

 ナビゲートフェアリーは各町のギルドでランクに応じて販売されています。

 AWOの新しい戦闘をご期待ください。


 この日、プレイヤーから失われつつあった探究心は復活した。

 二人のプレイヤーの手によって、確かに変わったのだ。


 今日も何処かで噂が走る。

 クラン『桜町町内会AWO部』のことばかりではない、とある検証クランの解散という情報の旨みによるリソースがプレイヤーの手元に帰って来たのも大きいがそれも違う。


 プレイヤーの探究心がまた新たな扉を開こうと、探索に熱が入っていた。そんなもの達の雑談が盛り上がらない訳もない。


 この停滞していたAWO世界を解放したのは一人の男の助力があった事をプレイヤーは確かに感じ取っていた。


 『アキカゼ・ハヤテ』


 その名はこれからもプレイヤーの記憶に語り継がれていくことだろう。

 ただし有名人や、嫉妬の目を向ける相手ではなく、他でもないライバルとして。


 彼の本質を語るならば探索特化。

 誰もが根を上げたマナの大木への登頂に30分もかけない異常さは実際に登ってみたものなら気付くだろう。

 彼のタフネスは恐ろしく天井知らずであるに違いない。

 だが、そのスキルの内訳を見れば誰もが目を剥いた。


 普通なのだ。

 なんだったら戦闘スキル一つ取らない徹底ぶりさえ見せた。

 スキル群は見たことのないものばかり。


 同じスキルを取った者ほど理解する、その逸脱した行動範囲はアキカゼ・ハヤテの異常性を瞬く間に広めたのは言うまでもない。



 だから自分の力で、育てて来た派生スキルでプレイヤー達は次こそは自分こそが目立つのだとAWOに熱を入れた。


 これはどこかの誰かの始まりの物語ではない。

 誰かの残した手記でもない。

 ただ忘れかけていた冒険への熱に火を焚べた者と、冒険心を焚き付けられた者たちの物語である。







※補足

■ナビゲートフェアリー

ゲーム内部で意図的に秘匿されていた隠し通路をフェアリーが形を示して知らせてくれるシステム。

網膜内にフェアリーが現れるというものではない。

やたらチカチカする場所が怪しいと思っとけば大丈夫。

ランクによって購入できるフェアリーのグレードに差がある。

高ければ高いほど『抜け穴』『トラップ』『強敵』のイメージが強く反応する。

グレードが低いうちは全部光って教えるため、無理して手に入れる必要もない。ただし無いと攻略不可能な場所があまりにも多い。



■称号:妖精邂逅者

フェアリーを網膜内で認識できる。

目には見えず、鱗粉の残光のみがその場所を強く指し示す。

青い残光なら良いこと。赤い残光なら悪いこと。

その二択だけが記される。

ちなみに他者からは妖精がそのプレイヤーの周りをキラキラ巡ってるように見えるので、めっちゃ目立つ。

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