第37話 もう一人のアキカゼハヤテ


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 興味相変わらず混んでいるようだね。

 夕暮れ時の街を歩いて行くと、待ち構えていたように寺井さんと遭遇する。



「ストーカーですか?」


「出会い頭に失礼な人ですね。フレンド登録をしておくとフレンドさんがログインした時に通知が来るんですよ。知らなかったんですか?」


「初耳です」


「だって今言いましたからね」


「これはロウガ君があなたに懐かないわけです」


「なに、あいつが私に何か異議を唱えていたんですか?」


「ちょっとした嫉妬ですね。ほら、あなたはなんでもできちゃうから。できない人の苦労がわからないんです」


「あなたにだけは言われたくなかった」


「はっはっは、なんのことやら」


「あ、この人笑ってごまかそうとしてる。性格の悪さが滲み出てるなぁ」



 距離を詰めながらのジャブの応酬は引き分けに持ち込んだ。

 この人はどんな攻撃でも受けてしまうんだよなぁ。

 もう少し有効打を与えてマウントを取りたいところですが、今日の目的はそれではありません。



「そう言えば永井さんをお見かけしました?」


「いえ。彼に何か御用ですか?」


「やはり人材不足を補うのに参加してもらおうと思いまして」


「強制はいただけませんなぁ」


「いやぁ、勘違いしていると思いますが、あの人私なんかよりゲームへの造旨深いですよ? なんだったら私の方が彼から誘われたくらいです」


「それ、いつの話です?」


「学生の頃なので40年以上前ですね」


「ほら、今のあの人の都合を考慮してない。だからあなたは平気で他人を振り回すんです」


「息子さんを散々振り回した人には言われたくないですね」


「なに言ってるんですか。そんなの父親の特権でしょ。それと振り回してなんかいません。あれは教育です」



 この人はなんの悪びれもなく言うんだから。



「で、永井さんは?」


「見かけてません」


「僕が何ですか?」



 音もなく背後から忍び寄ったのは永井さんだった。



「待ち人来たりですね」


「はい」


「ええ、僕お二人と何か約束してましたっけ?」


「はい。一緒にAWOを遊びましょうと以前に」


「この人自分の都合を押すあまりに記憶を捏造し出しましたよ」


「あ、それですかぁ」



 永井さんは照れるように後頭部を掻いてはにかむ。

 態度の変化はないことから、やる気があるように思えるが、いちいち寺井さんの合いの手がウザくなってきました。



「一応やる気はあるんですが、今詰まってまして」


「ほぅ、どこでですか?」


「ネーム選択で、です。予定していたネームが既に使われてるようでして、なかなか決まらず」



 へぇ、なんて名前にしたかったんだろう。



「お聞きしますけど、どんな名前をご予定で?」



 ここで寺井さんが合いの手を入れる。

 合いの手を入れるのが趣味なんでしょうか?

 憎々しいまでにストンと入ってくるんですよね。



「ええ、はい。お恥ずかしい限りですが、僕がゲームをプレイするときは決まってこの名前を選択するんです『アキカゼハヤテ』と。でも使われてしまいました。こんな偶然もあるんですね、いやはや、参った参った」



 永井さんはふふふと笑う。

 そして寺井さんがニヤニヤしだしました。

 あ、この人私のアバターネームバラす気ですよ。

 絶対そうだ、だってそんな顔してますもん。



「いやぁ、そんな偶然もあるんですね。一応こちらからも向こうのプレイヤーネームを語っておきましょうか。ね、笹井さん?」



 この人、私自ら言わせるつもりですね?

 さっきよりニヤニヤが強まってます。

 本当に大人気ない。そりゃ奥様も気が気じゃないですよね。

 ここはなんとしても寺井さんよりも先手を打たなくては!



「そうですね。実はそのネームは先に私が使わせていただいてます」


「ええ、酷いなぁ」


「私だって永井君がそのネーム縛りなんて知らなかったよ。言ってくれたら変えていたのに」


「そりゃそうだ。僕がそのネーム縛りを始めたのは笹井君からあのコミックをお勧めされてからだしね。笹井君言ってたじゃない? 知名度が低いからってもっと名前を売り出したいって。だから僕がネットゲーム界で広めてたんだよ」


「そうだったんだ」


「だから僕は漢字の方でいかせてもらうよ。秋風 疾風の方をね」


「名前被りは恥ずかしいなぁ」


「なに、方向性を変えれば問題ないよ」


「そうかなぁ」


「そうですよ。向こうでの笹井さんの真似なんてそうそうできませんし」



 待ってましたとばかりに寺井さん。本当にタイミングの悪い。



「そうなんですか?」


「はい。やってることはコミックと真逆ですから」


「ああ、じゃあ僕は本作主人公の模倣ができるわけですね?」


「ですね。向こうでの笹井さんは完全に名前負けしてます」


「ほぅほぅ。どんなプレイングをしてるんです?」


「それは現地であってからのお楽しみってことで」


「そこで引くのはずるいなぁ。でも、楽しみは最後に取っておく派の僕には丁度いい」


「それでこれはついでなんですが」


「なんです?」


「クランを作ろうかと思いまして、名前だけでも貸していただけないかと」


「うーん。最初は一人で色々試したいからなぁ。何か決まりみたいなものはあります?」


「無いですね」


「無いんですか?」


「この人そういうこと何も決めずにまずクラン作りましょうとか言ってますんで」


「えぇ、流石にそれは無謀すぎません?」



 永井君が引いてるじゃないですか、どんな風に誘導すればここまで悪様に私を貶めることができるんですか。

 そんな手腕ばかり上手いんだから。



「違いますよ。まず最初にクランじゃなく、イベントとかバザー的なのご近所さん同士で集まって開きたいですね、から始まったんですよ」


「それとクランがなんの関係が?」


「AWOではクラン主催でイベントを起こせる代わりに、小規模でもイベントを起こすならクランが必要だということで、じゃあクランも作ろうかということになったんです。この人、そういうところ抜かして話すもんだから悪意しかありませんよ、もう」


「なんだか笹井君は寺井さんと相性悪いのかな? 会うたびにいつも言い争いをしている気がするよ」


「きっと寺井さんは生まれながらに意地が悪いんだ。そうに違いない」


「はっはっは。なんのことやらわかりませんね。笹井さんは被害妄想がお強いようだ」


「いいや、これは同族嫌悪だな。覚えがある」



 言い得て妙と言いますか、

 私の周りの人たちは何故かみんなそう言うんですよね。



「それはさておき向こうでの集合場所ですが」


「はい。僕はこの後すぐにログインするつもりですが」


「じゃあ一回合流しましょう。ファストリアの噴水広場でよろしいですか?」


「うん? 名前から察するに最初の町の中央にあるのかな?」


「ですです」


「あ、私は午前中ぐらいしかログイン出来ませんよ」


「そりゃ残念だ。そういえば寺井さんの向こうでのお名前は?」


「ジキンと申します」


「眠そうな顔した垂れ耳の二足歩行する犬ですね」


「この人は……よりにもよってなんて説明をするんですか」


「事実でしょう?」


「事実ですが……悪意が強すぎる」



 寺井さんは苦虫を潰したような顔で唸った。

 これはさっきまでのお返しですよ。



「うーん、獣人ですか?」


「そうです。あ、向こうの笹井さんは小憎たらしい顔したガキンチョですよ。一応付け足しておきますね」


「あー、あー、そういうこと言うんですか? ここは普通に人間だと答えればいいところでしょう?」


「誰が最初に言いだしたんでしたっけ?」


「もぅ、なんでこの人は揚げ足ばかりとるかなぁ!」


「ははは、やっぱりお二人は仲睦ましいですね。遠くで離れて見てる分には楽しいです。どうぞ、こちらには近づかずにお願いしますね?」



 あ、予防線張られましたよ。

 どうしてくれるんです?



「言われる方は堪ったものではありませんけどね!」


「なんでしょうか、やはり振り回された側としましてはこれぐらい言ってやらなきゃ聞きもしないので」


「あの寺井さんにここまで言わせるとか今から会うのが怖いなぁ」


「普通ですよ、普通!」


「この人はなんであそこまでやらかしておいて自分は普通とか言えるんですかね。一度今までの過去を振り返って見た方がいいのでは?」


「笹井君、言われてるねぇ」



 もう、永井君が疑わしい目で私の方を見てくるじゃないですか! 

 どうするんですか、これ。今から会うのが不安で仕方なくなってきましたよ! この人が関わるとどんどんと私のイメージが壊れて行くの、なんとかなりませんかね?

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