第17話 商業ギルド訪問

 

「お義父さん!」


「やぁやぁお待たせしてしまったかね?」



 手を振ってこちらへ呼びかけるオクト君に手を振り返して近寄っていく。商業ギルドの前、少し立ち話があるらしくオクト君の方から話を切り出した。



「パープルから聞きましたよ。何か事業を始めたくてクランを設立するとかで」


「事業とかそんな大したものじゃないんだけどね」


「えっ……なんでも人間国宝をお招きしたと聞きましたが?」


「たまたま誘った人が人間国宝になってただけだよ。私にとって彼はご近所さんでもあり、幼馴染みで一緒に野山を駆け回った顔見知りのお爺ちゃんだ。肩書きだけを見てその人を決めてはいけないよ」


「成る程、参考になります。どうも私は相手の肩書に対して過剰に反応して萎縮してしまうと言いますか」


「ジキンさんとこの息子さんとかかな?」


「はい。あんな大企業の方とこうして手を組むことができて、自分はうまく立ち回れるのかと緊張の日々です」


「案外そう思っているのは君だけかもしれないね。みんな本質はゲームの中で出しているものだ。ゲームのアバターを通して見える姿がその人の本質さ。リアルでは仮面をつけてる人だっているしね」



 ふとスズキさんの面影がチラついた。

 マリンが思ってるほど彼女は強い人間ではなかったと言うだけの話だ。どんなに優秀な人間であろうと根の詰め過ぎは良くないものだ。

 程々がいいんだ、何事もね。



「そうですね。僕はまだそこまで物事を深く見ることができずに右往左往してしまいます」


「君はまだ若い。少しづつ覚えていったら良い」


「はい。がんばります」



 踏ん切りが着いたのかオクト君は雑談を切り上げ、私達は揃って商業ギルドへと足を運んだ。



「本日はよくぞ商業ギルドにお越しくださいました。して、本日のご用件は?」



 ギルドに入るとそこには恰幅のよい大男がスーツをビシッと決めて歓迎してくれた。

 オクト君は顔パスらしく、軽く手をあげただけで中年男性はかしこまったようにギルド長を呼んで参りますと小走りで奥に駆けていく。



「彼は普段からあんな感じで?」


「いいえ。僕が事前に話を通してからですね。普段ならあの姿勢のまま直立不動で対応してくれます。ただし前回のイベントで好感度を獲得してから人間のような対応力に変わってきまして、これはフラグが立ったかなと確信を得たのです。お義父さん言ってましたよね、フラグを立てればNPCは違う一面を見せると」


「成る程、確かに言ったね。しかしその時君はいなかったように思うが?」


「パープルに仰った言葉は僕に直通で来ますから」


「そういうことか。納得したよ」



 談笑していると中年男性が戻ってくるところだった。

 その上でギルド長の執務室へと訪問することになる。

 ギルド長は執務中で済まないがと仕事をしながら私達の来訪を歓迎してくれた。

 机の上には積み上げられた書類が山と積まれ、その隙間からギルド長が私達へと話を投げかける。



「それで話は変わるが、証を持っていると聞いた」


「証とは?」


「多分ですが、古代語の翻訳ができることかと思います。今回の面談に発展するワードのいくつかにそれらに関するものが含まれていましたから」


「事前に言ってくれよ」


「すみません。ですが向こうからも特に言及がなかったもので。何しろ通すか通さないかはその人物の人となりを見る必要があるの一点張りで」


「なるほど」



 二人でこそこそと話をしてるとギルド長が書類にサインをしながら聞いてくる。



「話は済んだかね? 証と言っても簡単だ。これを読み解いてくれれば良い」



 ギルド長から渡されたのは古代文字が記された石版だった。

 私の特殊スキルはその文字の真上に日本語が現れると言う仕掛け。

 しかしこれはそのまま口頭で伝えていいものか迷う。

 何せ明らかにプレイヤーに向けての言葉でなく、親から子へ伝える一子相伝の作法のような物だったからだ。


 迷った挙句にその石版をスクリーンショットで写し撮る。

 私の網膜で認識した画像が映り込むので、画像には翻訳された文字が載る仕組みだ。

 ただこれを物的証拠としてそのまま渡すことはできないので、オクト君に画像をメール添付して送った。



「受け取りました。なるほど」


「解読できたかね?」


「概ね。しかし石版の虫食いに対してまでは効果を発揮せず、それを排した言葉に変わりますが宜しいですか?」


「構わない」



 オクト君はさらさらと文章を羊皮紙に書き込み、読み上げずに手渡した。私が行った方法とは違い、その文章は私には読めないものになっていた。



「オクト君、それは?」


「商業ギルドに普及している圧縮文字です。文字ひとつひとつに意味が込められており、今回は特に緊急案件ということでこの文字を通して取り引きをする決まりでした。お義父さんはそれを見越してメール添付で僕に渡してくれたのかと思っていましたが?」


「勿論だとも。どこに耳があるかわからないからね。それとこの情報に関しては表に出してはまずいのだろう?」


「そう言うところです。出来れば読み解いたことも周囲に秘密にしていただきたい」


「分かりました。翻訳した情報は今ここで削除します。ギルド長もその石版を特定の場所へと片付けておいてください」


「お願いをしておきながら勝手なことを言って済まない。気遣い感謝する」



 目の前でシステムから画像一覧を開き、ソートで最新を選択。

 読みとった情報を削除した。



「それでギルド長、私の面接はどうでしたかな?」


「無論、合格だとも。貴方を先祖からのメッセンジャーと認めよう。

 よくぞ暗号を読み解いてくれた。それとオクト。君にも感謝を示したい。何か入り用のものがあれば融通しよう」


「そうですか。で、あれば今ご紹介したアキカゼ・ハヤテさんがこのギルドに尋ねてきた際に便宜を図ってください」


「それだけで良いのか? 資金でも、素材でもいくらでも手配するぞ?」


「僕たちは身に合わない素材に手を出さないと決めています。今はまだ間に合ってますのでご遠慮させて頂きます」


「そうか、謙虚なことだな。して、領主邸へ赴く件だったが」


「はい。本日伺えばお返事を戴けると聞いてやって参りました」


「それに関しては既に一筆記してある。この街の領主は我が兄が務めている。門のシステムもこの許可証があれば問題なく通れるだろう」



 許可証と呼ばれたのは黒いカードだった。

 それを専用の箱に収め、御者台に取り付けることで門が自動で開閉するらしい。まるでETCシステムのようだ。


 門には赤外線センサーが取り付けられており、許可証の人物から荷台の中身までスキャンされ、異物が混ざり込んでいた場合門が開かないシステムになっているらしい。

 その場合は諦め、元来た道を戻り帰った先で御者を入れ替えるのだとか。そんなに厳しい警備がされているとは思わなかった。

 ファンタジーの皮を被ってるだけで十分科学技術が発達した世界観が垣間見える。

 これが古代文明による恩恵なのか、それともロストテクノロジーの解明なのかはわからない。

 私とオクト君はギルド長の言葉にただ頷くことしかできず、執務室を後にした。



「さてオクト君」


「なんです?」


「悪いがこの後も付き合って貰えるかな?」


「しかし許可証は一つしかありません。僕は途中で追い出されてしまうかもしれませんが……」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないだろう?」


「成る程、それを兼ねての検証ですね? お付き合いしましょう。それにもし中へ入れるのなら領主が何を隠しているのかも気になりますしね」


「君もなかなかに危険なことに首を突っ込みたがる性格をしているね?」


「ジッとしているだけじゃ、いつまで経っても差が埋まりませんからね。今日は勉強させてもらうつもりで来てますよ」


「なんだい、それは。私としては一人じゃ寂しいから付き合ってほしいだけだったんだがね」


「そういうことにさせてもらいますよ」


「やれやれ」



 私の周りには肩書きに踊らされるものばかりで肩が凝ってしまうな。

 その点ジキンさんやダグラスさん達なら気楽で良い。

 やや彼らから風当たりの強い言葉を受けるものの、私という人物を見た上での言葉をいただけるからね。


「さて、出発しようか」


「はい、馬車はこちらから借りれる手筈になっています」


「流石だね」


「これくらいなら、数度通えばすぐに覚えます」



 ほら、オクト君は謙遜が過ぎるんだ。

 どこか彼は私の言葉を曲解して受け取っているようだけど、普通にそのままで受け取って欲しいんだけどね。

 ままならないものだ。その点娘や孫ならすぐに感謝の言葉が出てくる。この認識の差をなんとか埋めて行きたいものだよ。



「一応パーティを組んでおこうか。この許可証が私一人だけに反応するのか、パーティをグループとして認識するかの確認もしておきたい」


「なるほど。いや、了解しました。流石の目の付け所ですね」


「次のチャンスはないかもしれないからね。この許可証は借り物だと考えていいだろう。なんだったら使用回数が定められてるかもしれないし」


「分かりました」



 御者台に二人で進み、私達を乗せた馬車は一路領主邸へと向かった。

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