第10話 パッシヴガチ勢


「んじゃ、俺はこれで。ナガレ、あと頼むな?」


「はい、ご報告くださりありがとうございました」


「良いって事よ。俺は俺のやれることをやっただけだからな」


 ロウガ君は自分の役目は終わったといった感じで店を後にする。

 そこでマリンも同時に席を立った。

 おいおい、そんな急いで帰らなくてもいいじゃないか。

 ナガレ君だって困惑してしまうぞ?


「私もお邪魔しちゃうかもだからユーノと少し遊んでくるね」


 まぁ引き止めるのも酷か。

 もともと彼女は一般寄り。私がいるから付き合ってくれてたけど、こうもガチな感じな人と一緒だと自分の立場がなくなると思って逃げたのだろう。それでも付き合ってくれたことに精一杯感謝しよう。

 ジキンさん曰く、ウチは恵まれているらしいし。


「うん、付き合わせて悪かったね」


「いいのいいの、私が好きで付き合ってたんだし。そのかわり何か新しい発見があったら教えてね?」


「勿論だよ」


 マリンの言う発見はパープルの言う情報独占という意味ではなく、情報共有をしている特別感を得たい為だけにあるものだ。

 同じ意味でも親子でこうも違うんだから面白いよね。

 しかし別れを惜しんでばかりもいられないな。立ち去った二人の後には紹介されたナガレ君と私がポツリと残されている。

 席に座ることを促し、少し落ち着かない雰囲気を正そうと言葉を選ぶ。


「ああ、すいません。あの子達は丁度帰るタイミングだったんですよ」


「大丈夫です、こういったことは慣れてますんで」


 ハキハキと答えるナガレ君に、心臓強いなぁと思いながらも同情する。それは自分と同じであろう境遇がこのゲーム世界ではあまり歓迎されていないだろうと言う現実にだ。

 私より先に始めた彼は、私以上にそういったバッシングを受けてでもこのゲームに参加しているのだ。

 故に一部プレイヤーから変わり者扱いされている。

 当然、私の行動だって家族から見守られているとはいえ、変わり者扱いされても仕方のないものだと思うからだ。


「それで、アキカゼさんでしたか」


「はい」


「早速行かれますか?」


 ナガレ君は周囲を見廻し、居心地悪そうにしながら店の入り口を見た。しかし紹介されてすぐ即日行動とは思わなかった。

 私は基本身一つだからすぐにでも行けるけど、専門的な装備は持ち合わせていない。それを問うたら「大丈夫です。装備一式はこちらで用意してますので」とありがたい反応をくれた。


 彼が言うには、やはりこういった趣味の領域にはある程度の理解者がいて成り立つ部分もあるのだとか。

 そういったスポンサーがついて、彼らは山登りに専念できるらしい。

 その見返りがブログであり、そこで撮影したスクリーンショットなのだとか。

 あまり人の寄らない場所のスクリーンショットは貴重で、特定のファンをつけたことでスポンサーも大喜びらしい。

 それを考えると私のスポンサーはオクト君とパープルってことになるのか?



「それに、ロウガさんから連絡を貰わなくても今日時間を合わせて登るところだったんですよ。それで興味を持ってくれるんならお誘いしようと思ったわけです。どうでしょうか? 急で悪いのですけど」


「そういうことでしたら、ご相伴に預からせて頂きます」


「ありがとうございます。では私は店の前でお待ちしています。支払いを済ませたら馬車に乗りましょう。ここから近いとはいえ、山登りのスタミナを消費していては元も子もありません」


「ですね。すぐに支払ってしまいます。馬車の手配はお願いできますか?」


「外に待たせてあります」


「流石です」


 ナガレ君の行動は迅速だ。

 その場で立ち上がるとすぐに店を出ていく。

 私も支払いを済ませてから店の外に出て、待っていてくれた彼と合流してから馬車へと乗り込んだ。


 目的地はセカンドルナの裏側の山脈。

 セカンドルナを離れ、湖を迂回するように大きく北上していく。

 抜けた先には十字路。真っ直ぐいけばサードウィル。

 右に進めば目的地がある雑木林、左に行けばお試し難易度のダンジョンがあるらしい。


 山脈の麓には雑木林が立ち並び、ナガレ君曰く、ここでならモンスターが現れても振り切れるのだと言っていた。

 方法は聞いていないが、登る速度で振り切れるらしい。

 モンスターは飛び上がることはできても、飛行するタイプはいないらしいのでそれが可能だとか。

 ある程度距離が開けば勝手に戦闘フィールドは消滅するらしい。

 初めて知ったよ、そういうの。それとは別にどうしてそこまで戦闘を避けるのか聞いてみる。



「失礼ですがナガレ君、戦闘スキルは?」


 私の質問に彼はキッパリと答えた。


「無いですね。そもそも僕はこのゲームに登山をしにきています。欲しいパッシヴが多すぎて戦闘やサポートに割り振る余裕がありませんでしたよ」


「なるほど。私以外にも居たんですね、パッシヴに全振りにしてる人」


「おぉ、アキカゼさんもですか? 我々山登り勢はだいたいそうですよ」


 口調こそ変わらないものの、ナガレ君から感じる警戒度が少しだけ下がったような気がした。

 彼はやはり初見の相手に対してどこか距離を置いて接しているね。

 無理もないか、今までどんな風に扱き下ろされて来たのか想像にたやすい。ブログで情報を出しているとはいえ、やはり一般プレイヤーの目から見れば異質なものとして捉えられて来ているのだろうね。


「それは良かったです。家族には事前に戦闘よりも探索をメインにしていると言ってはいますが、初めての人と一緒になるとどうにも驚かれてばかりで」


「そうですね、いい目では見られません。さぁ、目的地に着きました」


 宣言通り、目前には密集していた木々が開け、切り立った崖が姿を表していた。

 足場となる場所は5メートルも先。普通だったらこんな場所に連れてこられてもどうしようもないだろう。

 私だってスキルを持っていなければなんだこの人と思ってしまうかもしれない。しかしナガレ君にとってはこれですら初心者向けと言わんばかりの手軽さで、私を置いてあれよあれよと登りきってしまう。


「アキカゼさんはロープを吊すので登って来てもらえませんか?」


「要りませんよ」


 ナガレ君の気遣いに私はかぶりを振る。

 この程度の垂直移動、今の私にはなんの障害にもならないと実行し、否定する。登りきって見せると、彼は今度こそ警戒を解いて私に話しかけて来た。


「想像以上です。アキカゼさん、貴方は一体どんな行動をしてきたんで?」


 ようやく彼は私に対して興味を持ってくれたようだ。

 別にもてはやされたいわけではなかったが、こうまで知られてないというのも、やはり寂しいものだしね。


「大したことはしてませんが、あれを……」


 ここはセカンドルナの裏側の山脈。

 それでもなおその存在感の強いマナの大木は真っ直ぐと天に伸び、雲を突き破っている。

 ナガレ君も同じ方を向き、感嘆とした吐息を吐いてマナの大木を見上げていた。


「ああ、あの霊樹ですか。我々もいずれ登頂してみたいものですね」


「そうですか、実は私あれを登頂し切ってるんですよね」


「えっ!? 登頂……、されてたんですか!?」


 彼は初めて私に対して理解できないような顔で接して来た。

 わずかばかり表情も凍り付いているようにも思う。


「そこで手に入れた特殊スキルが木登りマスターと言うわけです。機会があれば今度ご一緒しましょうか?」


 私は彼に手を差し伸べる。

 しかし彼にも意地があるのだろう、差し伸べた手を受け取ることはなかった。


「いいえ、出来れば自分の力だけで登ってみたいんです。そこだけは絶対に譲れませんね。これは登山家としての意地です」


 そうだろうね、私でもそう思う。

 でも一緒に登るといっても手助けするという意味ではない。

 同じ距離感を保ちつつ、お互いのペースを尊重し合う付き合いを私は目指しているんだ。


「冗談ですよ。私だって上りきるのに何度も死ぬ思いをしたんだ。おいそれとは連れていけませんよ。それに、こういったものは自分一人で登りきってこそでしょう?」


「ええ。登山とは大自然と自分の力比べですから」


「そういうわけで登ることなら多少ですが自信があります。専用の装備こそありませんが、是非ご一緒させてくれませんか?」


「そういう事なら我々が断る理由はありません。ようこそ同志、山登り同好会へ。貴方の参加を歓迎します」


「ありがとうございます」


 差し出された右手をがっしりと掴み、そこでようやくフレンド登録を交わす。そこで少しだけ問題が起きた。


「あ、アキカゼさんもブログ出されてたんですね……って、なんですかこれ!?」


 フレンド申請から承認し、同時にブログUP情報が追加されたのか何の気なしに見たナガレ君は目を剥いておどろいていた。


「何か問題でもありましたか?」


「ああ、いえ。随分と個性的な画像がたくさん出ててびっくりしたんです」


 びっくりという表現のわりに、見てはいけないものを見てしまった感じがするのは気のせいだろうか?


「そうですか、私は写真撮影を趣味としてましてね。いずれあの山頂から麓の写真を撮りたいなと思って色々活動しているんです」


「ははは、これはもしかしなくても強力なライバルの出現、ですかね?」


 いったい彼は何をいってるんでしょうか?

 ライバルも何も私達はこれから手を取り合って大自然と向き合いにいくんでしょうに。

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