第06話 シークレットクエスト

「これは、当たりですかね?」


「やはり。しかしあまりにも自分たちに都合が良すぎる」


「考えすぎではないでしょうか?」


 何言ってるんだこの人という視線をジキンさんから受けながらも私はあまりのタイミングの良さに訝しんだ。

 だが逆に考えればあの高さ。まさか一つの階層ではあるまいと当たりをつける。だからこれはチェインクエストだと考え直す。

 あまりにトントン拍子でたどり着けてしまうと価値が薄まると思ったが、なかなかに楽しい道のりになりそうだ。

 そしてこのクエストはソロでは達成できないポイント数の設定。つまりは2人、ないしパーティを組むことを前提した難易度である。

 この先に何が隠されているのか余計に気になる。


「そうですね。ただ今までの人生は怪しいものは疑ってかかれが教訓でしたので。悪い癖です」


「なるほど、ここ最近詐欺の類が多いと聞きますが。自分は該当者ではないという思い込みにつけ込んできますよね、ああいう人達は」


 でもこれはゲームですよ。そう付け加えてジキンさんは話を締めくくる。全く持ってその通りなのでここは大人しく引き下がることにした。


 ところ変わって冒険者ギルド。

 手持ちの資金が頼りないのもあるのでさっさとクエストを終了させ、財布の中身を潤わせる。このゲームは珍しく現実基準なんですよ。懐にはお財布が入れてあって、見た目はいろんな形から選べるんです。

 そこからお金を取り出して支払われた金額を入れる。すると網膜内のシステム内に反映される仕組みです。便利ですよね、常に残金が分かるのは。


 お陰さまで現在シークレットクエストは保留中。その前にいくつかやることをやってしまおうとしています。


 クエストを受ける前にもう一人くらい協力者が欲しいと暇そうな人に声をかけている。

 シークレットクエストがチェインする事を想定すれば、きっと二人じゃ足りない事は明らかですしね。

 その中で冒険に向いてなさそうな装いの……私と同じ初心者装備に身を包むプレイヤーを探し当てた。


「はい? 一緒にゴミ拾いをしませんかって、斬新なナンパの仕方ですね?」


 それは孫娘くらいの背丈の女性プレイヤー。

 見るからに生産職然としており、それでいて何か目的を持ってそうな強い意思を瞳の奥に宿している。こういう芯のあるプレイヤーは目的のためならなんでもやってくれそうですからね。

 ただそういう人って冒険にそういうのを見出しやすいのでなかなか見つからないんですよ。


 あまり女性と会ってるところを孫に見られたくありませんが、背に腹は変えられないというか、やはりあの中に入りたいという気持ちが強くなっていくんです。

 別にジキンさんと二人で入っても良いんですが、もし準備不足で失敗したらという焦りが私の動揺を誘ってしまうのです。

 悪い癖だとわかってます。もうその手の仕事は終了したというのにこういうのは性分ですね。なかなか治ってくれません。


「ナンパだなんて、そんなそんな。こう見えて私は一人の女性に操を立てていますし、子供どころか孫までいます。純粋に協力者を探してまして、お話だけでも聞いてもらえませんか?」


「この人は結構強引なところがあるんです。かくいう僕も彼に誘われたクチでして」


「はぁ……」


 あ、この人自分は被害者だって言ってる。

 あながち間違ってもいないので強くは言えませんが今は話の続きをしましょうか。

 勧誘中に喧嘩なんてしたら余計に勘繰られてしまいますから。


 取り敢えず喫茶店で喉を潤しながらお話でもしませんかと誘う。

 今日は散財の多い日だ。シークレットクエストが生えるほどのポイント換金率だったにも関わらず手持ちの資金が底をつきそう。


「なるほど、ハヤテさんは写真家さんで、ジキンさんはその助手で、ゲーム内ブログのネタ探しに躍起になっている最中だと?」


「概ねその通りです。ただしどちらも頭に駆け出し、とつきますが」


 少し照れながら自己紹介を交えて概要を話す。

 彼女、シャーロットさんは見込んだ通り生産特化の人物だった。

 残念なことに金欠で、今はその特技を披露できないのだとか。

 そして同じ時期にゲームを始めたよしみで付き合ってくれることになった。


「え、シークレットクエスト? だったら最初からそうだと言ってくれたら良かったじゃないですか。ゴミ拾いだなんて言われたら誰だって驚きますし嫌な顔しますよ」


 早速クエストの続きをしようと彼女を現場に連れてったら、目を丸くして驚かれた。


「ええ、ですがゴミ拾いのクエスト派生で内容もまたゴミ拾いの延長線上です。なのでゴミ拾いはゴミ拾いなんですよ。はい、これ」


 シャーロットさんとジキンさんにそれぞれゴミ袋と手袋、ゴミ拾い用のトングを渡す。


「まぁ言われた通りにしましょうか。このセットを手渡された時点で結構本格的なのね。もっとミニゲーム的なものかと思ってたわ」


「それともしかしたらどこにも出てないクエストかもしれないですしね。ここではパーティ内でもポイントの競い合いが発生します。互いに健闘を尽くしましょう」


「えっ!?」


 やる気なさげなシャーロットさんにジキンさんは励ましながら手本を見せる。

 なんだかんだ言って彼は彼女に気を使ってくれてるようです。

 言われた本人は聞いてないと言いたげな表情。

 あれ、言ってませんでしたっけ? でもやるのはゴミ拾いですし、子供だってやり方を知ってます。今更説明は要りませんよね。

 

「さて、目指せ最高得点。運がよければ次へのクエスト派生につながるかもしれませんよ。みなさん、準備は良いですか?」


 [シークレットクエスト:壁内清掃を開始します……]


 おおよそ10秒くらいのカウントダウンの後、私達の前に制限時間が現れた。そしてそれぞれが別の場所でゴミ拾いをしていく。


 このミニゲームの特徴は見ただけでも視界の端にゴミ専用マークが浮き上がる事にある。普段見えてる視界とは少し様子が違うのはこのミニゲーム特有のもの。

 そして取得した際に『総ポイント』が加算されていく仕組みだ。どれがどのポイントかは探して見なければわからず、ここで私のスキルが大いに役立つそれが『命中率UP』。

 ゴミのある場所へトングを差し込むと手応えらしきものを感じるのだ。そして引き上げた際、総ポイントが変動する。

 そしてポイントが高ければ高いほど、装備中のゴミ袋の重量が増す仕掛けだ。

 そしてパーティを組んでいれば視界の中央に各ポイントが横並びに記されていく。私が暫定一位であるが、相変わらずジキンさんのカウンターは細かく変動し続けている。低ポイントキラーであるのは相変わらずか。中でも目を引いたのがシャーロットさん。


 なんと彼女のポイントは0のままだった。


「シャーロットさん、どうかしましたか?」


「どうかしたか、じゃないわよ! どこ、ここ!? これって古代遺跡の一部じゃない!? 大発見よ、大発見!」


 なる程。人によってはそう見えるのか。でもそれはさておいて、今はクエスト中ですし、制限時間も差し迫っています。私たちのやりとりに道ゆく人もどこか怪訝な表情をしていますね。


「はて。それはそうとポイントが遅れてますよ。ゆっくり見るのは後にして、今はクエストに集中してください」


「鬼! 悪魔! 私達錬金術師にとって遺跡ってそれだけで価値があるんだから。やだー私ここに住むー」


 その堂に入ったまでの駄々のコネっぷりときたら外見年齢を差し引いてもあまりにも子供じみていた。

 錬金術師というものに対しての理解が私にないのもそうだが、それ以前に彼女がこのままだと私たちのクエストにも影響が及ぶかもしれない。そう思うと目に見えない怒気のようなものが私の全身から湧き上がってくるようで……それでも勤めて冷静に笑みをたたえながら、優しく問いかけます。


「良いですか、シャーロットさん。私達はここへ仕事で来ています。それ如何によってはゆっくりここを見る機会も出てくるでしょう、それを自ら棒に振ることを貴女は今しているんです。その自覚はありますか?」


「……っ、はい」


 だと言うのに彼女ときたらあまりのショックに泣きそうな顔になってしまった。静かになってくれたのは良いですが、これでは私が悪者のようではないですか。

 そこへジキンさんからすかさずフォローが入る。


「女性にあのような上から目線は頂けませんね。僕としても擁護し切れません。もっと肩の力抜いていきましょうよ。アレでは脅しです」


「ええ、自覚していますとも。どうも喚き立てる方を見ると私の中の鬼が目を覚ましてしまうようです」


「そんなもの起こさないでくださいよ」


「ちゃんと寝かしつけましたよ。もう大丈夫です」


 きっと、多分。


 結局その日のクエストは失敗に終わりました。

 失敗なので次に生かすこともできず、当たり前のようにクエスト自体が消えています。アレはどうやら連続でクリアしていく必要があるやつですね。失敗したら次受けなおせば良いと思った私が迂闊でした。


 ただでさえタイムアタックなのに、途中で手が止まりましたからね。当然の結果です。

 ただしクエスト報酬は良かったので、当分はこれで稼げそうです。

 一応のところは彼女も反省してくれましたし、ひとまずよしとしようじゃありませんか。


 どの口がそんなこと言うんですか? と言いたげなジキンさんからのジト目を受けつつ、私達はギルドへと戻りました。

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