第1話 起動
「おやっさん!! まだこの子のAIは起動しないんですか!?」
ピンクのパイロットスーツに身を包んだ少女、モニカは焦っていた。
整備ハンガーには彼女の乗機、人型機動兵器アヴァンガードが載せられている。
「仕方ないだろう!! 誰かさんがこの前の戦闘でAIを損傷させたんだからな!!」
「うっ……」
頑固一徹という言葉がよく似合う年老いたベテラン整備士ガロンにそう言われモニカには言返す言葉がない。
モニカは先の戦闘で自らが搭乗するアヴァンガードの頭部を破損して帰還した。
その際に機体に搭載されていたサポートAIに損傷を負ってしまったのだった。
「特にこのバイオコンピューターって奴は生体部品を多く使っているから柔軟で高速な情報処理をする代わりにデリケートでな、理論上はちゃんと直ってるはずなんだが……」
ガロンは手元のタブレットから信号を送り再び起動操作を試みるがAIは未だ起動しない。
肩をすくめお手上げのポーズをとる。
「それじゃ困るのよ!! もうみんなは戦場に出ているのよ!? あたしだけがここでグズグズなんてしてられない!!」
「分かんねえ奴だなぁ!! AIが起動しなきゃこの機動兵器だって本来の性能を半分も発揮出来ねぇんだ!! こんなんで出撃させたらみすみすお前さんを死なせるようなもんだ!!」
100年前、宇宙連邦スペシオンと惑星至上主義国家リガイアは戦争状態に突入した。
未知のウイルスにより生命の生存が困難になった惑星ガイア。
大半の国家は国ごとにスペースコロニーを建造しそれぞれ宇宙へ安住の地を求め地上を捨てた……後に国々は同盟を結び連携を取るようになった、それが宇宙連邦スぺシオン。
逆にガイアに留まり地下深くに潜り惑星自体の浄化能力で惑星が再生するのを期待する国家もあった、これが惑星至上主義国家リガイアだ。
惑星を捨てた者と惑星にしがみ付く者……思想の違いから両勢力は事あるごとに対立しその度に甚大な被害を互いに及ぼしていた。
そして現在、モニカが住まい防衛軍に所属しているこのエデン3と呼ばれるスペシオンのスペースコロニーにリガイア軍が急襲を掛けてきたのだ。
その迎撃に出たモニカのガンマ小隊は彼女を除いた4人だけで出撃している。
しかしリガイア軍は10機の人型起動兵器で襲来、窮地に立たされており現在も交戦中だった。
「もう~~~!! 何で起きてくれないの!?」
しびれを切らしたモニカはAIの収納ボックスに駆け寄りしがみ付いた。
「おい!! デリケートだとあれほど言ったろう!!」
ガロンの言葉を無視しモニカはAIに話しかけ始めた。
「あなたが起動してくれないと私は戦場に出られないのよ、みんなを助けられない……お願い、あたしに力を貸して!!」
涙が一粒、AIのボックスの上に滴った。
(女の子が泣いている……助けなきゃ……)
その瞬間、コンソールに明かりが灯り、コックピット内の全てのモニターやランプが唸りを上げ起動を開始した。
「何てこった!! こんな出鱈目な事があるかい!!」
ガロンとしては複雑な心境だ、どれだけ点検と理論上の接続動作を繰り返してもうんともすんとも言わなかったAIが少女の涙に反応して起動するなどそんなオカルト、整備士としては素直に認められない。
「これであたしが出撃してもOKだよね!! いくよ【ミズキ】!!」
『了解しました』
モニカはコックピットに飛び乗り操縦桿を握るとコンソールから電子音声がした。
AIの名前はミズキと言い、これはモニカが付けた名前だ。
他のパイロットは自機のAIに名前を付けるような酔狂な事はしていないがモニカは違った。
仲間も何故ミズキと彼女に尋ねたが「何となく」で返されてしまった。
結局彼女自身も名前の由来は分からない。
「ガンマ小隊モニカ・フランディール、アヴァンガード・ストライカー発進します!!」
格納庫のハッチが開きモニカの乗る人型機動兵器アヴァンガード・ストライカーが背面の推進器から炎を上げ宇宙空間に飛び立つ。
彼女の機体はスピードに特化した機体でガンマ小隊において切り込み役を担っていた。
そのスピードを生かした一撃離脱のヒットアンドアウェイ戦法を得意としている。
「くっ……あれ、前より加速性能が増している?」
身体に掛かる重力がいつもより強く感じられる。
モニカのアヴァンガードは見る見る加速して行きあっという間に戦闘宙域に到達した。
そこでは幾条もの閃光が飛び交い、現在も激しい戦闘が行われていた。
「みんな無事!?」
「遅いぞモニカ!! 何をもたついていやがった!?」
怒鳴り返してきたのはガンマ小隊の攻撃力の要、アヴァンガード・スマッシャーを駆る青年、グランツだ。
彼はとにかく血の気が多く常に接近戦を挑む癖がある。
そもそも彼の乗機アヴァンガード・スマッシャーは近接戦闘特化型であり、手に持った斬るより叩きつけるのが主な目的の長く巨大な剣がメイン武器なので相性は良いと言える。
「良かった、AIは起動したみたいだね」
次に返信してきたのは女性パイロット、フェイだ。
とてもさばさばした性格で、同じ女性という事もありモニカとは仲が良い。
彼女の機体、アヴァンガード・ファランクスは長距離支援型の全身が武器庫の様な機体である。
各所に取り付けられたミサイルランチャーから発射される追尾式ミサイルは複数の敵を同時に攻撃出来る。
「特に心配はしていませんでしたよ、君は必ず駆け付けると信じていたからね」
「レント隊長……」
優し気な声の持ち主、レントはこのガンマ小隊の隊長だ。
ガンマ小隊のメンバーの中で一番の年上という事もあり常に冷静沈着だ。
彼の機体、アヴァンガード・コマンダーは指揮官用の機体で特に特殊な武装は装備されていない、しかしレーダーと通信機の性能が他の機体より良く、戦況を把握するのに向いている。
「モニカ、君はソーンの援護に回ってください、彼の機体の損傷が酷い」
「分かりました隊長」
レントの指示でモニカは一際大きな盾を持った機体に近付く。
「大丈夫? ソーン」
「……大丈夫」
ぼそぼそと話すのはこのガンマ小隊にあって文字通り盾役を担うアヴァンガード・ディフェンダーのパイロット、ソーンだ。
名前の通り巨大な盾を両腕に持ち戦艦クラスのビーム砲も数発なら耐えられるという頑丈さが売りの機体である。
その機体を操るのが内気で小柄な少年ソーンである。
「右腕部と左脚部に損傷があるね」
モニターに映し出されたアヴァンガード・ディフェンダーの破損個所にマークが付きピックアップされる。
「うん……姿勢制御に若干の不具合が出ているよ……」
それはそれで大変な状況なのだがソーンは淡々と語っている。
「ソーンのお陰で僕たちは今まで耐えられたんです、サポートお願いします」
「了解!!」
モニカがソーンの傍らに着くと早速リガイアの人型機動兵器ヘルハウンドが2機、こちら目がけて向かってきた。
損傷している機体から落とそうという魂胆なのだろう。
「させない!!」
モニカがヘルハウンドを迎え撃つために推進器の出力を上げる。
「うわわっ!! 早すぎる!!」
いつものレスポンスと違う機体の様子に戸惑うモニカ。
既にヘルハウンドは目前に迫っていた。
今から近接戦闘用のソードを抜いている暇がない。
(やられる……!!)
槍状の武器を構えたヘルハウンドにこのまま突っ込めば串刺しは必至だ。
だがアヴァンガード・ストライカーは彼女の意思に反して独りでに高速で腰に装備されているナイフ形の武器を両腕に抜いていた。
そしてヘルハウンドの脇腹の装甲の隙間にナイフを突き立て、更にもう一機のヘルハウンドの頭部を首から切断した。
「えっ……?」
モニカは一瞬何が起こったのか分からなかった。
見ていた仲間たちも同様だった。
「何だぁ!? 今の挙動は!? おいモニカ!! 何をしたんだ!!」
グランツの怒鳴り声がモニカの耳に飛び込む。
「分からないわ……機体が勝手に……」
そう言ってる間にもアヴァンガード・ストライカーは別のヘルハウンドに向かっていき今度はミドルソードで胴から真っ二つに切り裂いた。
その様子に動揺したのか残りのヘルハウンドは撤退行動に移り、この宙域から離脱したのだった。
「一体どうなっているの?」
『どうやら無事に切り抜けられましたねモニカ』
「えっ!? 誰!?」
放心状態の所にいきなり声を掛けられて驚くモニカ。
『嫌だな~~~僕ですよ、ミズキです』
「そんな……ミズキ……あなた、普通にしゃべれるの!?」
『えっ? 何かおかしいですか?』
「おかしいわよ!! 以前はそんな自然に話す事は出来なかったじゃない!!」
あまりの驚きに一人コックピット内で取り乱すモニカ。
「大丈夫? モニカ? モニカ?」
「……遂に恐怖で気がふれてしまった……」
「ちっがーーーう!!!」
心配して寄ってきたフェイとソーンに対し怒鳴り散らしてしまうモニカ。
何はともあれ誰一人失うことなく戦闘は終了したのだった。
僅かばかり前、天国でも地獄でもない狭間の世界の異世界転生課。
「その瑞基君だっけ? 人間若しくは命がある物が嫌ならいっその事『物』に転生してもらってはどうかしら?」
「物……ですか? 石ころとか建物とかですか? それはあまりにも可哀そうなんじゃ」
先輩女神マライアの提案にイマイチ乗り気でない新米女神ジェニファー。
「そうじゃないのよ私が言いたいことは、ほら最近増えたでしょう? 転生させられる世界が」
「ああ、あのSFの世界でしたっけ、余りにもファンタジー世界にばかり転生させるっていう苦情が利用者から来るもんだから新しく解放されたっていう……」
「そうそう、私も昨日その世界に女の子を転生させたんだけど、その世界にはロボットという存在があってAIというものを考える物体があるっていうのよ」
「なるほど!! そのAIとやらに瑞基君を転生させれば……!!」
「そう言う事よ」
「ありがとうございます!! 先輩!!」
ジェニファーは深々と頭を下げ、急いで戻っていった。
その先の話しは既にご存じの通り。
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