第32話
――十分は経ってる。
ミグリダは苛立ちを露わにしながら、肺一杯に煙草のヤニを吸い込み、何とも言えない揺らぎを感じつつ、吐き捨てる。
足取りは怒りのステップを踏み、吸いきった吸い殻を、弾き飛ばした。
「ちっ」
吸い殻は地面に落ちていき、地面へとぶつかったその瞬間、踏みにじる。
「……あら、ポイ捨てとは感心しないわね」
フッと、まるで浮遊霊みたいに気配もなく、彼女――ニットは現れた。
「誰のせいだと思ってんだよ。んで?何か見つかったのかよ」
どうやら、ミグリダはまだ死体に対しての冒涜を許している様子は無い。
かなぐり捨てたセリフと、未だに空中で舞う煙をニットは手で振り退けて、貰った手帳をミグリダに見せる。
「なんだこれは」
「シュリの手記よ。これで、少なくとも追う手掛かりは出来たわね」
「はんっ、その程度かよ」
苛立ちを隠さないミグリダに対して、ニットは笑った。
その顔を見るのが先か、気配と感じ取ったのが先か。ミグリダの視線は、鋭い鋭利な刃物へと変貌した。
「……喧嘩売ってんのか?」
「いいえ、そうではないわ。貴方は私を殺そうとしていたのに、妙にあの老婆の死体を肩入れするのね」
「気色悪いぜ」
減らず口を叩いては、あたしはにこやかな笑顔でこう答えた。
「何とでも言いなさい。貴方は、あたしに対して付いていくと言った以上、あたしの好きにさせてもらうだけよ」
ミグリダは怒りの感情を隠そうとはせず、地面へと一蹴りすると、宿へと歩き始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
宿に辿り着いてからは、二人とも、行動が早かった。
歩き疲れた身体を、湯舟に乗せて、その後は食事にありつく。
「んで、それには何が書かれていたんだ?」
口の中に、物を入れて喋るミグリダを見て、あたしは、また手帳へと視線を向ける。
書かれている内容は明らかに自分を死に追いやった……というよりも、狂っていく自分への衝動を抑えられず、そのまま死んだと思われるような文章。
明らかに、それは可笑しかった。
「彼女は既に死んでるわね」
鈍い金属音が音を放った。
視線を向けると、ミグリダの持っていたフォークは地面へと落ちていた。
「どういうことだ?」
「そのままの意味よ、シュリは既に亡くなっている」
「もし、そうならお前の言ってる事は矛盾してるじゃねぇか」
――その通りだ。それは、今まで述べていた自論が間違っていた事になる。
彼女は死の望んだ悪魔の子。狂い、成れの果ては悪鬼と化した混合種なのだから。
それが、彼女にとって絶望、最悪な未来の形なのに、あたしの居るこの世界では、彼女は死んでいる可能性があった。
「……まさか……っ!」
そして、あたしは今ここで最大のミスに気づいてしまった。
錆びた神様の手中の上で、独り寂しく舞踏を踏んでいたにすぎなかったのだ。
「なぁニット、どういう事なん――――」
「黙ってて!!今、この場で喋っちゃダメ!!」
「なっ――」
咄嗟に言葉を言いかけるが、ミグリダは自ら手で塞ぎ、押さえた。
どうやら彼もあたしの慌てた姿を見て、尋常じゃない何かが起きていると察したようだった。
あたしは、一つのジェスチャー送る。紙を持ってないかと、書ける物は無いかと。
「…………」
それは、伝わったようで。ミグリダは紙とペンを差し出してきた。
『今、この場で喋っちゃダメ。いや、そもそもこのやり取りですらダメなのかもしれないけれど』
あたしは紙にそう書いた。それを見たミグリダは、怪訝そうな顔をしつつも、返事を書いてきた。
『どういう事なんだ?』
『そもそも、シグナルウォートがある時点で気付くべきだった。あたしの想定を遥かに超えてたわ』
『だから、どういう事なんだって。教えてくれ』
『教えられないわ』
『なんでだよ。良いから教えろ』
正直、教える気にはなれなかった。もし、ここであたしの中で至った考えが合っていたら、最悪な想定通りだからだ。
ただ、この場で教えないのも問題がある。どうするべきか、迷った挙句、あたしは教える事にした。
『分かったわ。教えるけれど、絶対喋ってはダメよ。驚いてもダメ。絶対に』
『あぁ』
『良い?あたしも、貴方も既にもう――――』
『あの錆びた神様に操られてるわ』
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