第49話 港街再開発計画 其の参 ~誘う者 誘われる者~
十歳の姿になった後、街のあちこちや
ここでも隠密スキルがいい仕事をしてくれたが、ポムは生態がすでに隠密マスターなので素でスルーされている気がしてならない。普通、生き物は生きているだけで気配を放っているというのに、こいつの肉の殻はところてんででも出来ているのだろうか……
店を任せているノアと部下三は、ようやく捌き終わった取引先への積み込み関係で忙しそうにしていた。
実際に積み込むのは取引相手の徒弟だが、帳簿やらギリギリまで商談をしようとする商人の対応やらに追われているのだ。
本来なら俺も立ち会うべきなのだろうが、それは家人一同に止められていた。俺が顔を出すと仕事にならなくなるらしい。
……もしかして俺の顔が酷いことを遠まわしに指摘されているのだろうか……い、いや、疑ってはいけない。一取引に責任者が顔を出すと仕事が滞るという意味に違いないのだ。部下に任せるのも仕事だ。俺はこっそり覗き見するだけにしておこう。そうしよう。……視界がぼやけてるのは、気のせいだ……
店にいなかった部下二は街の宿にいた。
昨日やって来た出稼ぎ部隊の対応をしているのだ。お風呂に入れてご飯をたっぷり与えているので、今日の彼等は元気そうだった。どうやら風邪もひかずにすんだらしい。善哉善哉。
体調チェックと服の配布は、昨日の段階で済んでいる。店までの道を、部下二を先頭にお仕着せを着込んだ子供達が親子鴨のように一列になって歩いていた。なかなか微笑ましい光景だ。あの中に支部を任せられる人材がいることを祈ろう。
部下四は店近くの倉庫を新たに改装していた。
昨日購入した倉庫で、出稼ぎ部隊の宿場兼作業所を作っているのだ。
我が支部近くの一帯は、街外れであることと風車の音が酷いこともあって、空き家や放置されたままの倉庫が多い。金を落とす意味も込めて、予算内で買える物件は全部購入しておけと伝えておいた。連結無限袋内に入れておいた家屋購入資金がゼロになっていたところを見ると、きっちり全額使って購入したようだ。ふふふ。また改装三昧で俺の家具在庫を減らせるな。たっぷり使って整えてね!
残りの部下五はジルベルトの所にいた。
ポムと入れ替わりで雑務をこなしていたらしい。
ジルベルトは俺の顔を見ると物凄い勢いで走ってきた。泣いたり笑ったりと大忙しだったが、ちゃんと修繕費用や家具の見積もりを出して我が家への借金として計上していた。性分なのだろう。いずれ双方の折り合いのつくところで話をつけるとしよう。
爺さん執事ことモナは今にも俺を拝みそうな勢いだ。拝まれるのはともかく、二人ともだいぶ元気になったようで俺としては一安心である。
とはいえ、今も政務に追われているようだが。
ちなみに部下五が手伝っている雑務とは、アヴァンツァーレ家の政務である。
……というか、機密事項だろうに、何やってるの……
「すみません。なにか、手伝ってもらって……」
「いや……ジルベルトがいいなら、それでいいんだが」
思い切りアヴァンツァーレ家の帳簿やら財産管理やらに携わってしまっている支部部下を見つつ、俺はちょっとポムに一瞥くれてやった。ポムは悪びれないのほほん笑顔だ。
「資料がぐちゃぐちゃになってましたからねぇ。整頓するついでに纏めて要点を抽出しておいたんですよ」
こっそり、俺にだけ聞こえる声で「人間の帳簿って、恐ろしく無駄の多い状態でしたから」とぼやく。どうやら見るに見かねて手を出してしまったようだ。チラッと前のを見せてもらったが、たしかに酷いものだった。
……もし内政特化のノアが来てたら、全部一から作り直しとかさせられたんじゃなかろうか……
「過去十年の実例や帳簿は
おお、部下五も内政特化か。よしよし。この調子でアヴァンツァーレ家の領地を……って、そうじゃない。
「ジルベルト。手放した部下を呼び戻してはどうだろうか。このままずっとうちの連中が領地に関わり続けるのも難があるだろう。今から呼び出して教育を施せば、数年で立て直すことも可能だろう。資金の目処もある」
「あ、はい。何名かにすでに手紙を出しています。で、えぇと、資金……ですか」
書類の山に囲まれた机の中央、物凄い勢いでペンを走らせていたジルベルトが、狼狽えたような目で俺を見た。これ以上頂くわけには、と目で語られたが、華麗にスルーしておく。
「そうだ。領地の一部を売って欲しい。救貧院と公衆浴場、公衆トイレ、大衆食堂を建てたいんだ。あと、街の収益をあげるために、月一で何かしらの行事が出来る大広間、下水道処理施設や終末処理場などの施設も公共のものとして作っておこうと思う。港街再開発事業だ」
俺の声に、ジルベルトが立ち上がった。モナが「おお」と呻くように声を零す。
「それについて、ロベルトにもう一人引っ張り込みたい相手を呼びに行ってもらった。彼が来たら話を進めよう」
その男が来たのは、俺、ポム、
……結局俺まで手伝ってしまった……まぁ、政務が滞ると色々拙いから、非常事態ということで割り切ろう。
「お招きいただき、光栄にございます。ジルベルト様、レディオン様!」
初使用となる応接室に案内し、先の五人にロベルトを加えた六人でその男に対応する。
相変わらず俺の親近感を引き出してくれる頭部に、ぽっちゃりんな体格、抜け目のない目をしながらも愛嬌のある顔立ち。冒険者組合ロルカン支部長だ。
……えぇと、名前は、なんだっけ?
「支部長さんにはいつも取引でお世話になってますからね~」
「いやいや、こちらこそいつもお世話になっております! まさかあの商品も一手に任せていただけるとは……このご恩、今回ので返せればよいのですが」
「あの商品が一気に流通したのは、支部長の機転のおかげでもありますからね。今回のお話もそちらの利を確保してますので、たっぷり稼いで街を潤していただければ!」
「むふふふ、ポムさん、あなたも商人ですなぁ」
「ふふふ。支部長こそ」
……楽しそうだなポム……
というか、支部長、名前もう支部長でいいの……?
思わず遠い目になっている俺の肩がチョイチョイと後ろからつつかれた。振り返った先で、ロベルトが声をひそめて言う。
「わりとトントン拍子で支部長連れて来れたけど、すごいな、このグランシャリオ家の家紋入りバッチ。ポムさんからもらっちまったけど、良かったのか?」
「お疲れ様だったな、ロベルト。そのバッチはうちの家人の証だからな。冒険者組合の取引の時には必ずつけてるから、効果覿面だろう」
昨日の今日で早くも取り繕う気すらなくなったのか、ロベルトはもう素の口調のままだ。耳にした支部長が目を剥いていたが、俺は勿論ポムも全く気にしない。
労いを兼ねて紅茶を渡してやると、ロベルトは猫舌なのかフーフーしながら飲み始める。
「ははぁ……なるほど……って、俺は家人じゃねぇだろ!?」
「別にお前なら家人になってもかまわんが? こちら側の生活に飽きたら言うといい。給料は要相談だ」
「……頼むから真顔で言うな……」
俺の本気を悟ってか、ロベルトはやや顔をひきつらせていた。
ちまちま飲む姿は小動物のようだが、やっているのは縦長の成人男性である。人類最強の勇者が猫舌ってどうなんだろうか。敵対した時は、舌に熱魔法使えばいいの?
「家人云々はともかく――デカイ事業をやるとチラッと聞いたが、また何をするつもりなんだ?」
屋敷の魔改造を見ていたロベルトの目には、ハッキリと『街まで魔改造する気か!?』と書かれていた。勇者(ロベルト)は心配性だな。無論、するとも。
「ロベルトも手伝ってもらうぞ。――まずは皆、この地図を見て欲しい」
嫌そうな顔をしたロベルトを華麗に無視して、俺は大机の上に地図を広げた。勢い、全員の視線がその地図に注がれる。
港街(ロルカン)周辺の地図だった。我が支部に集まりつつある地図は、うちの家人達が測量から何からしている為、恐ろしく緻密なものになっている。これはそのうちの一つを複写したものだ。
地図中央にあるのは、港街。その港街を内に閉じこめ、円を描くようにして引かれた線が街壁だ。
大きな街門から真っ直ぐ海側に伸びた道の端にあるのが、港。港を背にして右手側は小高い丘状態になっており、その端に風車がある。我がロルカン支部があるのもその付近だ。
ジルベルトの屋敷も同じ右手側のエリアにある。とはいっても、風車からはだいぶ距離があり、その敷地面積は港部分と同じぐらいには広い。ぶっちゃけると、街の右エリアはほとんどジルベルトの敷地なのだ。……聞いた話、あと少しでその土地を手放すことになりそうだったらしいが。
地図には、それらの他にも記載がある。街路や、すこし離れた場所にある林のような枯れた森に、沼。草すら生えてない山などだ。
また、街付近にも特記すべき記載がある。街壁をさらに取り囲む形で太い曲線が描かれているのだ。街門と線までの空間は、今の街が三つか四つ入りそうなほど広い。
俺はまず、街門を指でなぞった。
「今の街の街壁がコレだ。少し調べてみたが、見た目以上に痛んでいる。攻城器で一撃入れたらあっさり砕けるだろうレベルだな」
地図にも細かい字で『損傷率八十パーセント』やら『一部決壊』やら書かれている。ロルカンの街門は、端になればなるほど損傷が激しい。先代以前にも人目のある場所ぐらいは少しずつ補修していたらしいのだが、人目のない場所に対してはほぼ放置状態だったのだ。
「……もう、野犬や狼ぐらいにしか役に立ちませんか」
「それを防ぐだけでも、人にとっては有り難いだろうが……これからのことも考えると、防衛という点であまりにも難だな」
ジルベルトの声は暗いが、事実その通りなので慰め言葉もむなしくなる。俺の声に頭の中で計算していたらしい支部長が、渋い顔で顎鬚を撫でた。
「このあたりまで損傷が……ははぁ……修繕するとなると、相当な金額になりますな。ところで、このだいぶ外側にある線は?」
外側のラインを気にした支部長の声に、俺は口の端を笑ませた。
「このラインが、俺が予定している新しい街壁だ」
「……。新しい街壁!?」
一瞬の空白後、我が家の面子以外の全員が声をあげた。壁の長大さが想定外だったのだろう。
「新しい事業って、ソレか」
「グランシャリオ様。しかし、この大きさでは、数年どころか数十年かかりますぞ!」
「これは、石を切り出すところからして大事業になりますな」
「レディオン様、ここまで大きなものをする必要は無いのではありませんか?」
一斉に声をあげる面々に、俺は軽く手を挙げて言葉を途切れさせる。
「まぁ、聞け。街壁はただの外枠だ。俺の言う『事業』にコレは含まれていない。新しい街壁は今夜中に建てておく」
「え!?」
「今夜中!?」
「魔法を使えば、さほど難しいことでは無い」
俺の言葉にロベルトは納得顔になったが、ジルベルト達は絶句した。最も早く立ち直ったのは支部長だ。
「魔法……! 領主様のお屋敷を修繕されたのは、レディオン様だとお聞きしましたが、やはり、魔法使いなのですね!」
「……まぁ、否定はしない。魔法使いになったつもりは無いが、魔法は使えるな」
というか、『やはり』って何だろうか? 普通では出来ない修繕速度だったからだろうか?
首を傾げて問うた俺に、支部長はきょとんとした顔で答えた。
「いえ。レディオン様の造られたという藁ゴーレムが、屋敷の庭を掃除してましたから」
「……」
忘れてたぁああああああああッ!
夜明け前に家事生霊は帰還させたけど、そういえばゴーレム連中は目についた部隊しか袋に戻してなかったよ! たぶん今も掃除してるよ!!
……屋敷の外観を整える為に今も働いていたのか……そうか……
「おかげでちょっとした騒ぎになってたんですよね~」
ポム! 情報はもっと正確に!!
「では、やはりあのゴーレムも、レディオン様の……!? 素晴らしい! 複数のゴーレムを使役されるのは、相当上位の魔法使いということになります。ギルドには剣士で登録されておりますが――」
「……。いや、魔法使いとして登録する気は無いからな」
支部長の声に、俺は視線を僅かに逸らしながら伝える。
魔法使いの出生率が下がっているという話も聞いたのだ。下手に強力な魔法が使えると知られたら、どんな騒ぎになるか……!
「登録してなくても、もう坊ちゃんが大魔法使いだってバレてますよ。今更では?」
うるさいよ、ポム! おまえを隠れ蓑にしてやるぞ!?
……なんで魔王ってバレるか否か以前に魔法ごときでこの有様なの……!
頭を抱えた俺の後ろで、ロベルトが苦笑する。
「四大精霊魔法をどれか一つでも初級で使えれば、その時点で『魔法使い』だからな。錬金術では無いゴーレムは召喚魔法だ。召喚魔法は通常なら魔法使いとしての力量が中級に達していない限り扱えないとされている。その考え方で行くと、おまえさんは最低でも中級以上、ということになるからな」
「その『中級魔法使い』の程度が分からんが、国に何人いる程度の力量なんだ?」
「中級魔法使いなら、大きい国で数十人、小国だと一人いるかいないか、かな」
……なん……だと……
「……ちなみに、こっちで言う中級魔法使いって、たぶん、あんたらの所だと子供レベルだと思うぞ」
……ばか……な……
「まぁ、俺もあんたらと会ったばかりだから、きっちりした能力差は分からないわけだが」
俺にしか聞こえない声でぽそぽそ言うロベルトに、俺は愕然としながらぼやいた。
「……おかしいだろ……なんで、そんな連中に俺の……地力が違うのに、何故、滅亡……いや、数の暴力というのがあるし、精霊の加護や神族のテコ入れがあったり勇者がいたりすれば……」
「はいはい、坊ちゃん、帰ってらっしゃい」
「んきゅ」
フードごと首根っこ掴まれた! 変な声でた!!
ポム! お前は何なの!? 俺の首根っこに何か文句あるの!? もうちょっと配下らしい振る舞いしてもいいのよ!?
「まぁ、うちの坊ちゃんは魔法使いとしてある場所ではすでに大成してる方ですので、あえて冒険者になってまでそのスキルを伸ばしたいわけでは無いんですよ。そして坊ちゃんほどの才能があれば、この程度の街壁など軽いものなわけです」
ポムは自然にハードルを爆上げしながら曝露しやがる。どういうことなの。俺が魔王だってバレてもいいの? 実は敵なの? 意地悪なの?
俺がジト目でポムを睨む中、アヴァンツァーレ家主従二人がキラキラした目で俺を見た。
「これほどの改築を一夜で行えたのも、レディオン様が大魔法使いだったからなのですね!」
「なんという……財力、知力、義侠だけでなく魔法の才まで……!」
……すごい尊敬の目を向けてきてる……
あれ……魔法使いって、尊敬される存在なの? ただ魔法使えるだけなのに? なんでだ……? あ! 千人に一人の存在だからか!?
「魔法を使えるっていうのは、利点と欠点があるんだよな」
「そうですねぇ。冒険者にはわりといますが、民間や軍には少ないので有事の際には高給で雇われますし、なにより魔法を使えるか否かで出来る事出来ない事が違ってきますからな」
「魔法しか効かない魔物が出た時とか引っ張りだこだし、そもそも強い魔物には物理攻撃が通りにくいことが多い。人対人の戦いの場合でも、初級魔法使い一人で騎士千人分の戦闘力があると言われているぐらいだ。人数差をひっくり返す力があるのが、魔法使いっていう存在なんだ」
ロベルトと支部長が俺に魔法使いについて語ってくれる。人間社会にとっての魔法使いって、面白い立場にいるんだな……
「ま、強大な魔法使いであるほうが、自衛のためにはいいと思うけどな。魔法を使える人材ってのは貴重だから優遇されるし、身分や財力が上ならさらに尊重される。居丈高にやってくる馬鹿は、相手が何であっても変わらないからそこは注意だが……少なくとも、目障りな商人だから潰してやれ、っていう阿呆はこの噂で二の足を踏むと思うぞ」
「……そういう阿呆もいるわけか?」
「出る釘は打たれる。そういうもんだろ?」
ロベルトの声に「なるほどな」と冷笑して、俺は居住まいを正した。
どのみち、俺の行動から俺が魔法を使えることはすぐに周知の事実となっただろう。最初から隠蔽らしい隠蔽をしていなかったので、もう開き直ったほうがよさそうだ。支部長の俺の認識も『英雄をひきつれた大富豪のボンボン』から『英雄を仲間にしている大富豪の大魔法使い』あたりに変ったことだろう。俺自身が強者の立ち位置にいれば下手に手を出そうとする者も少なくなるだろうから、ロベルトの言う通り自衛の為にも結果オーライとみるべきだな。
「レディオン様が魔法でこの――恐ろしく長大な――壁を作ってしまわれるとして、それで、私共が手伝えることというのは何でしょう?」
軽く手を挙げ、ジルベルトが俺に問いかけてきた。
おっと。そうだった。ついつい意識が逸れかけたが、それを話したいんだった。
「ジルベルトに頼みたいのは、土地の売却だ。つまり、まずこのエリアの土地全てを俺に売って欲しい」
「……しかし、これは」
「土地の価格設定はそちらに任せる。開発区として色をつけても構わん。そして、支部長に頼みたいのは、壁が出来たことで起こる騒動への対応だ」
困惑を滲ませる二人に、俺は言った。
「両者が協力してくれるなら、俺はこの地区に、巨万の富を生み、伝染病の発生することのない近隣最強の都市を築き上げてみせよう」
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