第31話 ―災禍の種―



 高濃度魔素――それが実際にはどんな物質なのか、未だ我々は解明出来ていない。

 遥か悠久の時を生きる真なる魔女であれば、もしかすると知っているかもしれない。だが彼女達と直に言葉を交わせる機会はほぼ無い。文献から存在を知り、真性魔法を知り、その行使に至ったといえど――直接会うことは叶わない高次元の存在であるが故に。


 ただ、世界に生きる者は知る。

 高濃度魔素とは、生物を変異させる力だと。


 抗えぬ病や毒への畏れにも似た絶望をもって知る。

 高濃度魔素とは、生命を歪める呪詛だと。


 人であれ動物であれ竜族であれ魔族であれ、あるいはアストラル・サイドの生命体である精霊族ですら――その災いの前にあっては逃れる術が無い、それが高濃度魔素。

 世界に組み込まれた、最上級呪詛ラ・プリュス・メレディシオンだ。


「エフィ! 何だこれは……! 何故だ!!」


 レイノルドが結界に動きを阻まれながら叫ぶ。その先でエフィと呼ばれた青年が巨大な肉塊に変るのを誰もが愕然と見つめた。

 魔族が変異する。

 変異種ヴァリアントと成り果てる。

 そんな現象を初めて目の当たりにした者がほとんどだろう。何が起きたのか、目で見ても分かっていない者も少なくない。理解した者が悲鳴をあげ、我先にと結界から身を離すべく逃げ出した。すぐさまそれは他へと伝播する。恐慌状態だ。それは結界の中でも変わらない。いや、結界内こそ恐慌と絶望の嵐だ。その中で最も効果的に動けたのは父様と母様だろう。


「お逃げなさい!」


 ベッカー家側に広範囲治癒術が発動した。母様の魔法だ。父様に半ば抱えられながら俺のいる側まで走りつつ放ったそれが、高濃度魔素の吹き荒れる付近で倒れたままのベッカー家家人達を癒す。

 驚き、けれどすぐに弾かれたように逃げようとした女性が何かに躓くように転んだ。


「ひっ……!?」

「たす……け……」


 転んだのは足を掴まれたからだ。足を掴んでいるのは同じ戦場で戦っていた同僚だ。

 その体の半分が、肉塊へと変わりつつある。


「だす……げぉ……あ……がああああああ」

「いやあああああ!!」


 肉が弾けた。血が噴き、悲鳴をあげた女性の体を瞬く間に濡らす。その体を他の家人が引っ張り、逃げる。その先に肉塊。まるで通せんぼをするかのような。あちこちから膨れて膨張し、魔素の颶風をさらに撒き散らす。


「いぎゃあああッ」「たずげで! いやだ、こんな」「おご……あああッ」「たすけてたすけてたすけ」「いやあ! なんでなんで!」


 地獄があるというのなら、目の前の光景がそうだろう。魔素に侵され異形へと変り果てる者達。悍ましい肉塊への変異に絶叫をあげ、狂い泣き助けを求める者達。その体から放たれる高濃度の魔素がさらに被害を拡大させる。連鎖に次ぐ連鎖。伸ばされた手を振り払い、逃げた先にすら安息の地は無い。


 結界に閉ざされた世界なのだから。


 視界の端で現魔王が術を放ちかけ、オズワルドに止められるのが見えた。


「他の魔族が巻き込まれますぞ!」


 結界を解こうとしたのか。助ける為に。

 だが、そうだ――結界を解けばより広範囲に魔素が散る。そうなれば、今逃げ惑っている大多数の魔族達が巻き込まれる。

 けれど、

 結界が解かれなければ、


「父様!」


 叫んだ声が情けない程震えていた。


「母様!」


 俺は結界に張り付いた。すぐ目の前に駆けてきた父と母が、俺の姿に一瞬だけ目に優しいものを浮かべ――即座に後ろを振り返る。


 俺達は見た。

 夥しい数の肉塊を。

 一塊が大きな馬車程もある禍々しい赤を。

 仲間を半ば見捨て、必死に駆け、逃げ切れた家人は僅か数名。逃げる途中で変異し、絶叫をあげながら肉塊へと変わりつつある者の姿も見える。


 助けを。

 そう思っても、誰が、何をすればいいのか、誰にも分からない。

 高濃度魔素がどの程度どういう風にかかればあのように変異するのか。それすらも、俺達は知らないのだ。だがあの視覚化されるほどの濃度――通常では発生するはずのない濃さであれば、いかな魔族であろうとも変異するのだろう。今目の前で発生しているように。


 その高濃度魔素をどうやって保持していたのか。

 何故、ベッカー家の者がそれを持っているのか。

 何故、グランシャリオ家を――おそらくは、俺を――魔族を滅ぼす災いとして、なんとしても殺さなければと思い込んでいるのか。

 ――レイノルドの言動と、家人の言動の食い違いは、何か。

 分からない。まだ何一つ。

 俺の中の冷静な部分がそれらを必死に考えている。何かから目を逸らすように。

 何かから――


 目の前の、結界。

 隔たれた世界の、閉ざされた場所にいる両親。

 荒れ狂う高濃度魔素。

 生み出される数十体の変異種ヴァリアント


 分かっている。何が起こるのか。

 分かっている。何が生まれるのか。

 分かっている。誰が、何が、今、どのように、危険なのか。


「レディオン」


 なのに。


「逃げなさい」


 いやだ。


「父様と母様が、あなたを守ります」


 違う。そうじゃない。

 俺は手を伸ばした。結界に阻まれる。すぐそこにいるのに。僅か一歩の距離なのに!


「結界を解いて!」


 何もないように見える空間を拳で叩いた。硬い。沢山の魔族を守るための現魔王の結界。

 内部の魔素がどんどん強くなる。肉塊が完全な巨大な赤い蛙にかわる。何処に蛙の変異種を持っていたのか。あの卵型の携帯用変異種――あれも、やはり、彼等か。どこで生み出した。村の事件はこれの予行練習か。全部、全部――


(『おまえ達』か)


 脳裏に閃く姿があった。。ここからすでに手を伸ばしていたのか。最初から。生まれた時から。

 俺の拳が結界を打つ。この体では破れない。

 潮騒の音がする。耳に煩いのは鼓動か。

 母様が何かを唱える。体内で鳴り響く潮騒の音が大きすぎて言葉が拾えない。


 視覚化されていた高濃度魔素が揺らぐように掻き消える。だがすぐにまた発生した。それでも発生しない範囲がある――母様達の側。浄化結界か。魔素散らしの魔法のアレンジか。

 赤い山が蠢く。間違いようの無いその姿――『災厄の種カラミテ・グレーヌ』。その数、六十二。

 一体でも強敵だった。それが、六十二体。

 巨体達が父様の側を見る。直前の感情や行動が影響を及ぼすのか。あれだけの集団に一気に押し寄せられれば終りだ。


時渡エクセリクシ


 唱える。必要なのは十歳の体。今の魔王を凌ぐ時の年齢すがた

 一度に大量の魔力を失った感覚に眩暈がした。だが、以前より楽になっている。継続的に消費される魔力量も前回ほどでは無い。体が慣れたのか――それとも別の理由か。


 目の前の――結界さえなければ服を掴めそうなほど目の前の父様が、最大の力で練り上げた魔法を自分達を標的とする敵全てに向かわせる。

 俺達の使う魔法で、最も早く効果的な魔法を父様は知っていた。すでに二度俺が使っているから。


真死ヴェリタブル・モール


 一瞬だけ災厄の種カラミテ・グレーヌの巨体が揺れた。効果は正しく発動した。

 だが、俺達は知っている。

 魔法で心臓を止められて、なおこの異常な化け物アノルマル・モンストルが生き続けることを。

 その動く理由を――見出そうと睨み据え、俺は大きく目を見開いた。


 ――『災禍の種』『浸食系融合生物』『二心臓』『受魔攻受耐性』『広域魔素汚染』


 脳裏に書き込まれるように閃く言葉。【神眼ディヴァィナ】だ。


「父様! 心臓が二つある! 即死魔法は耐性を得た。同じ魔法は効かない!」


 俺の声に父様は振り返らずに頷いた。

 現魔王が何かを叫んでいる。オズワルドの言葉は制止だろう。彼からすれば、魔王サリを危険に晒せない。魔王サリは同族を見捨てられない。


 ああ、罠だ。


 確かにこれは罠だ。

 ここには集結している。現魔王サリ・ユストゥス現魔王の腹心オズワルド・バートン次期魔王の後見アロガン・グランシャリオ次期魔王の育成者アルモニー・グランシャリオ、そして――次期魔王レディオン・グランシャリオ

 一斉に消えれば、さぞかし笑いが止まらないことだろう。楽だと嗤えることだろう。

 誰が。

 何の為に。


 ――考えるまでもない。


 こんなことをする相手を、俺は知っている。

 俺は息を吸った。


「結界の外の者は全て結界から距離をとれ!」


 自身の声に鼓膜が悲鳴をあげた。大音声。結界内の阿鼻叫喚も、周囲の悲鳴もかき消すほどの。目の前の結界に亀裂のような傷が生まれる。

 現魔王が俺を見る視線を感じた。その視線に驚愕が混じるのも。けれど俺は視線を返さない。俺が見る相手は父と母だ。

 母様が俺を視界の端に留める。驚き。そして、泣きそうな笑顔。あまりにも優しく美しい。


 息を吸う。

 一気に魔力を高める。この年齢で編める最大の力で。この時代に有する魔力親和度の全てを使って。

 力を解き放った。

 イメージは天をも貫く筒状の強大な結界。現魔王の結界を包んで立ち昇る新たな結界――無限の翼で包み込むように。


 父が溜めていた巨大な魔力を解き放つ。天地を光が貫いた。あまりの光に一瞬視界が白に塗りつぶされる。俺のまだ見ていない血統魔法――おそらく、上位の座の広範囲雷撃。

 結界が衝撃にたわみ、震えた。凄まじい振動に、あまりの音の大きさに聴覚すら麻痺していることを知る。俺が放った見よう見真似の第七座【とどろき】より強い。

 なら、倒せるのではないだろうか。

 大丈夫なのではないだろうか。

 頭の片隅で生まれる言葉を押しやる。動悸が収まらない。


 白い闇の中で母らしき影が腕を振るう。聴覚が麻痺しているせいで何を唱えたのか分からない。目をやられていなければ魔術回路と術式で何か分かるのに。


時渡エクセリクシ


 見えない世界で魔法を解き放つ。今できる『最善』を成す為に。

 一気に魔力が減るのが分かった。先の比では無い。だが同時に恐るべき勢いで魔力が回復していくのも分かった。魔法行使による魔力の持続消耗すら上回る速度に戸惑いを覚える。以前に使った時との差が分からない。あるいは、現在の動き如何による未来の変化――『成長』の違いか。

(これなら――)

 一気に跳ね上がった身体能力で視力と聴力が戻る。一瞬眩暈がした。急な変化に慣れない為か。


「サリ・ユストゥス!」


 奇妙な酩酊感を振り払い、俺は名を呼んだ。陛下とも、魔王様とも違う、その名前を。


「俺がカバーする! 結界を解け!」

「分かった」


 その声は何故かよく聞こえた。

 拳を叩きつけたままの結界に俺は視線を戻す。そこに父母がいるはずだった。


「父――」


 ビチャ、と。

 音がした。

 

「――様」


 目の前の壁に、赤いものがついていた。空間の亀裂に入って奇妙に流れ落ちる。

 いや、壁なんてものは無い。結界だ。見えない――けれど、世界を隔てるもの。


「あなた!!」


 魂切るような悲鳴が響いた。目の前の見えざる壁が消える。押しつけていた手が空振る。目の前にあった赤が下へと落下し、僅かに俺の体にかかった。


 目の前に赤がある。


 前にも。足元にも。その向こうにも。

 山のような真紅の蛙。近い。けれどそれよりも濃い赤が目の前にある。


「……父様……?」

「逃げ……ろ……」


 母に抱き支えられ、母を庇うように抱きしめて。災厄の種カラミテ・グレーヌに背を向けた父。夥しい量の血が足元を濡らしている。

 右の二の腕より先が――膨れ上がっていた。

 膨張し、何かに阻まれるように一定の大きさで留めているそれは――肉塊としか言えないものだった。


 手を伸ばす。指先に黒い炎。ほぼ無意識だった。視線はすぐ近くで襲いかかろうとしている赤い変異種。


炎獄の虐宴アンフェール・フラム・フェスタン


 闇が舐めるように地面から螺旋状に立ち上った。大地すら溶かす熱が父様の後ろから放射線状に天地を駆け抜ける。それを追うように幾筋もの極炎の竜巻が走った。触れた災厄の種カラミテ・グレーヌが熱で溶解し、あるいは炎上して消し炭と化す。

 呪詛を宿す闇と炎の混合属性系広域殲滅魔法【終末地の炎宴メギド・フレイム】が広さに特化した魔法であるのに反し、上位版である【炎獄の虐宴アンフェール・フラム・フェスタン】は全ての効果を術者の任意で操れる。

 高めるべき効果は殲滅力。

 絞るべき効果はその殲滅範囲。

 二つ以上の属性を持つ魔法は対象者に耐性を持たせにくい。即死系魔法を一度くらったことでほぼ完全な耐性をつけるような異常個体だ。弱い魔法を連発すればそれだけで耐性を得て強化されてしまうだろう。

 なにより、【炎獄の虐宴アンフェール・フラム・フェスタン】には高威力の動く壁となって一定時間敵を阻み続けるという効果を持っている。一瞬で終わらないことが今は必要なのだ。


「父様……今すぐに――」

「駄目だ……種を……仕込まれている」


 伸ばした手を逆に掴んで、父が俺を後ろへ押しのけるようにして告げた。

 ――種?


「離れろ。……魔法で、押さえこんでいるが、いつ変異が、全身に回るか、分からん! ――あの化け物の前には、立つな。高濃度魔素の塊のような礫を放って来るぞ!」


 何かが凍り付くような感覚がした。ぎくしゃくと父様の右腕を見る。――その、奇妙に空間が歪んでいるような箇所を。


「……時を……止めて……?」

「時空魔法で、切り離してある。内部では変異が始まっているだろう。――自分の体が別の物に変って行く感覚が、これほど悍ましいとはな」

「あなた……」

「おまえは、レディオンを連れて下がれ。変異が始まる前に、神聖系即死魔法を自分にかけておく。それで一回分の命は、消えるはずだ。残りは、即死魔法を唱えればいい。――大丈夫だ。全ての固有能力アビリティは切ってある」


 母様が首を横に振る。必死にすがるような眼差しで父を見つめて。

 姿を思い出す。

 父は母を庇ったのだ。まだ戦いに不慣れで先読みによる回避の出来ない母を。そうして、自分が呪詛にも似たその魔素の礫を受けた。


「くらった腕を、吹き飛ばしたが、駄目だった……根を伸ばすように、浸食してくる。恐らくは、あの卵のようなやつだ……魔素が届かないとわかると、それを放つようだな……だが動きを見ていれば分かる。口から吐き出されるんだ。――絶対に、奴らの前には立つな。いいな?」


 魔素の礫。――まるで自分と同じものを広めるのが目的のような。

 周囲に高濃度魔素を撒き、その魔素が何らかの要因で周囲を汚染できなければ礫を飛ばす――まるでそうすることを目的として作られたかのような。


(他生物の変異種化)


 それが、災厄の種カラミテ・グレーヌの最も恐ろしい能力。

 魔族の体すら苗床に――新しい異常な化け物アノルマル・モンストルを生み出すのだ。

 けれど――


「まだ、全身に回っていない」


 凝視する先から目を逸らさず、俺は呟いた。


「父様――もう二度と右腕を得ることは出来ないが――かまわないか?」


 俺の声に父様は大きく目を見開いた。


「【犠牲サクリフィス】か」


 傍らで父を覗き込むサリの声に、俺は頷いた。


「腕一つを代償として差し出す。数秒間完全に俺と父様が無防備になるから、その間は――」

「引き受けよう」


 サリとオズワルドが立ち上がった。意識の片隅で何かがひっかかるが、父の方が先だ。


「風と即死系はすでに無効。雷、炎、闇は余波を受けて生き残っている者は半減といったところでしょうね。――ところで坊ちゃん、結界を引き受けますから治療の方に専念してくれますかね」


 よいしょ、と俺の傍らに座ったポムが言う。


「分かった。頼――」


 ……。

 ん?


「……ポム?」


 あれ? いつ来た?

 というか、なんで結界内に入ってる?

 ああ! 魔王サリ側近オズワルドもじゃないか!! なにをしている!?


「旦那様達だけでなく坊ちゃんも入るっていうのに、私が入らないわけにいかないでしょ。他のひと達も同じだと思いますよ。レイノルドさんですら突入したのに。――はいはい、結界貰いますからね~」


 綺麗に俺の術に自身の魔力を介入させ、ポムはちょっと顔を顰めながらするりと主導権を奪い取った。

 途端に結界に変化が起きる。薄く光るほぼ透明の翼が何重にも積み重なったような結界が、一気に黒くなったのだ。


「……いきなり禍々しいな……」

「旦那様、その状態で酷くないですか!?」


 全員の思いを代表した父様の呟きに、ポムが半泣きで抗議する。


「まぁ、軽口を叩ける程度なら大丈夫でしょう。坊ちゃん、何があっても守りますから、サクッとやっちゃってください」


 俺はポムを見つめた。

 相変わらず全くといっていいほど気配の無い男。先程も突然姿が見えなくなって――けれど騒動が起きると傍にいる。


「ポム」


 得体が知れない。恐らく、この場にいる誰よりも。

 それなのに、何故だろう――俺の中の何かが、こいつは大丈夫だと囁いている。

 合った眼差しを見つめる。個性も特徴も無い顔のはずなのに、ふいに驚愕する程美しい何かが見えた気がした。


「頼んだ。母様のことも」

「――はい。頼まれました」


 ちょっと微笑って、ポムが頷く。

 すぐ近くで膨大な魔力が迸るのを感じた。現魔王の力だ。そういえば、こうして同じ戦場に立つのは初めてだ。まさか魔王と共闘することになるとは思わなかった。


「父様。時空魔法の権限をこっちに」

「……」


 母様と共に父様を支えながら言うと、僅かに父が躊躇をするのが分かった。

 ――心配なのか。万が一、俺に移ってはいけないと。

 馬鹿だ、父様。

 そんなことは考えなくていい。ただ、助かることだけ考えてくれたらいい。


「父様」


 そのために、俺はこうしてもう一度生まれてきたのだから。


「俺を信じて」


 父様の目に、時空魔法で成長した俺が映る。父様とほぼ同じ身長だ。年齢だってそう変わらない。俺はわりと早い目に老化が止まってしまったけれど――


「俺は――」


 前世の父は、この俺の姿を見ていない。

 魔王を継いだ十歳の姿ですら、見ていない。


「父様を喪いたくない」


 見てくれ。見ていてくれ。今度こそ。

 例え、いつか親は子より先に逝ってしまうのだとしても、せめて無理やり奪われるのではなく、いい魔生だったと笑って逝けるような――微笑って見送れるような――そんな長い時を俺に与えてくれ。

 じっと見つめる俺に何を思ったのか、父様がふと力を緩めた。 


「……分かった」

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