愛梨寿、捕まる!

 愛梨寿に石を渡された場所をもう一度思い出してみる。確か奥のフロアにはほとんど立ち入った記憶がないので、きっと渡された場所は入り口側のフロアということになる。そして砂いじりや石拾いをやっていたのは、フロアの中央ではなく、端だった気がする。ということは私たちが探さなければならない場所は……。


「思い出した? 落とした場所」

「……う、うん」


 それは入り口側のフロアのここから最も遠い場所。せっかくここまで来た道を再び戻ることになる。


「ふりだしに戻る、か」


 私のスネに激痛が走った。


「痛った! またやってよ、じゃなかった、またやったな?」

「はあ? もう、しっかりしてよ。やるしかないんだから、さっさと行くよ!」


 はい、愛梨寿たん。

 私たちは息をこらえながら、再び連絡通路まで来た。先ほどのいちごお化けは幸いまだ伸びている。それを全く気にしないで徘徊している他のお化け達もどうかと思うが、この際それは気にしないでおく。


 そこからまた息を止め、目的の場所を目指す。何度もいちごお化けに当たりそうになりながら、徐々にその場所へ向かう。幸いなことにどうやら彼らはほとんど目は見えていないようだ。


 ようやく目的の場所に着いた。だが、探すといってもどんな石なのか全く覚えていない。愛梨寿が持っている石を見せてくれた。一見普通の石と見間違えそうになるが、その形は細長くきれいな六角形に揃えられている。色は普通の石と変わらず黄土色。愛梨寿の手に収まるくらいのその小さな石をとにかく探した。

 幸いこの辺りにはあまり「にんげん」が成っていないためか、いちごお化けは来ない。それでも時々、やってくるたびに私たちは息を止め、ただただじっと待つ。音と匂いがあれば気づかれてしまうからだ。

 かれこれ30分は経っただろうか、それでも石は全く見つかる気配がない。疲れてきた私が、ふうとあたりを見回すと、そこには必死で地面を探す愛梨寿が見えた。

 自分の事でないのにもかかわらず、あんなに必死で探してくれている。なんと頼りになる娘なんだ、愛梨寿たん、もう僕は君を絶対に離さない、離さないよ……。なんて考えているまさにその時だった。愛梨寿が、きっ、とこちらを睨んだ。そしてずんずんと近寄って来た。そして私の胸ぐらを掴む。


(なぁにぼけっとサボってんのよ……元々はあんたが無くすからいけないんでしょーが!! 早く探しなさいよ!)


 小声だったがその声には威厳があった。

「は、はい」

 私は襟元を正すと、必死で探し始めた。

 そしてそのまま方向転換をしようとした時、何かの感触が背中にあった。


「!?」


 思わず漏れそうになった息をこらえる。振り返るとそこには大きないちごお化けがいた。思いっきりぶつかってしまったのだ。


(まずい!)


 私はじっとその場にとどまった。


「アレ? ナンだ? 今何かが」


 そう言いながらお化けが私の前に顔を近づけた。ぐっと、息を止める。私は全身の力が抜けそうになった。必死で喉を閉めて息を堪える、絶体絶命のピンチ。


「…………」

(た、食べないでくれ……たのむ)


 オーイ、そっちにはもううまいにんげんはナイぞ、遠くから呼ばれたそんな声にお化けが振り向き、そのまま去っていった。


(危なかった)


 そのまま私は地面に倒れこんだ。

 もう嫌だ、こんな世界。悪い夢なら早く覚めてくれ。

 ふと視線を横にやると、そこに何か落ちていることに気付いた。ゆっくりと起き上がり、それを持ち上げる。


「これってもしかして……」


 ついていた砂を払うと、六角形の形が現れた。色も形も愛梨寿が持っていた石とそっくりだ。


「あった!」


 そう叫んだ瞬間だった。

 周りのいちごお化けが一瞬にしてこちらをさっと振り返った。その速さといったらまばたく瞬間より速い。


「お、コンナところにおおきなニンゲンが、うまそうだ、頂きまーす」


 そういいながらドシン、ドシンと音を立てながら何体ものお化けが近づいてきた。しまった、囲まれた、もう逃げ場が無い。

 いちごお化けが大きな口を開けながら、手をいくつも出してくる、まずい、食べられる、そう思って目をつぶった瞬間だった。


「待ちなさい!」


 恐る恐る目を開けると、そこに一人の少女が腰に手を当てて立っていた。目は鋭く、口を結び黒髪のツインテールは今にも逆立ちそうだった。


「オオ、こんなところにもっとうまそうなニンゲンが」

「こっちのホウが、新鮮だ。いただきまーす」


 愛梨寿は私を睨んだ。


「今よ、早く逃げて」

「そんな、愛梨寿を置いてなんて行けないよ」

「私のことは大丈夫、自分で何とかするから、早く!」


 そのまま周りにいたお化けは、走りだす愛梨寿を追いかけていったため、一瞬だけ辺りに隙が出来た。

 気付けば私は走り出していた。この恐怖から逃れたい、その一心で必死に空調機器の方へ走り出していたのだ。

 脇目もふらず、気づけば私だけ、ここにたどり着いていた。逃げるなら今だ、賢者の石は持っている、あとはこの風を浴びれば元の世界に戻れる。この恐ろしい状況から脱出出来る待ちに待った瞬間だ。


 ただ、何だろう、この胸のもやもやは。

 今この場所にあるべき何かが足りない。もちろんそれは……。


「ありすたん」


 遠くで、ゴォーー、という音が聞こえた。


(戻ろう、ここで帰ったら父親じゃない!)


 命への渇望、捕食への恐怖、それらあらゆる負の感情より何より、私の中で娘への愛情がまさった。愛梨寿のためなら死んでもいい、そう思えた私は、気づけば全速力で園へ向かって走り出していた。

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