第251話「桜花がする方」


 寝る前の少しの時間。その何も制約のない一時の時間で、桜花と翔は楽しく談笑するのが日課だった。

 今までもその日課が途切れたことはなく何かしらの話をお互いが振ったり振られたりしている。


「翔くん、こちらへ」

「ん?……えっ」


 今日は唐突に桜花がぽんぽんと膝を叩いた。翔は訳が分からず、ぽかんと口を開けてしまう。桜花はその翔の様子をくすっと笑いながらもう一度、ぽんぽんと自分の膝を叩く。


(これはあれか、ここに頭を置けということか)


 少し恥ずかしいという感情が湧いたが、二人きりであるし、尚更という気もした。


「急にどうしたの?」

「いいですから」

「し、失礼しまーす」

「どうぞどうぞ」


 翔は桜花の膝の上に頭を置いた。柔らかな感触が後頭部から伝わってくる。今日に限ってはネグリジェなどという薄い服を纏っているのも大きな理由であろう。


「あ、あの……理由を聞いても?」

「理由ですか?翔くんの髪を触りたかったので」

「髪の毛?」

「そうです。ダメですか?」


 そう訊ねられては嫌とは言えなかった。翔は少し恥ずかしそうに好きにどーぞ、と零しながらそっぽを向く。

 自分の髪を急に触りたくなることは果たしてあるのだろうか、と疑わしくもなるが翔が桜花の髪を触りたくなる衝動と同じかもしれないと思い直すと案外おかしくはないように思えてきた。


 翔は人に髪を触られるのはあまり好きではない。しかし、桜花は別である。桜花が髪を触ることで発生する頭皮への刺激が絶妙に眠気を誘う。

 もしや、これが狙いなのだろうか。


「桜花さんや。まさか僕を寝かせようとしてないか?」

「そんなことありませんよ」

「ならどうして視線が泳ぐんだ?」

「……えっと、虫が飛んでいたので」

「……なら仕方がないな」


 どうやら桜花は自分の太ももの上で翔を寝かせたいらしい。

 何故?どうして?と思わなくもないが乙女の心は難解だと聞く。

 翔は追求を諦めて好きにさせることにした。別に形が崩れた!ボサボサになった!と喚くほど翔は髪の毛に気を使っていない。


「翔くんも私の太ももを堪能できますし」

「んんっ?!げほげほっ……」


 急にぶっ込まれたワードに翔は堪らず咳き込んだ。

 そして、それはまさに図星だった。桜花は翔の髪を触ることが出来、希望であろう寝かせることが出来る。それに対して翔も同じく桜花の柔らかな太ももやこれは桜花には知られてはいないだろうが下アングルから桜花の表情を窺うことができる。


 これは特別である。格別である。


 いつもは身長差の関係から少し上からのアングルからしか桜花を取られることが出来ない。だからといって不満はないが下からのアングルでは味方が違う。


 ふっと力を抜いて笑みを浮かべている桜花を見るだけでいつもの何倍もの破壊力があり、翔の胸を締め付ける。


「そ、そんなこと思ってないよ」

「嘘です。蛍さんが「そんなことを思わない男は男じゃない」と言っていました」

「なんて事を……」


 完璧に図星だったのでぐうの音も出ないのだが、それはそれとして今度、蛍には桜花にそういうことを吹き込まないように頼まなければならない。


「良いではありませんか。Win-Winですよ」

「……どちらかと言うと知られたくなかったんだけど」

「翔くんは可愛いですね〜」

「……いってろっ」


 翔の髪の毛をもしゃもしゃと猫とじゃれ合う時のように触る桜花に、翔は反撃だとばかりにぐりぐりと顔をお腹に押し付けてみた。


「寝顔は見られたくありませんか?」

「……うそん」


 翔はすっかり恥ずかしがって強引に離されるかと思っていたためにこの対応には面食らった。

 桜花は前のように恥ずかしさの領域を超えているらしい。


(薄い布切れだろ……その服は。いつもよりも感触は強いはずなのに)


 ネグリジェに対して、羞恥心で悶え苦しむのは翔の方だったらしい。


「どうですか?気持ちがいいですか?」

「気持ちが良くないか、気持ちがいいかでいうと、勿論最高に気持ちがいいよ」

「は、はっきり言いますね……」

「しかも甘やかされてるしこのまま寝てしまいたいぐらい」

「寝ても構いませんよ。写真は撮りますけど」

「僕の寝顔を撮っても面白くないだろ」

「いえいえ。『私の太ももの上で寝ている翔くん』ですから」

「え、説明になってない……」


 この後、翔は桜花のもしゃもしゃ攻撃に耐えきれず、寝てしまい写真をぱしゃぱしゃ撮られた。そしてその写真は桜花が蛍に自慢しようとメールで送ってしまったためにカルマにまで知られてしまい、当分はその件で翔は弄られることになった。

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