第151話「充の夢」
「さぁ思う存分食べてくれ!」
充のお願い。
それは何と、焼肉食べ放題に息子を連れていくことだった。
娘しかいない充は、桜花に彼氏が出来た時に一緒に焼肉を食べに行くのだ、と前々から決めていたらしい。
「いただきます」
「じゃんじゃん焼くぞ」
翔は普通の高校生男子と比較すると少食なので、期待に添えるかどうかは不安なところだったが、充がとても嬉しそうにトングを持って肉を焼いているのを見ると、無理してでも食べようという気になった。
「ちょうどいい機会ですよ。翔くんはもう少しお肉をつけましょう」
「えぇ……」
「えぇ、ではありません。栄養バランスの取れた食事は作っていますが蒼羽くんに聞くと高校生男子はもっと食べると聞きましたし」
「個人差が……」
「今日は食べてくださいね」
お肉を減らせ、と言われる彼氏なら聞いたことがあるが、太れ、という彼女は聞いたことがない。いや、桜花は別に翔に太れ、と言っている訳では無いのだが、それでも翔の心境は複雑だった。
「まぁまぁ、六人もいるんだからみんなが食べればいいさ」
「修斗さんは少し自重して。最近体重が増加傾向でしょ」
充が全額持ちだからか箸を構えて臨戦態勢だった修斗が梓の一言に撃沈していた。
アメリカの食べ物といえば真っ先に思い浮かぶのがジャンクフードだが、まさかそればかり食べているのでは……。
翔の心配を他所に「今日だけは……!」と必死に懇願している修斗。
今日が終われば恐らく、一ヶ月ほど断食が待っていることだろう。
「桜花も食べろよ?」
「勿論、いただきますよ。翔くん、ご飯いりますか?」
「大盛りで」
この焼肉店は注文が今どきのタッチパネル操作でできるためか、桜花は頻繁にそれを触っていた。どちらかと言うと食べるよりも甲斐甲斐しく翔の世話や肉の追加に勤しんでいる。
翔は桜花も一緒に食べて楽しみたいのだが、誰かがやらねばならないことである以上強くは言い出せない。
そんな翔の内面を感じ取ったのか、桜花が安心させるような声色で、
「ちゃんと私も楽しいですからね。翔くんが沢山食べているのを見るのが好きなので」
どきり、と心臓が跳ねる。それはきっと「好き」と言われたからだろう。
しかし、いつもは沢山食べないので少し意地悪したくなってしまう。
「ならいつもの僕はあんまり好きじゃないのか」
「そういう訳では……」
「お世辞にも沢山食べてる、なんて言えないしな」
「……嬉しそうに食べている翔くんが好きなんですからそんな風に言わないでください」
「……はい。ごめん」
ついやってしまった。
少し拗ねてしまった桜花の手を充達に見えないようにそっと握ってやると、ぴくっと可愛らしい反応が返ってきた。
「焼けたぞ!」
一度深く手を繋ごうとした所で充の邪魔が入った。桜花も驚いてさっと離してしまった。寂しく感じながらも手をつけない訳には行かないので焼けた肉をタレにつけていただく。
「そのイチボは私が育てていたのに……!」
「これはタンだろう?」
「カルビ入れるわ」
六人テーブルなので、網が2つある。翔、桜花、充の3人とそれ以外の3人で別れていて、向こうは何やら揉めていた。
イチボとタンの違いすら分からないとは……。翔は自分の親を他人だと思い込むことにした。
こちらの肉もどの種類かと訊かれると答えに詰まるが、流石にタンは分かるだろう。
「いただきます」
桜花が箸で肉を摘んで口に運ぶ。その仕草一つ一つが優雅に見えて、翔もそして充も動きが止まった。
「美味しいですね」
にこっと微笑む桜花にKOされる2人。
かつてこれ程までに美味しそうに食べる人がいただろうか。芸能人ですら、少し誇張表現が入っているのだろう、どうせ、と思っていた翔にとっては、まさに革命が起こっていた。
「天使だぁ……」
「あぁ。全くだ」
こそこそ、と小声で充と囁き合う。
こういう時だけは相通じるものがある。
「どうしたのですか?2人とも」
「いや、何でもないよ」
「翔くんが……」
「何でもない!!」
取り繕うように即座に出た言葉に桜花が訝しげな視線を向けてくる。
桜花は自分のことを「天使」や「聖女」などと呼ばれるのをあまり好いてはいない。それは翔に対しては特に顕著でカルマには何も言わないが翔には後でちくりとお小言を言うことがしばしばある。
しかし、翔はいつまで経ってもそれが治らない。努めてはいるのだが、どうしても感情を突き動かされた時などは特にぽろり、と口から毀れてしまう。
幸いにも肉の焼ける音か、充の声と誤認したのか、気付いてはいないようなので、心の中でほっと一息つく。
「いい食べっぷりだね!」
「ちょっと男気を見せる時が来たようで……」
「分かるぞ……その気持ち。私も男気見せなければ」
「勝負ですか?」
「いい食べっぷりをした方が勝ちでどうかな?」
「乗りました。僕の方がリードしてますけど」
「ハンデというやつだよ」
桜花のことですっかり火が入ってしまった。
バチバチと勝負の火花が飛び交う。
「充さんが大人気なく……」
「いやいや、あれは男の勝負よ」
「誰のかは知らないけどこの肉もーらい!」
「あぁ……。また私のお肉ぅ……」
この後、いつもの数倍の量を食べた。
満腹になり過ぎた翔と充は十分ほど呻くことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます