第145話「やっぱり慣れない!」
「僕のベッドを使ってくれ。僕はそこら辺で寝るから」
「いえ、私がそこら辺で寝ますから、翔くんはベッドで休んでください」
翔と桜花はどちらがベッドで寝るかを譲り合っていた。
両親の前では毅然とした態度で言い放ったはずだが、実際に翔の部屋を訪れてからは気恥しさが増してしまったらしい。
旅館では布団を並べて寝たこともあったが、流石にシングルベッドに二人一緒に寝ようとは誘えない。
それもあって、翔は親の背中を見て、必死に譲っていた。
「……ではジャンケンをしましょう」
「勝てばベッド、負ければ地面」
「あいこなら二人でベッドです」
え?!と思うまでもなく、じゃんけん、という掛け声と共に三択から選び出したものはパー。
そして、桜花が出したものも、パーだった。
「これは……」
「二人でベッドを使えば問題ないですね」
「顔真っ赤にして言うなよ……」
「私にも羞恥心はあるのです」
翔の方としては嫌がる要素などなくむしろ、嫌われないだろうか、と不安なばかりなのだが、桜花はすっかり緊張してしまったようで、固まってしまっていた。
翔は苦笑して、ベッドに座って隣をぽんぽんと叩いた。隣に座るという行為は普通にしていることなので、桜花も素直に隣に座った。
そして、翔は今までずっと考えていたことを吐露することにした。
それは桜花の気持ちのことだ。自分両親である、と告げられあっという間に時間が流れてしまった今、何か思うことがあっても言えなかった時など、いっぱいあったはずだ。
それに、桜花が本当に両親であると、心から思えているのかも気になることろだ。
「両親への印象は変わったか?」
「……少しだけ。私の中で両親はずっと怖いままでしたので、それが急に違っていたと言われても少し受け入れ難いものがあります」
「直ぐに変わって欲しいとは向こうも思っていないよ。それに……面白い人だったし」
「そうですね。少なくても私が抱いていた父親に対する印象は深く変更しないと行けません」
「それを聞いたら死ぬほど喜ぶだろうな……」
「絶対言いません」
悪戯の笑みに翔は一瞬目を丸くさせたものの、直ぐにつられて笑った。
「お義母さんの方は?」
「一緒に居ると何だか落ち着きます」
「おっとりしてそうな性格だもんな」
「うふふ、そうですね」
桜花は今日の出来事で何か思い当たることがあったらしく、思い出し笑いをしていた。
「私がこうして今日、両親と再会できたことはとても嬉しかったです。少しだけ「もしかしたら私の勘違いではないか」と思っていた部分が本当だったということを、知れましたし」
「でも、いい事ばかりだけじゃなかったんだろ?」
「翔くんには何でもばれてしまいますね」
翔がそう尋ねると桜花は力なく微笑んだ。
「もっと何か連絡を取ろうすれば手段はいくらでもあったはずなのに、どうしてそれをしてくれなかったのか。私の想像していた両親なら、私に興味がなかったから、で理由は終わっていました。ですが、あんなに優しいのに……」
「それだけが引っかかるのか」
「……はい」
翔もそれを考えなかった訳では無いので、それに対する自分の見解は持っていたのだが、敢えて言うことは躊躇われた。
それは桜花に押し付けれているのと何ら変わりのないことだと思ったからだった。
「逆にどうしてだと思う?」
「仕事が忙しかったのでしょうか」
「そうだったかもしれないな」
「実は前から気づいていて私が娘だと気づかなかったからでしょうか」
「自分の娘がこんなに可愛くなっているとは思わないからな。そうかもしれない」
「祖母が私に言伝を忘れていたのでしょうか」
「機械音痴だって聞いてたからもしかしたら、電話の使い方も分からなかったのかもな」
「結局何なのでしょうか……」
困った顔を浮かべる桜花の頭を翔はゆっくりとあやす様に撫でてやる。
「それを聞いてみればいいんだよ」
「……聞く?」
「そう。気になることは親に聞くものだからね。きっと教えてくれるさ」
「……そうしてみます」
桜花は憑き物が落ちたかのようだった。
翔は嬉しくなり、それを誤魔化すたまに桜花の髪をわしゃわしゃと撫で回した。
「ぼさぼさになってしまいました……」
「別に寝るだけだからいいだろ」
「もうっ」
桜花にぺしっと太腿を叩かれた。
翔はその様子によかった、と安心していると桜花が急に腰に手を回して抱き着いてきた。
「翔くんに話を聞いてもらっただけで心が軽くなりました」
「それは良かった」
「翔くんは魔法使いです」
「桜花にだけ効くへっぽこ魔法使いだな」
「効果は抜群です」
そう言って、うりうりと顔を押し付けてくる。翔は抵抗することをやめた。
すると、桜花に押された翔の身体は逆らうことなく後ろに倒れていった。
意図した訳では無いが、桜花に抱きつかれて横になっている体勢になっていた。
「僕で良ければいつでも聞くから」
「はい。……好きです」
「僕も好きだよ、桜花」
そう笑いあって、目を閉じた。
桜花が更に引っ付いてくるのを感じながら翔は優しく抱きしめてやる。自分が眠ってしまった時にどうなるのかは分からないが、せめて起きている間は優しくしなければ、と思う。
翔は目を閉じた中で、今更ながらに机の引き出しの中に隠したプレゼントのことを思い出したが、あれは当分使う気は無いので頭の片隅から追い出した。
だから。
断じて何もしなかった。
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