第143話「男だけ」
翔は後部座席に座り、ハンドルは修斗が握り、助手席には充が座っていた。
人は隣にいる人と話す傾向にあるので、乗り込んでから早々に外されてしまった翔は窓の外を眺めていた。
修斗と充は翔が思ったよりもずっと仲が良く、気心知れた相手のようで屈託なく笑い合っているのが印象深い。
高校時代の話から始まり、彼らの一人称はいつの間にか高校時代のそれであろう「俺」に変わっていた。
どちらもなので、結局、一人称で差別化はできないのだが。
「そういえば修斗は一目惚れだったっけ?」
「充の方は逆に一目惚れされたんだったか?」
「そうなのか……?一目惚れされた方は分からん」
「なら、俺の気持ちは分からんな」
「やっぱり一目惚れか。いい嫁もらったな」
「お互い様だろ」
毎度の如くではあるのだが、親の惚気話を聞く息子の気持ちにもなっていただきたい。
幼少期には確かに「僕はどこから生まれてきたの?」と興味本位で尋ねたこともあったが、10数年を経てその答えを教えてもらうとは思いもよらなかった。
翔は努めてその話に入っていこうとはせずに窓の外を眺めながら聞き耳を立てた。
「思えば高校生の時からなんだな」
「もっと昔からだと思ったのか?」
「いや、逆だよ。長いなぁ、と」
「そりゃ、お互いが彼氏彼女を作る程にまで成長した子供がいるんだから当たり前だ」
「しかもその2人が恋人と来た」
「もう孫の顔か?」
「さぁ」
修斗は肩を竦めると、翔に衝撃的なことを尋ねた。
「もうヤったのか?」
「……はい?」
それは言うべきことではないだろう。
実際にもまだそういう行為をしていないので、素直に言うことも出来たのだが、まさか自分の親からそんな下ネタ発言が飛出てくるとは思ってもいなかった。
しかも、相手側の親もいる中なのでより言い出しにくい。
ミラー越しに翔を見ていた修斗はその様子からまだ事を成していないと勘づいたのか、ポツリと呟いた。
「まだチェリーボーイか」
「懐かしいな、その呼び名」
充がしみじみと呟く。
どちらかと言うとそちらではなく、修斗の言葉に反応を示して欲しかった。
「娘の父親的にはこの話はどうなんだ?」
「父親的に?俺は今日父親になった男だぞ。別に何とも思ってない。それに桜花のことだからその辺は自分で何とかするだろ」
「丸投げ主義か。……それで、本音は?」
「別にやるなとは言わない。俺も修斗も高校生の時にはもう卒業済みだったからな。だが、せめて、親がいない時にしてもらいたいものだ」
「俺達が帰ればずっと二人きりだぞ?」
「連れて帰る」
「無茶言うな」
翔は恥ずかしいやら困ったやらで何と言っていいのか分からず、口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返していた。
翔も男の子なのでそれなりの性欲は持ち合わせているのだが、まさか実父、義父共々高校生で卒業しているなんて初耳だった。出来れば聞きたくはなかった。
充が確固たる真剣な眼差しで決意表明をしたが修斗に玉砕されていた。
翔も桜花を連れて帰られては困るので心の中で修斗の側につく。
「充。今日はするなよ。教育に悪い」
「しないさ……。多分」
「佳奈さんに押し切られると弱いからなぁ」
「佳奈も未成年がいるとはわかっていると思うけど」
「……さっきからバンバン飛ばしてるけど、未成年はここにもいるよ〜?」
「「男は未成年でも大丈夫!!」」
翔が堪らず口を挟むと修斗と充は揃って太鼓判を押してきた。
……違う、そうじゃない。
翔は圧に負けてすごすごと後部座席に深く座り直した。
「兎も角だ。教育に悪いので禁止だ」
「分かった。何とかしよう」
「何とか、とは?避妊具つければいいってものじゃないぞ?」
「ちゃんと気をつけるさ。……俺まだ孫の顔は見なくていいぞ?」
「翔」
「何?」
「必須アイテムをあげよう」
さっと血の気が引いた。
充ももうにやにやして見守ってしまっており、誰にもこの雰囲気を壊すことは出来なさそうだった。
何をくれようとしているのかは何となく話の流れから分かる。分かってしまうのだ。翔も男の子だから。
そういうことを妄想したこともあったが、実際にこうして誰かと話すというのは想像以上に恥ずかしい。
しっかりとしなければならないと思っている分、恥ずかしさを誤魔化すための笑みが顔から漏れてしまう。
「何だ嬉しそうにしてからに。そんなに待ち遠しいのか?」
「そんな訳ないだろ!エロ親父!」
「反抗期か。大変だな」
「他人事みたいに言うなよ。もう充の息子でもあるんだぞ」
「そうか。なら、ひとついい事を教えてあげよう」
充は翔の方を向いて、人差し指を立てた。
今は大人ではなく一人の男子高校生と見た方が近いので、何にしてもあまり有益な情報ではなさそうだな、と思いながらその先を促した。
「修斗の部屋にはゴム、エロ本、バイブなど、全ての用具が揃っている!」
「うっわ……」
ドン引きであった。
それを隠し持っていたということもそうだが、それをペラペラと親友に話していたことの方が衝撃だった。
修斗も言われるとは思っていなかったのか、ハンドル操作を誤り、転覆しそうになりかけたが、何とか持ち直していた。
「翔……。梓と桜花には……内緒に」
「言えないよッ!僕の神経疑われる!!」
全く使えない秘密を貰ってしまった。
これで得たものは何も無く、ただ修斗への尊敬の念がとてつもなく暴落して 失われてしまったという負しかなかった。
そして、この後、吹っ切れた修斗から避妊具をプレゼントされた。
……どうしよう。
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