第81話「両親も帰宅」


 翔達が家に帰ってきてから数日後。

 梓と修斗が帰ってきた。梓は楽しい旅行から帰ってきたはずなのだが、その顔はどこか浮かない。


(あぁ、いつものやつだ)


 長い付き合いの翔は梓がどうしてご機嫌斜めなのかをうっすらと悟った。

 修斗も困った顔をして声をかけるでもなくただ見つめているので最早、疑うことは無いだろう。


「2時間ほど経ちましたけど、お二人はまだ喧嘩されているのでしょうか」

「僕達には関係ないことだから、関わらない方がいいぞ。触らぬ神に祟りなし、だ」


 翔が過去の経験を持って桜花に忠告すると、桜花は首を傾げながらもこくりと頷いた。


 その素直さに感謝しつつ、早く元に戻れ、と願う。このままでは梓が何もやってくれなくなるのだ。


 修斗に恨めしく視線を向けると、どうにも出来なかったんだ、と言わんばかりに苦笑で返された。


 喧嘩は喧嘩でも内容が大人な案件なので、翔が介入する訳には行かないのだ。桜花は言うまでもない。


 大方、「修斗さんが全然だったの」や、「足りなかったの」とかをみっともなく子供のように騒ぐのだ。はっきりとした明言は避けたが、夜の行為について不満があったのだろう。


 それを毎年毎年息子に愚痴を言うのはどうかと思うが、もう慣れた翔は桜花のことが気がかりでならない。


 桜花は純情なので、この手の話は滅法弱いはずだ。小さい子供を持つ親が、深夜ドラマを見せたくないのと同じように翔は梓と修斗の旅行愚痴話を聞かせたくはなかった。


「何か作りましょうか」

「う〜ん……。もう少しだけ様子を見よう。もしかしたら仲直りするかも」


 状況の進展が見込めない、と判断した桜花が夕食の支度を申し出た。翔は修斗が何か行動しようとしているのを感じたので、もう少しだけ待とう、と提案する。


「そろそろ機嫌を治してくれないか」

「いやよ。修斗さん、色んなものに目移りして私を放ったらかしだったじゃない」

「目移りって……。現地しかないストラップとかだぞ」


 言葉選びが一々ぎりぎりなせいで、危うく勘違いしそうになってしまうが、どうやら物珍しいものが多かったらしく、修斗の子供心がくすぐられてしまったために梓に対する配慮が多少疎かになってしまったらしい。


「父さん旅行好きだからな……」

「そうなんですね」


 翔はしみじみと呟き、桜花は初耳だったらしく驚いたように目を丸くした。


「旅行に行くっていうよりも、旅行先にある知らない何かを求めに行くって言う方が正しいんだろうけど」

「素敵ですね」


 きらきらと目を輝かせながら微笑む桜花に「そうか」と小さく返した。


「私を置いていくし」

「うぅ……」

「これからもでしょう?」

「流石に家族みんなで引越しはできない」


 修斗が申し訳なさそうに言う。

 翔は桜花と顔を見合わせ、先程聞いた修斗の言葉が自分だけではなかったことを確認した。これは翔も無関係とは言えなくなった。


「ちょっと待ってくれ!引っ越しとか聞こえたんだけど?」

「翔達には後でゆっくりと話そうと思っていたんだけど、聞いてしまったのなら今話そうか」

「修斗さん」


 修斗は梓の静止を無視して、翔と桜花の方を向いた。突然として空気が緊張感に包まれる。修斗が大切な話をする時はいつもこのような空気になる。


「実は、来週からアメリカに行こうと思うんだ」

「アメリカ?」

「理由は?」


 桜花は話をまとめるために聞き返し、翔は話半分に聞いていて、理由を訊ねた。


「そう。アメリカ。仕事で呼ばれた、と説明するのが一番分かってくれそうかな」

「仕事ねぇ〜」


 仕事、と説明されるよりも趣味で一人旅だ、と言われた方がまだ説得力があると感じてしまうのは修斗と翔のいつもが少し常人と外れているからだろう。


「梓さんと話されていたのは……」

「メインはその事だよ」


 メインは、と断定するあたり、違う事も話していたのだということが確信に変わる。


 梓は何を口に出すわけでもなく、ただ何かを待っているかのように修斗を見つめている。


「見つめられてるぞ」

「連れて行け、と敵わなくてね。翔達が心配だからいて欲しいんだけど」

「子供が小さいならまだしも、もう高校生なんだからいいじゃない!」

「高校生でもまだ成人じゃないよ」

「あと、桜花ちゃんにご執心だから翔が冷たいの!」

「おい!僕を巻き込むな!!」


 縋り付く勢いで、叫ぶ梓だったが、頑として修斗は変える気はないようだった。


「今日の夜は出かけよう。それで許してくれないか?」

「いや!夜は出かけるけど私もアメリカに行きたい!」


 梓が子供に見えてきた。いたたまれなくなって視線を外すと、桜花と目があった。


 肩を竦めたあと、くすくす、と苦笑が漏れた。あそこまで好意を顕にするのは梓といえども珍しい。

 修斗に分かって欲しそうだが、修斗はどうやって宥めるか、しか頭を巡っていないらしく、理解されるのは難しそうだ。


「桜花、頼む」

「はい。任されました」


 あの母親を見るのは息子として少し複雑だ。そして、気付かされるのは息子である翔からよりも、愛して止まない桜花から言われた方が聞くだろう。梓も。修斗も。


 そして、桜花は解決させるために口を開いた。


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