第19話「理由を話す時が来た」
「隠し通せたかな?」
「梓さんは恐らく気づいているはずですよ。ですが、響谷くんが気づいて欲しくないことを察してわざと聞いてこなかったのだと思いますけど」
翔より梓と一緒にいる時間は確実に短いはずなのに、翔よりもよく分かっているような返答に、翔は「同性故か?」と不思議に思いながらも納得した。
親を騙せる子供はいない。
お互いに触れてほしくない所は一緒に住んでいて分かるので、わざと避けてくれたということに感謝を感じた。
「そろそろ教えて貰ってもいいですか?」
「あぁ。そのために双葉は僕の部屋に来てるもんな」
髪を乾かしてもらったあと、美味しく唐揚げをいただき、桜花によるレッスンを今日は特別に翔の部屋で行ったあと、一息ついていた時だったので、どうして特別に翔の部屋で行ったのかを危うく忘れそうになっていた。
「その怪我は一人で出来るものではありませんよね」
「正直に話さないとダメか?」
「仮に嘘をついていた場合は金輪際、響谷くんとは関わりません」
ツン、とそっぽを向かれたので流石に正直に話すことにする。翔の中で桜花の存在は一緒にいるものとして定着しそうになっているため、関わらないと言われるのは案外大きなダメージがあった。
話すと言っても、翔は全て憶測で話すしかなくなるのだが。
「分かった。正直に話す。怪我の答えだが、その通り。これは僕が自分でつけたものじゃない」
「それ以外だと他人から傷つけられた、と言っているように聞こえますけど……」
「察しがいいな、その通りだ」
翔はもう、こういうものだと割り切れているので、感傷的になることもなく淡々と、まるで他人の事のように話す。
「5W1Hで詳しくお願いします」
「英語でか?」
少しふざけてみると、真顔で「日本語です」と言われたしまう。
「1週間ほど前から須藤に色々な場所に連れ回されて、殴られた」
「足りてませんし、言っている意味がわかりません」
「このままの意味だ。嘘はついてない」
これが証拠だとばかりに先程まで隠そうとしていた内出血している腕を見せつける。
こんな醜いものを見せられていい気分はしないだろうと思い、直ぐに戻したが帰ってくる視線はまだ翔の言ったことが消化しきれていない、と言った感じだった。
「何か響谷くんが須藤くんに対して悪い事をしたのですか?」
「いや、何もしていない。ただの逆恨みってやつだ」
「逆恨み?どうして逆恨みで殴られなければならないのですか」
「殴られた僕に聞くな。むしゃくしゃしたんだろ」
「それは理由になっていません」
「逆恨みに理由なんてないんだよ」
逆恨みは感情に突き動かされるもの。そこに理屈を求めたところで無駄である。
翔もそれがわかっているからこそ何も諭すようなことは言わなかった。その分、抵抗するだけの力がなかったせいでこうして殴られてしまったのだが。
「何に逆恨みしたのでしょうか」
「おう、マジか」
全く気付いていない桜花に堪らず知能指数の低い人間のような声を出してしまう。
マジ、で全て片付けてはいけない。
翔はこれはこれでラッキーなのではないか、とも思った。自分が関係していると認識していなければ、上手く言葉を選べば逃げ切れる気がしたからだ。
しかし、それではただ先延ばしにしただけのような気もしていた。学校に通う以上は1年間は確実に桜花と須藤と同じクラスで過ごすということでもある。
翔が上手く納まったと思ったところで蒸し返されては困る。それを考慮すると今言うべきな気もしていた。
「双葉」
「はい」
「ここにはないが、鏡を見た事はあるか?」
「当たり前です。ありますよ」
「その時の自分の容姿についての感想は」
「特にありません。多くの人よりも少し整った顔立ちをしているのは認めますが、それは努力しているでそうなっているだけです」
「双葉がどう思おうがこの際は置いておくが、その綺麗な見目麗しい容姿が」
「変なお立て方をしないでください。馬鹿にされているように聞こえます」
「それは失礼。ま、何が言いたいかって言うとその姿に惹かれた人物がいるってことだ」
翔の言葉にいまいちピンときていないようだったので、直球に「好かれてるんだよ」というと、「あー」と憑き物が落ちたような声を出した。
「迷惑です」
「そりゃまた随分と直球だな」
「あと、どうして恋心が暴力に繋がってしまうのですか!」
「落ち着け、双葉は暴力を受けてないだろ?」
「それとこれとは関係ありません。私の気を向けようとする方法が外道です。人の道を外しています」
「そこまで?!」
納得したかと思うと今度は今までに見た事がないぐらい桜花は憤慨していた。
暴力が嫌いだからなのか、と翔は思った。
「それに……」
「ん?どうした?」
急にモジモジし始めた桜花に翔は声をかける。しかし、反応はなく、荒ぶった息が聞こえてくるだけだった。
「……私の気持ちはどうなるのですか」
「双葉の気持ち?」
「そうです。もし須藤くんのように私にも惹かれている人がいればどうするのですか……」
寂しそうに言う桜花に翔は自分の思ったことを口にした。
「自分の気持ちを優先すればいいんじゃないか?自分は自分だから、他人に強制されることなく自分の決めたことをすればいいと思うけど」
「あ、ありがとうございます」
翔は持論を展開して、少し恥ずかしかったが、お礼を言われて役に立てたような気がして嬉しかった。
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