第11話「ホームパーティ」



 ネクタイを解き、スーツをハンガーにかけシャツ一枚で座る。

 スーツもそうだがシャツもシミがつくと面倒くさいことを分かっているのだろうか。


 翔は主婦みたいなことを考えながら目の前の父親を見る。

 身体は細く、髭も剃っていて清潔感に溢れている。こんな男の人はなかなかいないだろう、と実の息子ですら思う。


 甘めのマスクで人気者らしい。

 口調も温和なため拍車をかけているのだろう。


「ただいま、梓」

「おかえり、修斗さん」


 ただ、帰ってきて早々、抱きついて軽くキスを息子の前で、しかも今日に限っては桜花の前でもあるのにしているのは如何なものか。


 ふと隣に座っている桜花の表情を伺うと、恥ずかしいような、嬉しいような?それでいて羨ましいような、翔にとってはさっぱりな表情をしていた。


「キミが双葉桜花さんか」

「はい。双葉桜花です。これからお世話になります」

「友達の娘は私の娘も同然だ。そんなに固くならないで構わないよ」

「はい。ありがとうございます」


 あらあら、と母親ーー梓が笑う。


「私は響谷修斗。翔の父親だ」

「私は響谷梓。これからよろしくね桜花ちゃん」

「よろしくお願いします」


 桜花はぺこりと頭を下げた。

 この場でただ1人自己紹介をしなかった翔は居心地が悪かったが、修斗の自己紹介で少し出ていたぞ、と思い出し何とか留めておくことが出来た。


 それぞれが席に腰かけ、「いただきます」を言い、各々で大皿から取り皿に装って食べていく。


「今言うのもなんだけど、いちごあるからね」

「えっ」

「翔が教えてくれたのよ。デザートは何にしようかって悩んでいたから助かったわ」


 あの時の質問はそういう事だったのかという確かめと、もう少しちゃんと教えてくれていればもっと別のものを答えたのにという、非難の目を向けられる。


「ところで、2人はもう仲良くなったのかな?」

「さ〜ぁ」

「どうでしょう」


 2人は同じくして首を捻る。


 赤の他人ではない。けれど仲が良いのかと言われればそれはまだ断定できない、というのが本音だった。


 今を表すとすれば「知り合い」辺りの日本語が一番適しているのではないだろうか。


「そんなに早くは無理があるわよ。異性なんだから尚更ね」

「そうかな?でも2人は……」

「はい、ストップよ。あ〜ん」


 修斗が続けようとした言葉を遮って梓は修斗の口に料理を放り込む。


 残りの40点の答えを口にしようとしていたのは止めてから分かった。


「急はやめて欲しいな……」

「でも嬉しいでしょう?」

「幸せだよ」


 2人きりの時にやっていただきたい。

 目前に繰り広げられる2人だけの甘い空間を直視するのに耐えきれなくなってきた翔はそっと顔を背けた。


「響谷くんもですか」


 その先には桜花がいた。

 桜花もまた、翔と同じようにあてられたようだった。


「今日はいつにも増して酷い。たぶん、双葉が来たからだろうな」

「私、ですか?」

「父さんも母さんも本当は娘が欲しかったんだよ。だから友達の子供だとはいえ、この家に来たから自分達の娘のように思ってるんだろう」

「……娘にこういうのを見せるのはどうかと思いますが」

「そこは息子も同感だと言っておこう」


 2人の空間は誰かに見せるものでは無い。

 翔は早く正常に戻ってくれることを願った。


「あ、見て修斗さん。2人がこそこそ話をしてるわ」

「言わなければもう少し見れていたのに。仲良くなろうとしているのかな」

「浮かれすぎだ!正常に戻れ!」


 酒も入っていないのにこれとは……。

 娘とは恐ろしい存在だな、と翔は思った。


 いや、それだけじゃない。


 桜花が他を寄せつけることが出来ないほどに整った顔立ちをしているからだろう。

 こんな美人の娘、舞い上がらない方がおかしいのかもしれない。


「響谷くん」


 くいくい、と袖口を引っ張られた。

 パジャマ姿で、湯上り冷めきらない、湿った髪とシャンプーのいい匂いが鼻腔をくすぐる。


 親達にとって娘なら、翔にとっては兄妹に当てはまる訳だが。


(兄妹じゃなくて、彼氏彼女みたいだ)


 あくまで「みたい」であり、想像でしかないことである。


 しかし、想像は自由でタダなのだ。


「何だ?」


 妄想を悟らせないようにいつもよりしっかりとした顔を作る。


「変なことを考えてませんか?」

「そんなことは無い」

「本当に?」

「はい」


 納得はしていなかったが、追及はされなかった。


 完璧な顔を作っていたはずなのに、と内心冷や汗だらけの翔。


 いつもよりしっかりとした顔を作るからバレたのだが、彼がそのことに気づくのはまだ先のようだった。


「それが聞きたかったのか?」

「いえ、違います。私が聞きたかったのは私が娘とすれば響谷くんとは姉弟になるのでしょうか?」

「なりたいのか?」

「いいえ、全く」


 即答だった。

 なりたくは無いのだろうな、と察しはしていたがせめて、オブラートに包む、普通の受け答えのように何一つおかしな話しはしていないという風な体で流して欲しかった。


「血縁関係にはなりたくないですから」

「そこまで言うか」

「えぇ、大事なことです」


 ふふふ、と笑う桜花にそこまで嫌われることを言うか、やらかしたのかと記憶を探る翔であった。

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