第十五章『さらなる深み』1
「お前たち、殺すんじゃない!」
袋叩きにされる日進をにやにや眺めていた《猟奇博士》だが、ふと思い立って停止の指示を出す。それでもなお人形たちはしばらく男を殴ったり蹴ったりしている。
「ええい、やめんか貴様ら! 止め! 停止だ! て、い、し!」
腕を振りかぶって背後から小突くと人形たちもようやく動きを止める。
「まったく、お前らはなぜこうもずれているのだ」
東部市で浮浪者をさらわせるにあたっても彼は「材料は五体満足な状態で」との指示を与えていた。にもかかわらず人形はいつも死ぬほど痛めつけて運びこんでくる。
そんななか目の前の男は五体満足な状態で運びこまれた数少ない材料だった。
「生死は問わんとはいえ、まさか生きていたとはな。もう虫の息だが……、しかし、あれを実行に移すにはかえっていい状態やもしれぬ」
痛めつけられ、完全に弱りきった日進を見て、博士はかねてよりの腹案を実行する好機だととらえたのである。
結社の備品である人形は融通が利かず、指示に対しての行動が極端にすぎる。手足となるのはいいものの、使い勝手の悪さはいかんともしがたい。もっと弾力的に運用できないものか。彼は常々そう考えていた。
――人形を運用する極意は数による穴埋めにこそあるというに、わたしの最大運用数が限定されているなどばかげた話ではないか
人形は『必要に応じて供与する備品』ではなく『所与の備品』――すなわち結社の最終目標〈混沌なる黄金〉成就を期すべくあらかじめ持たされるもの――と規定されている。幹部ごとに持たされる人形の数は決まっており、《猟奇博士》の場合はひとつの計画で十五となっている。今般すでに半分近くが失われていた。
「しかしいまにして思うと、こいつを加工する寸前で道化師が地下牢へ戻って来たのが、いまになって思いがけぬ恵みになるとはな。お前たちもそうは思わんか?」
人形をうまく扱えない《猟奇博士》であったが、彼らを完全に従えられていると感じる時もある。人形に講義口調で語りかけているいまのような時間だ。
「それはなぜだと思う?」
人形は黙ったままで反応を返さない。
意思疎通とも情報伝達とも呼べぬ博士の一方的な発信にすぎないが、彼にとっては人形でも聴講生がいれば十分だった。
「この男はかなり頑丈なようだ。私はそんな男を待っていた。これはなかなかいい線に届きそうだとは思いませんか?」
己の深慮や戦略、計画を人形にぶつ時、蝙蝠の仮面を被った男は自らの偉大さをひとしお感じられる。そんな偉大な自分を追放した無知蒙昧なる大学をあざ笑い、打ち砕き、見返すために情熱を注ぐのだと、強い決意を新たにする。
おそらく数十回目の、新たにする決意であった。
――これは逆襲だ。
連中が惨めな最期を遂げるのを夢想するのが何よりの楽しみだった。
世間に名を轟かせることを何よりも心待ちにしていた。
そのために〈黄金の幻影の結社〉に身を投じ《猟奇博士》を名乗っていると言ってもよい。
――従来の学説を信奉してきた連中を潰す瞬間。拙悪な
夢想を一時置き、現実に戻ってきた博士は与えられた人形を見回す。
「お前たちはあまりに使い勝手が悪い。人形のくせにまるでわたしの意志には従いたくないと言わんばかりに雑な動きをする。そもそも貴様らは《暗黒卿》閣下に作られたものだ。人形ごときとはいえ、わたしが使いこなせないのも道理がないわけではない」
そうして吐息を
「それならば私が、私だけに使いこなせる人形を作りだせばよいのだ。この男は実に素材に適しておるよ、……おそらく」
《猟奇博士》は自らの私兵を、思うがまま使役できる手駒を欲していた。
こんな男とて犯罪結社の末席に名を連ねる幹部である。それなりの技能はある。
むろんこれまでも人形の自作という方法に思い当たらなかったわけではない。
それこそ思いついたのは、結社に加入して最初の計画に従事した時であった。
しかし当時はまだ人形という結社独自の技術について何も知らず、着手すらかなわなかった。
それからというもの彼は大命の下準備を整える傍らで、人形に用いられている技術をこっそりと盗み、いまや再現に目星をつけられるようにまでなっていた。しかしこれまで従事した計画の中では肝心の好い素材が手に入らず、雌伏、雌伏、ひたすら雌伏を強いられてきたのである。
だが〈地下炉〉計画への従事で複数の人さらいを実行できる機会に恵まれ、さらには融通が利かない人形のおかげもあって、ようやく日の目を見られる機会がめぐってきた。
「図らずも生じたこの好機を見逃す愚かなわたしではない」
人形に用いられている結社の技術は、帝都の
そんなものを《猟奇博士》は独力で成し遂げられるだろうか。
「わたしの前にさらされた技術は、いずれわたしに同化されるのです」
彼は結社の人間、いわば人形の身内だ。《暗黒卿》の目を盗んで仕様書に目を通し、稼働している人形をそのまま解剖、解析するなど、様々な下調べを行っており、その分だけ部外の碩学会よりいくらも有利な条件にあった。
「条件さえそろえばお前たちを〝模倣〟するなど朝飯前だ」
不気味にほくそ笑む。
「ところでこの男が逃げているということは、他の二人も逃げているわけで……、貴様らにすぐ追わせるかここで待ち伏せるか、なかなか判断が難しいところだ」
どちらも処分すると決めたのだからすぐに追撃するのがよい。
だが目の前には格好の素材が転がっている。
それに道化師がいつ探偵をおびき寄せて戻ってくるのかもわからない。
炉の最大稼働が見込まれる時間までは半刻を切っているから、実験結果を尊重する気があるのならばそれより後に戻ってくると見られるが。
――いや、わたしがいま手駒を生み出してしまえば、牢を逃げたであろう二人は当然として、あわよくば探偵や道化師を排除するのも可能となるのではないか?
彼の思考はより大きい手柄へ、組織内でのより強い地位へと引き寄せられていく。
「となればここで人形を作り、稼働試験として子供と女にぶつけてやるのがよいか」
どれだけ早く人形をこさえられるかが鍵だった。
幸い博士は自信に満ち溢れている。
自らの手で人形を作る。
それはあっという間に彼の中で既定された事項となった。
「この男は私に改造されるために遣わされたのだ! 安心するがいい。お前を死なせはしない。わたしの忠実な部下として生まれ変わらせてやる。わたしに写し取れないものなどない」
《猟奇博士》は人形が払いのけた拳銃を拾い上げる。
「さしあたっては部品の確保だが、道具は全てここで調達するしかない」
言うや否や、博士は拳銃を両手で掲げ持ち、手近な人形の頭部に三発の弾丸をぶちこむ。
許容の限界を迎えた人形の頭部がたちまち吹き飛ぶ。
しかし博士はそこで手を止めず、さらに胴体に一発放ってから銃を捨て、持ちこんでいた工具箱を取り出す。人形の胴体に開けた穴を工具でこじ開けて、必要な部品を摘出するためだ。
「使えない人形の数をそろえるよりも、使える手駒が一体いたほうが心強い。お前たちもそうは思わないか?」
残された二体の人形は待機中であったため、なんの反応も示さなかった。
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