666・哀れな男に虚ろな終わりを
ジフの斬撃に合わせて猫剣を抜き放って刃を合わせ――ようとしたけれど紙のように容易く斬れてしまい、ジフは咄嗟に後ろに下がっていた。
「なんだその武器は!?」
「貴方には到底理解出来ない名剣よ!」
実際私もあまりわかっていないのだけど、それを言葉にするのは嫌だから適当に煽っておくことにした。
「おのれ……!」
歯切りしながら睨んでくるジフからは何も感じない。所詮あの遺跡の力で世界を支配しようとしていた輩に過ぎない。そんな相手に私が負けるはずなんてないのだ。
「【ファイアカノン】!」
距離を取って発動したジフの魔導は熱線を放射するものだった。魔導名から察するにあの【カノン】を参考にしたものだろう。私に真っ向から挑もうなんて少しは度胸があるようだ。
「【プロトンサンダー】」
彼の期待に応えて雷の光線で応戦する。激しいぶつかり合いを栗比遂げたのもつかの間、あっという間に私の魔導に押し負け、ジフは慌てて転がるように回避する。
「このっ……!」
「諦めなさい。魔導で私の上を行く事は出来ない」
「【ファイアバリスタ】!」
私の忠告など聞くはずもなく、更に無意味な魔導を重ねる。それに対し、再び【プロトンサンダー】で相殺しながら猫剣を握り締め、ジフに向かって走り出す。近距離戦闘では勝ち目はないと一応ない頭を捻ったようで、次々と魔導を発動する。属性を変えただけの【カノン】に【バリスタ】。おまけにそのどれもがあの遺跡で発動した魔導の劣化版だ。こんなもの、突破出来ないと思う方が難しい。
「くっ……何故だ……! 何故……!!」
怒りと憎しみがない混ぜになった顔をしている。どうして自分がここまで苦戦しているのか理解出来ないのだろう。
「何故? そんなこと決まっているでしょう。貴方が私より弱い。それだけ」
視線で人が殺せるなら、私はきっととっくに死んでいるだろう。それほどまでの激情を向けられるのは悪くない。ずっと昔に慣れ親しんだものだしね。
「我らは勝たねば……! 勝ってこそ道が拓ける! 誰にも! 劣等種族共に見下されることがない未来を!!」
「愚かな男。そうやって誰かを
「黙れぇぇぇぇぇ!! 【ブラストフォールン】!!」
私の声に聞く耳を持たないまま、頭を激しく振って否定するように魔導を解き放つ。彼には何を言っても無駄なのだろう。なら、せめて終わらせてあげよう。それが私が彼に与えてあげられる唯一の慈悲になるのだから。空から降り注ぐ幾多の閃光は私に当たることはない。雨のように絶え間なく放たれるそれも、軌道さえ読むことが出来れば恐れることなどないのだ。
「【エルノエンド】」
私とジフのちょうど中間辺りでそれは具現化する。空間がひび割れたと同時に真っ黒な暗闇が少しずつ全てを飲み込んでいく。正に世界の終わりをもたらす力。がりがりと身体が削れるように魔力を失っていくけれど、この世界を侵蝕する力を止めることはしない。
「な、なんだ……?」
何度も魔導も発動しては飲み込まれて消えていく。逃げ出そうとしているみたいだけど、上手く足を動かせないほど震えているようだ。
……それも当然か。私だってこれのコントロールに失敗したらどうなるか恐ろしい。人が感じる恐怖よりももっと根源的に感じるそれは、ただただ畏れを抱くのみ。
「生きているのは辛いでしょう? 誰にも見下される必要はない。貴方はもう楽になりなさい」
努めて優しく言ってあげる。もう不安など感じる心配はないのだと。見下す事も、蔑まれる事もない。本当の安寧が彼を待っているのだから。
ただ……それが本当に幸せなのかは私の関与するところじゃないけどね。
「い、いやだ! 俺は……!! 俺はこんなところで!!!」
とうとう恐怖に耐えられなくなって身体が崩れ落ちる。【エルノエンド】はそんなジフをゆっくりと飲み込んでいく。足から少しずつ切り離され虚無の空間に消えていくその様はまさしく彼に相応しい末路だった。
「俺は終われない! まだ――! ひ、ひぃぃぃぃぃっっ!!」
情けない悲鳴を上げてジフは今度こそ空虚な闇に飲み込まれて消えていった。あの時のようにどこかに隠れているなんて事はない。そんな暇はなかっただろうしね。
「さようなら。せめて安らかに眠りなさい」
他人を妬んで羨んで……それでも自分が一番なんだと信じ込んだ哀れで愚かな男の末路には十分すぎるものだろう。
ジュール達が気になったから周りを見回してみると、彼らも残った幹部を倒しているようだ。
「……終わった、ようだな」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているヒューはどこか遠くを見つめて剣を強く握り締めていた。
やっぱりクロイズの事を気にしているようだ。今頃彼がどうなっているのかわからない。だけど……せめて最期は安らかに逝って欲しい。
……こうして長くも苦しい戦いは幕を閉じた。今はまだあまり実感が湧かないけれど、それもすぐに変わるだろう。
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