659・ダークエルフ族の戦い

「流石聖黒族。中々やるではないか」


 はっはっはっ、と笑っている姿に苛立ちを覚える。再び魔導を発動しようと思ったけれど、またさっきと同じように防がれても嫌だから様子を窺う事にした。


「……エールティアって名前があるのだけど」

「それはどうも。せっかく名乗ってもらったのだからこちらも手向けとして教えてやろう。我が名はジフ。ジフ・イエロアの名を心に刻んで死ぬがいい」


 ダークエルフ族の長(だと思う)ジフは傲慢な名乗りを上げると片手を天に掲げるように振り上げる。


「【フォール】」


 ジフの魔導が発動して私の頭上から瓦礫がれきが次々と降り注いでくる。避け続けながら何となく違和感が膨れていく。

 最初の檻を落とす【プリズン】や壁を出現させる【ウォール】に今の【フォール】と名付けられた瓦礫がれきを生み出す魔導。どれも物理的な攻撃が中心だ。そういう魔導がない訳でもないけど……どうにも引っかかる。


「……それ、本当に魔導?」

「ふふ、さあてな。【カノン】!」


 再び放たれた光線を避けず、真っ向から【プロトンサンダー】で応戦する。まだジュールが檻に囚われている。避けたら確実に彼女は消し炭になってしまう。それだけは――


「絶対にさせない!」


 ジフの【カノン】を相殺させて包まれた煙の中、彼を仕留める為に駆け出す。抜き放ったのは猫人族の剣。彼らと信頼関係を構築した者のみが扱えるらしい剣を構え、最速の一撃を繰り出すべく駆ける。


「ふん、【ウォール】!」


 私の前に大きな壁が立ち塞がり、来るものを拒むように存在感を見せる。もしこの剣の能力が本物なら……きっとどんな障害も切り捨てる事ができる。例え、分厚い壁でも!


「はあああああ!!」


 迷う事なく繰り出した一閃は明らかに剣身よりも厚い壁をいとも容易く切り裂いた。ずり落ちるように崩れる壁の先には呆然としているジフの姿。


「【ガシングフレア】!」


 そのまま切り付けても避けられると想定して広範囲に毒ガスをばら撒き、それを着火剤として爆発を引き起こす。次々と火の手が上がり、ジフの周囲にいた幹部達も飲み込んでいく。


「ちっ……【カノン】!」


 それを焼き払うために更なる攻撃に転じた光線が三度襲いかかってくる。懲りない男だと思いながら先程と同じように【プロトンサンダー】で迎撃しようとすると――


「【ライティングロッド】!」



 ジフが新しく発動した魔導によって作り出された小さい塔のようなものに私の魔導は吸い寄せられて軌道が逸れる。結果、【カノン】の大部分が相殺される事なく私に向かってきた。


「ティア様!!」


 後ろからジュールの声が聞こえる。

 ――全く。何をそんなに悲しげな声を上げているんだか。たかだか一つの方法が潰されただけなのに。


「安心していなさい。この程度……防げずにティリアースの次期女王と認められる訳ないでしょう!」


 猫剣を構えて真っ向から【カノン】に対峙する。魔導が駄目なら剣で。単純な思考だけど、今の私にはうってつけの一手だ。


「馬鹿め! 人造命具でもないただの剣で防げるような代物ではないんだよ!」


 嘲笑する声が聞こえてくる。攻撃の音でこんなにも煩いのに、よく聞こえるものだと自分の耳に呆れながら、向かってくる光線に合わせて猫剣を振り下ろす。


 ばちばちと音を立ててぶつかりあう刃と光。少しずつ私の体は押されていって、ずりずりと後退していく。


「く、ぅ、ぅぅぅぅ……!」


 並の剣では既に砕けているだろう衝撃を、猫剣は揺らぐ事なく受け止めている。どれだけ私は猫人族に信頼されているのだろう? そんな疑問すら湧いてくる程に力を発揮してくれている。


 なんとか攻防を繰り広げ、【カノン】を凌ぎ切った私は驚愕の表情を浮かべているジフの姿を捉えた。


「【フィジカルブースト】!!」


 また逃すわけにはいかない。身体能力を跳ね上げてくれる魔導によって一気に距離を詰める。呆然としていたジフは私が近付いていることに苛立つような顔をしてなにかをしようと動く……けど、それはあまりにも遅い!


 ――ザンッ!


 たとえ何が来ようと気にしない。一直線に獲物を仕留める為に剣を振るい、ジフの身体を切り裂く。


「……これで終わりね」


 長だと思われる彼を仕留めた。それはつまりダークエルフ族との戦いは一つの終幕を迎えたということだ。様々な感情が内側から溢れ出そうになる。それを堪えていると――


「それは……どうかな?」


 確実に仕留めたと思っていたジフから声が上がった。苦痛に満ちた声ではあるものの、普通に話してくることに疑問を覚えた私は改めて彼に向き直る。完全に横に真っ二つになった彼はケタケタと嬉しそうに笑い出した。


「はは、まだだ。この私がこの程度で死ぬと思うなよ」


 ジフは黒く染まり、光の粒のようなものがそこから漏れ出る。まるで彼の存在が偽物である事を教えてくれているように徐々に消え失せ……最後には完全に消え失せてしまった。あとには死体すら残らず、私と戦った。その記憶が残るのみだった。

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