652・僅かな勝利(ファリスside)
ユミストルに感情があるとするならば、ファリスの【フィールコラプス】に対し何らかの反応を行っただろう。恐怖かもしれない。あるいは怒りなのかも。
唯一わかる事は、彼女の人造命具は数々の魔導を防ぎ、物理的にも魔力的にも厚い防御力を誇るユミストルに最善の一手であるということだった。
恐らく内部が存在するという過程で攻撃を仕掛けるファリスの一撃はユミストルの足に命中する。固く鈍い音が響き、斬撃によって抉れる程度に留まったが、それは本来であれば有り得ない現象だった。
「やっぱりこれは効く訳ね」
人造命具にもピンキリが存在する。平凡なそれらではユミストルの鉄よりも固い装甲に傷を与える事すら叶わない。その点ではファリスの人造命具の性能の高さが窺い知れるだろう。更に【フィールコラプス】の刃が通っただけではない。その証拠に抉れた部分が黒ずんでおり、彼女の人造命具の効果が表れていた。即座に反応しないのはそれだけ抵抗が強いという事だ。
「ふふ、なら……!」
やるべきことは一つ。息を軽く吸い、気力を漲らせたファリスは次々と連撃を放つ。一回傷がつくことに黒く斬撃の跡が黒く染まる。少しずつ削れてきたそれには確かな感触が伝わってきて――痛みを訴えるようにユミストルは足を上げ、ファリスに振り下ろした。ただ足を上げて下ろすだけの行為だが、巨人はそれだけで致命的になりうる。それを知っていても尚、ファリスには余裕があった。
「【タイムアクセル】!!」
足が目の前に迫ってきたタイミングでまるで時が止まったかのようにファリスのみが加速する。恐ろしく緩やかに進む世界で可能な限り足の裏に斬撃を浴びせ、効果が切れる前に離脱する。そのまま時の進みが元に戻り、何もない地面を踏むだけのユミストルの足元から衝撃波のようなものが放たれ、防ぐ術がなかったファリスは後方に吹き飛ばされる。予見していた彼女は上手く受け身を取り体勢を整えるが、いつの間にか足首辺りに開いていた砲門から追加の光線が襲い掛かり一度バランスを崩した相手を徹底的に排除する構えだ。
「こんなもので! 【フラムブランシュ】!」
唐突な攻撃に対処するべく放った熱線がぶつかり、せめぎ合い、光線を掻き消して砲門を焼き払う。痛みというものを感じないゴーレムであるユミストルは変わらず再び踏みつけようとしてくる。
「残念ね。痛覚があったら今の状態が理解出来るでしょうに」
幾度となく斬撃を加えられたおかげで足は傷がないところが少なくなっており、真っ黒に染め上げられていた。もし生身の人間であれば痛々しい姿になっていた事だろう。先程と同じく【タイムアクセル】を用いた高速斬撃により可能な限り敵の片足にダメージを与え、効果が切れる前に離脱する。今度は衝撃波に備えてそれなりに距離を取ったおかげで同じ
ふみつけと同時にヒビが入るような音が響き、今にも崩れそうな足は限界を迎えそうになっているのは誰が見てもわかりやすかった。
(もうすぐ足が崩れる。そうすればバランスが取れずに身体全体が体勢を崩して足止めも出来るし、あれに乗り込む機会があるはず……)
どうすれば内部に潜り込もうかと考えていたファリスは目の前で悲鳴を上げている足を見て一度完全に壊そうと決断する。既に半壊しているそれは放っておけばいずれ破壊する事が出来るだろうが、それを黙ってみている少女ではなかった。
「【フラムブランシュ】!」
黒ずんだ足に向かって放たれた熱線は先程兵士達が行っていた魔導攻撃よりも深くユミストルにダメージを与える。防御力を失いつつあるそこは既にファリスの魔導に耐えきれる程の強度を宿していなかった。
最大火力の【フラムブランシュ】はぼろぼろになったユミストルの片足を打ち砕き、体勢を崩したそれは身体を揺らす。次第に揺れは大きくなり、リシュファス軍の魔導砲によって残った足にも攻撃が集中した結果、後ろに大きくのけぞって最終的に音を立てて倒れる事となった。姿勢制御が出来なかった場合の対処法を入力されていなかったのか、受け身などを取ることなく地面を激しく揺らして倒れたそれは動きをぴたりと止めてしまった。
「……やったか?」
遠くでユミストルが倒れるのを目に焼き付けた兵士の一人がぼそっと呟いた言葉にごくりと喉を鳴らす者もいた。もう勝てないかもしれない……。そんな風に思ってしまったからこそ、目の前で存在感を放っていた巨人が倒れてしまった事実が若干信じられずにいた。
次第にこれが現実だと認識し始めた兵士達の間で喜びが湧き上がり、今にも叫びそうな程涙をためて喜びをかみしめる。まだ足を止めただけ。それだけなのだが、これで巨人が自分達の町を蹂躙する事はないという安堵感に支配されたのだ。それは軍全体に広がって辺りは勝利ムードに包まれる。
そんな軍勢を尻目にファリスの表情は硬直していた。何しろ目の前でユミストルの腕や胴体から扉が開くように外壁が上にせり上がり、見たことのあるゴーレム達が数えきれない程姿を表していたのだから。
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