645・館の侵入者(ファリスside)

 エールティアがダークエルフ族の最終兵器と挑む時と同じくして……ファリス達はティリアースのアルファスに戻ってきていた。彼女の配下には相変わらずオルド、ククオル、ワーゼル、ユヒトの四人。オルドは隊長としての職務を副隊長に譲り、正式にファリスの配下に加わった。

 複製体とはいえ聖黒族として認められた彼女の下に就くという事はある意味出世と言えるだろう。


 部隊編成を整えた彼らは特殊な部隊として配置され、軍の枠組みから逸脱した存在になっていた。


 そんな作業をしている間にもケルトシルで目覚めたユミストルと呼ばれているゴーレムが着々と侵攻していた。既にティリアースの大地に入っており、他の領主の軍勢に見向きもしないでひたすらティリアースの中央都市リティア――ではなく、アルファスに向かっていた。なぜこのゴーレムがアルファスに向かっているのか全く理解できないが、話し合って目的地を変更するなんてことが出来ない以上、なんとか戦って足止めをするしかなかった。

 ようやく反乱を鎮圧したティリアースに休む暇もなく襲い掛かるゴーレムに士気が下がるのは避けられない事態だった。それでも各領主は必死に編成を整え、僅かながらの休息を経て戦いに挑む……のだが、肝心のユミストルは彼らに見向きもせずにただひたすらにアルファスを目指すのみだった。

 ゴーレムが手に持っている銃火器系の魔導具は一切使われず、路傍の石ころ程度の興味を惹かれる事もなく、魔導も大した効果を与えていない。遠距離攻撃もユミストルに傷を与えることは叶わなかった。


 ほとんど無傷のまま、ゴーレムは大地を揺らしながら進む。羽虫が飛び回る程度など意に解さぬとでも言うかのように。


 ――


「やっぱりわたしがあの時仕留めていれば……」


 アルファスのリシュファス邸。その館の一室でファリスは一人後悔していた。もしあの時に魔力切れにならなければ……。そんな気持ちが頭の中から消えない。ユミストルを起動させる前に仕留めることが出来れば、今の状況にはなっていなかったはずだと、表面には表さずとも何度も自身を責める。

 成長したからこそ理解できる痛みが襲い掛かり、苦しみを味わう。それでもここで止まるわけにはいかない。ユミストルは確実にこのアルファスへと進んでいるのだ。ファリスの愛するエールティアが生まれ育った故郷。なんとかして守りたい。そんな気持ちが溢れて止まらないのに、彼女は未だ不調に苛まれていた。


 あれだけの戦い。それを何度も魔力が尽きそうな程に経験して、人造命具すら新しく作り直した。精神が壊れていないのが不思議な程の痛みと苦しみを経験した彼女の身体は弱りきっていたのだ。


(前は感じていた魔力が今はあんまり感じない。早く回復しないといけないのに……!)


 今すぐにでも戦いに出てあの忌まわしいゴーレムを打ち倒したい。そんな気持ちでも身体が上手く動かなければ足手まといでしかなかった。

 エールティアの母――アルシェラは今の彼女がどういう状況か十分理解しているらしく、扉の外には彼女の部隊であるオルド達が護衛していることが大半だった。外に出る時も館の中で過ごす時も側にいて、町の外に出ないように監視されている。


 このまま戦いに参加することも出来ずに指を加えて待つことしか出来ないのか……そんな風に感じても今の彼女には何かを成し遂げる事など出来ない。無力感が湧いてくる。虚無感に支配される。


 必死に足掻こうとしてもどうすることもできない。ただ無意味に過ごしている毎日。

 常に戦いに身を置いていた彼女だからこそ、動けずに安寧とした時間に耐えなくてはいけなかったのだが……そんな痛みを帯びた穏やかな時もまた、一瞬だった。


「……誰かいるの?」


 部屋の中で気配を感じ、警戒するファリス。いくら探しても誰もいない。しかし、そこに確かに誰かが存在すると彼女は半ば確信していた。


 沈黙と共に静かに動くファリスに対し、その気配の主は降参するかのように声を出した。


「ふふふ、まさか気付かれるとは思いませんでしたよ」


(随分とわかりきった嘘をいうものね。隠す気なんて無かったくせに)


 突然気づいたファリスにとっては、いきなり部屋で存在感を出されたような感覚だ。作為的でなければ有り得なかった。


「なんの冗談か知らないけれど、一体何のよう?」

「貴女が困っていると思いましてね。魔力の使い過ぎで身体が回復しない。そうでしょう?」


 今度はファリスにもはっきりと声が聞こえた。後ろを振り向くといつの間にやら全身が青色の少女が立っていた。

 アイスブルーの長髪に水色の瞳。綺麗なフリルがあしらわれているメイド服は青と白を基調としていた。見たことのない少女だったが、何故か見覚えがある。しかしどこかで会ったような気がする少女をどれだけ見つめても思い出すことはなかった。


「……なんとかしてくれるって? それで貴女は信じろと?」

「そうですね。突然現れて怪しいと自分でも思います。ですが、今の貴女には喉から手が出るほど助けが欲しいのでは?」


 にんまりと小悪魔みたい笑みを浮かべる少女にファリスは言葉に詰まった。信用できないには違いないが、不思議と抗い辛い魅力がそれにはあった――。

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