643・終わりに向かって
猫剣の強さを十分に確かめることが出来て満足した私は、残った男がどうなったのか確認してみる。案の定ヒューがしっかりと拘束してくれていた。
「ご自慢のゴーレムも無残な姿になったわね」
物理的にも精神的にも見下ろしている状態で話しかける。それに対抗するように睨んでくれているけれど、今更そんなものが効くわけがない。
「……ふん、いい気になるなよ」
「そちらこそ、無様な姿を晒しているのですから生意気な態度を取らないでくださいね」
吐き捨てるように話す男を威圧するジュール。今回は影の功労者だから若干得意げだ。……いや、いつもかも。
「お前達の最終兵器は御覧の通りがらくたになった。いい加減諦めたらどうだ?」
「……くくっ、くっくっく……あーっはっはっは!!」
ヒューが面倒くさそうに強く押さえつけて降参するように言うと、男は随分と愉快そうに笑いだした。何が可笑しいのか理解できていない三人とは別になんとなく私は察してしまった。もしかして……あれが最終兵器じゃない。そういうことか。
「ふん、聖黒族共の姫君は気付かれたようだな。アグニスはただの魔導兵器に過ぎん。本当の切り札はもうすぐ動き出す。最強の力。我らが栄光を約束する魔導具を止める事は出来ん!」
楽しそうに笑うところにヒューが後ろ頭を殴って黙らせようとする。だけどそれでも抑えられない。
「どこにある? その最強の力とやらは」
「くははははっ! 知りたいか? なら教えてやろう」
ヒューがプレッシャーを掛けているけど、男はそんな事を全く気にも留めずにべらべらと話し出した。
「そもそもこの城は囮だ。城の更に奥に遺跡がある。そこに行けば我らが至高なる方々がいらっしゃるだろう」
「……なんでわざわざ教えるの?」
罠かもしれない。そんな思考がよぎったけれど、ここで嘘を言う理由も特に思いつかない。彼は既に勝利を確信している。戦いに勝つことがわかっていて哀れだと思っている。そんな感情を抱いた人がこんな重要な事で嘘を吐く必要は全くない。それでも聞いてみたくなった。
「決まっているだろう。もはや間に合わん。お前達は死ぬのが運命だからな」
「その前に先にお前が逝ってみるか?」
なおも余裕を見せて強気に話す男が気に入らないのだろう。殺気だったヒューが重々しい大剣を構えるけれど、男は全く動じていない。
「やりたいならやればいい。今更どっちでも構わんからな。あの世への案内人が欲しいのならその剣を振り下ろすがいい!!」
ヒューの視線が私に移る。それは「どうする?」という伺うようなものだった。一応冷静さは保っているようだ。
「……そう。なら先に待っていなさい。貴方のお仲間もそこに送ってあげるから」
聞きたいことは聞けた。生かしておいてもどうせ敵対し続けるだろう。またあの膠着状況を作り出されるのも嫌だし、憂いがあるならここで絶つべきだ。だからヒューには頷いた。
「雪風」
取り押さえている今の状態じゃ斬れないからとヒューが雪風を呼ぶと、彼女は何も言わずに刀を抜いて――
――ザンッ!
一瞬の間に近寄り、容易く首を刎ねた。くるくると軽快に飛ぶ首。驚いた表情のジュールが新鮮にすら見える。
「……別にお前が斬る必要はなかったんだが」
「貴方の大剣では斬りにくいだろうと思いましてね」
ちょっとだけ不機嫌そうな顔をしたヒューに対し、涼し気な表情で受け流す雪風。その対比もどこか面白い。これで死体がなければもっとよかったのだけどね。
「姫様、どうする?」
「行くしかないでしょう。ここで退くわけにはいかないんだもの」
「本当に行くんですか?」
先程の男の言葉を全く信じていないのだろう。若干不安そうなジュールは死体になった名も知らない男のと私をちらちらと交互に見ていた。
「ジュールの気持ちもわかるけれど、これ以上の情報はないもの。先に進む以外の道は残されていない。そんな覚悟でここまできたはずよ」
多少信憑性が薄くても既に幕は降ろされた。ここで満足して帰るなんて選択肢は存在しない。改めてそれを周知させる。おかげでジュールも多少はマシな顔になった。
「行くのは構いませんがこの結界は――」
雪風が呟くと同時。まるで待っていましたとでも言うかのように結界が綺麗に消えてしまった。パラパラと上から砕け散るその様は白雪が降り注ぐようでもある。
「行けって……ことですよね」
短い間だけどジュールも覚悟が決まったようだ。そうと決まったら行動あるのみ。ここの音がどこまで上に伝わっているかが問題だったけど、階段を上がっても何も起こらず、最初の時と全く同じ静けさが保たれていた。。一応ジュールに先程の霧の魔導を使用してもらって、入った時と同じように上手く外に出る。そこからも入った時と同じように兵士達になるべく見つからないように移動して、番兵はヒューと私の魔導の合わせ技で通り抜ける。一切何も起こらなかったような平和な様子だけど、彼らの最終兵器が放たれたらこの攻撃が当たり前になってしまうのだろう。自分達以外の種族を蔑み、家畜以下の生活を送らせることに何の疑いももたないような日々。それだけは何としても阻止しなければならない。
今はただ一刻も早く彼らの最終兵器を止める為に駆け抜ける。それだけだ。
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