620・最期の瞬間(ハクロside)

 いなし、躱し、刃を重ね、ふらふらとよろける。戦況は悪くなる一方で、既に剣を持つ力も緩みかけていた。



「どうした!? ご自慢の力はその程度かよ!」


 既に斬撃と呼ぶには程遠い。弱者を痛ぶるように叩きつける行為を繰り返しているクリムは優越感に全身を支配されているようだ。脳内麻薬が迸り、喜びに身を喘ぐ――そんな様を見せつけられる。それでもハクロは攻撃を止めない。


「【フレイムウィップ】!」


 自慢の炎の鞭も操るのは彼自身であり、動きが鈍くなれば必然的に鞭の軌道もぶれる。造作もなく避けられ、拳の間合いまで接近を許してしまう。


「【フレイムインパクト】!」


 炎を纏った拳はハクロの腹部を下から抉り、身体を焦がす。痛みに悶えるハクロの姿を気に入ったのか、悦に入るようにぐりぐりと拳を動かし、少しでも長く苦しめてやろうと動くクリムの顔は醜悪に歪んでいた。


「痛いよな……辛いよなぁ! 泣いて懇願すれば楽にしてやるぞ? なあ!」


 それに応えるようにハクロの斬撃はクリムの首を刎ねる軌道を取る。しかしそれは彼の剣に容易く防がれ、仕置とでもいうかのように蹴り飛ばされた。僅かに浮いた身体がどれだけの衝撃を与えていたのか教えてくれ、ハクロはよろめきながら後退する事を強いられる。


「無様だな。どれだけ成績が良くても、結局最後に物を言うのは経験。実力って奴だ。俺とお前とじゃそれくらい差があったって事だな」

「ちっ……言わせておけば……!」


 歯痒い思いをしているハクロだが、クリムが言っている事もまた事実だった。彼の経験があったからこそ【スローモーメント】という魔導が生まれ、その存在を知らないハクロに一矢報いる事が出来た。対してハクロは本気も出さず、今も力を抑えたままの状態で戦闘している。その差が如実に表れた結果だった。


「僕、は……!」

「さて、楽しい時はあっという間だな。もう少しお前の無様な姿を楽しみたかったが……そろそろ終わりにしてやるよ」


 にやにやと最期を楽しんでやろうと振り上げられた剣はハクロの視点からはゆっくりと掲げられているように思えた。


(僕は……ここで終わるのだろうか?)


 今までの出来事が駆け巡る。それはエールティアと初めて会った時や戦った時など……様々な思い出が蘇り――弾けた。


「なっ……」


 突如ハクロを中心とした場所から風が吹き荒れ、まともに剣を振るう事も出来ずクリムはよろけて後ろに下がる。何が起きたのかよくわからない様子のクリムはその瞬間を目撃した。

 まるで花が咲いたかのように尻尾が開き、一本が三本に。そして九本に開いていく。


「……僕は、ここで負ける訳には……いかない……!!」


 ハクロはずっと考えていた。己の才能に技量。今まで自分の努力で掴み取ったと思っていたものは【覚醒】という才能によって霞んでしまった。それが許せなくて、悔しくて力を隠すように本気で戦う事を諦め、自分を誤魔化して生きてきた。その結果がこれだ。今にも命を奪われてもおかしくない瞬間。そこに至ってようやく彼は自分の力を嫌って遠ざけていただけだという事を悟った。もしあのエールティアとの戦いの時に【覚醒】を成し遂げていなかったら彼はエールティアの事を認めなかっただろうか?


 ――否。それは断じて違う。


 あの時エールティアが決して才能にあぐらをかいている存在ではない事を確かめる事が出来たからこそ素直に認める事が出来たのだ。

 ……そう、決して努力だけで甲乙を決めたわけではなかった。それを悟ったハクロは自分の力を受け入れる事を決めた。


 彼が真に憎んでいたのは才能や位や血筋に拘って弱者に横柄を働く者達に対してだった。平等を謳う学園にすらそれがあったのだから余計にそれを強く感じたのだ。感情の出処がわかった彼は、今までの自分の人生を否定されたような感覚に襲われていたほどに悩まされていた心は晴れ渡り、澄んでいく程だった。


「な、なんだ……?」

「【フレアナインズ】!」


 呆気に取られているクリムの不意を突くようにハクロの魔導が発動する。九本の尻尾の先に青白い炎が次々と姿を現し、尻尾の先をクリムに向けると同時に順番に射出される。突然の攻撃に驚いたクリムは魔導を発動する事も忘れて防御に専念していた。


「が……ああぁぁぁっっ!」


 不正だと思われる【フレアナインズ】はクリムの剣に触れると纏わりつくように燃え広がり、彼の全身に焼かれる痛みを与える。時間にしてほんの一、二秒程度だったが、それでもクリムにとっては灼熱の業火に身を焼かれたような感覚を存分に味わっていただろう。

 ここでハクロの怪我が軽傷であるならまだ余裕が生まれただろうが、今の彼は傷が火傷で塞がれているとはいえかなりの痛手を負っていた。


 故に次に必要としたのは回復。普段自分が使わない癒しのイメージ。それはやはり自分の最も得意とする炎だった。


「【ヒールボンファイヤー】」


 身体に揺らめくような小さな炎がクリムの身体の特に損傷が酷い箇所に出現し、心を落ち着かせてくれる。痛みが和らぎ、動きに精彩が戻る。まだ戦える……そう思わせてくれるには十分な確信を与えてくれるのだった。

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