597・面倒くさがりの対応

 三人に話をしてから二日後。私は自分の館の門にやってきた。既に三人とも準備が終わっているようで、私を待っているような状況だった。……相変わらずジュールはヒューを毛嫌いしているようだけど、そこは見ない不利しておこう。


「お待たせ」


 私に気付いた三人はそれぞれ違った反応を見せてくれた。特にヒューは二日前と違って多少機嫌がいいみたいだ。昨日は随分とラミィと楽しく遊んでいたみたいだ。


「来たか。それでどこに行くか決めているのか?」

「ええ。敵は大体ディトリアから中央都市リティアに行く道すがらに出没するらしいからそこら辺をうろうろするしかないわね」

「……おいおい、随分と広範囲じゃないか。まさか本当にやるのか?」


 ヒューがうんざりしているけれど、それは私だって同じ気持ちだ。最南端のディトリアからティリアースの中心までいくつ町があると思っているんだか。鳥車で移動するから時間自体は……大体五日程度か。流石の私もそれだけの時間を掛けるつもりはない。


「出没頻度が高い地点に重点を置くつもりだから思っているよりは短い期間になると思うわ。具体的に中間地点であるイロクスくらいかな」

「イロクスというと領地を幾つかまたぐ事になりませんか?」


 雪風の心配はわかる。基本的に他の領地の事に口を出すべきではないし、領主である貴族が嫌な顔をする事は間違いない。しかし今回は事情が少し違う。


「一応そこを治めているアミスリア伯爵からの依頼でもあるの。被害自体はさほどでもないけれど、怪我をした兵士はしばらく動くことも出来ないし、現在はダークエルフ族の脅威にも晒されているから余計に戦力を割くことが出来ないの」


 後は黒竜人族の『ここに聖黒族はいないみたいだな……』といった呟きが報告に上がっていたらしく、女王陛下を駆り出す訳にはいかないし、中央都市付近の聖黒族はそれぞれ自領を治めるので手一杯。となれば自然とリシュファス家が候補に挙がるという訳だ。


「どこも大変という訳ですね」

「ま、自分とこで精一杯なんだろう。他人に手を借りなきゃ回らないくらいなんだしな」

「仕方ないですよ。それだけダークエルフ族の攻勢が激しいのですから」


 私が攻略した拠点はどれも彼らにとって重要な場所だったからそれを押さえる事が出来たおかげで向こうもゲリラ戦を繰り広げたり、ぶつかっては撤退を繰り返す消耗戦をしたりすることが多くなったらしい。

 それでもこちらには彼らの拠点を明確に記載した地図があるから少しずつ補給拠点を潰して退路を断っているからいずれはそれも出来なくなるだろう。


 私の方も本来ならもっと多くの拠点を潰す役割を担っていたのだけれど……貴族の中できな臭い動きをしている者がいる以上、下手に動いて強襲される危険がないようにとのことらしい。ディトリア付近は相変わらず敵対勢力ばかりだから反逆者になりうる貴族に手助けする可能性もある。そんな理由で長期間連絡が取れない場所に行く事が出来なくなっていた。今回はどうしても――という言われて仕方なくといった形だ。イロクスに拠点を置いて一日一回は必ず戻り、誰かを指定した宿に残しておく……といった条件が結構多く課せられているけどね。


「また長くなりそうだな……」

「仕方ないでしょう。イロクスは細工物が有名だからラミィにお土産でも買ってあげるといいわ」

「……そうだな」


 私の一言で今度は色々考え込んでいる。何を想像しているのか手に取るようにわかるくらいだ。

 なんて話をしている内に準備していた鳥車が迎えに来て、ヒュー以外の全員が後ろに乗り込み、彼は御者席で手綱を握る事になった。

 用意してくれた人にそのままやらせても良かったのだけれど、敵がどうでるかわからない以上非戦闘員を乗せる訳にはいかない。


「それじゃあよろしく頼むわね」

「……ああ。わかった」


 相変わらずの面倒くさそうな顔で手綱を操り、ゆっくりと鳥車を発進させる。ワイバーンと違ってラントルオは最初が緩やかで徐々に速度を上げていく。こういう違いがなんだかいい感じだけど、多分誰にも共感されないだろう。


 ――


 短いながらも楽しい鳥車での旅を楽しんで二日。最近一番黒竜人族の出没が多いイロクスへと辿り着……く前に事は起こった。

 黒いローブに身を包んだ怪しい少年が一人で鳥車の前に立ちはだかったのだ。普通、そんな事をすれば跳ね飛ばされてもおかしくない。ましてや御者はヒューで、彼の性格上減速なんてしない事はわかっていた。だけどその異様な少年から放たれる威圧感にラントルオは怯え、ヒューの指示など無視して動きを緩めてしまったのだ。


 私の方も異質なものを感じて景色がはっきり見えるようになった頃には扉を開けて身を乗り出していた。反対側は雪風とジュールが同じことをして目の前の出来事を確認しようとしていた。


「……あれが」


 思わずぽつりと呟いた声が聞こえたのか、その少年はにやりと笑ったような……そんな気がした。

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